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長いお別れ

 その頃小宮の方でも動きがあった。 女達がまた主城に集められることになり、行列を作らされている。

「皇帝陛下からおまえたちの処遇についてお言葉があるのだ、早くしろ」

 イール将軍が連れ帰った女達も含めると今までの二倍近くになっているいるせいで大広間といえど寛ぐことなど出来ない。

「こんな所に朝までいなくてはならないの?」

 一人の女がぽつりともらしたがそれに明快な答えを返す者はいない。 やがて緊張も解けて待ちくたびれた女達は床に座り込んでいく。 日付も変わり、朝の薄い光が部屋に差し込む頃、一人の女が床に刃物のような物で傷をつけて描いてある模様に気が付く。

 ――ずっと繋がっているのだわ。 大きな円にどこのものかわからないが記号や文字が描き込まれて……これって『魔方陣』というのではないかしら。

 ぱたりという密かな音がして黒いローブ姿のフードを深く被った者が入って来た。 その手に持っている香炉からは嗅ぎ慣れない香りがする。 急に入って来た得体の知れぬ者のためにざわついた中でその人物は何かを唱えている。

 そして女達は自分の鼻から血が出ていることに気付き悲鳴を上げ始める。 見渡す限りのどの女達の鼻から目からそして耳から血が流れている。

「だれか、助けて」

 女達の叫ぶ声がだんだん途切れていき、それにつれて甘ったるい香の匂いと金気を含む生臭い匂いが部屋を満たしていく。

 広間の中に響くのは呪文を唱える声だけになった。 穏やかに流れるような調子で途切れることなく香の香りとともに広間の隅々まで通り包む。 そして刻まれた魔方陣に血が流れ込んで赤く染まった。



「始まったようですね」

 ドリゲルトの居室にいたラドビアスはわずかに目を細めて竜門を開けて体を入れようとしてふと、廊下に響く足音に立ち止まった。

 ――動ける人間がまだいたのか。

「ここを開けよ、イールでございます、陛下」

 晩の内に薬を混ぜた振舞い酒のせいで起きている者はいないと思っていたが。

「陛下は体調を崩されてお休みですが」 

 仕方なく扉を開けると女を抱えた兵士と後ろ手に縛られたヴァイロンが押し出されるように部屋に入って来た。

 ――ヴァイロン様。

「城はどうなっているのだ、ガウシス。おまえ何か知っているのだろう」

 イールに剣を突きつけられたラドビアスは眉を微かにひそめた。

 ――城が揺れている。 このままでは術式に巻き込まれてしまう。

 ラドビアスは無言のうちにイールが突きつけた剣を手で素早く弾いて懐に入り込むと、いつの間にか手にしていた短剣でイールの喉を真横に深く切り裂いた。

「ヴァイロン様、仕方ありません。術式は始まってしまいました。もう竜門を行くしかございません」

 首から血を噴出して倒れるイールに唖然とする兵士の間を縫ってヴァイロンの元に行く。 戒めを切ってアストベートを担いでいる兵士の足に短剣を投げる。

 アステベートを担いだまま倒れる兵士からヴァイロンがアステベートを奪って抱き寄せると、剣にした『鍵』で目の前の兵士をなぎ払うように倒す。 続いて後ろから斬りつけてきた兵士の腹に剣を後ろ手に振り向くことなく突き刺した。

 ラドビアスは印を組むと呪を唱える。

『縛せよ』

 残った兵士に呪を飛ばすとヴァイロンとアステベートに顔を向けた。

「なるべく竜道を急いで抜けましょう、ヴァイロン様背負っていただけますか。竜道は后様のお体に障りますから」

「わかった」

 アステベートを背負うとヴァイロンは竜道に飛び込む。

「閉じよ」

 ラドビアスは前を行くヴァイロンをすり抜けて前に出る。

「できるだけお急ぎを」

 急ぐヴァイロンは恐ろしい獣の叫び声を聞いた。 竜道に何かいるのか?  恐ろしさにますます足が速くなるが追いかけてくるように叫び声も続く。 そしてそれが自分が背負っているアステベートの叫び声だということに気付いて思わず足を止める。

「だめです、ここを早く抜けなくては。死にますよっ」

 ラドビアスの声につきたてられるようにヴァイロンは再び走りだす。

 先に竜道から出たラドビアスが手を掴んで竜門からヴァイロンを引っ張り出してアステベートを降ろした。

 獣のように唸るアステベートの手をゆっくりはがすようにおろしてやる。 頭から体から湯気のように煙が上がって右側が真っ黒に焼けただれて細かくけいれんをおこしていた。

 ――何てことだ。

「アステベート」

「――薬がありますから」

「助けてくれ、ラドビアス」

「力は尽くしますが必ずとは申し上げられません。竜道は人外の道でございますから」

 あまりの酷いアステベートの姿に茫然とヴァイロンはその場に崩れるように座り込んだ。

 元の姿に戻ったラドビアスは持ってきた清潔な敷布にアステベートを包みこむとそっと抱き上げて出て行った。

 半刻ほどしてラドビアスが戻って来たのを待ち構えるようにヴァイロンがラドビアスの腕を掴む。

「アステベートはどうだ?」

「お命は助かるとは思われますが暫くは慎重に見ておりませんと」

「会えるのか」

「意識はございませんよ。と言うか、術をかけて意識を眠らせております。体力が戻るまでこのままにいたします。お会いするのはもう暫く後になさいませ。今意識を目覚めさせると激痛でご本人がお困りになります」

「――そうか、わかった」

 ラドビアスの説明を聞いてほっとしている自分がいる。 あの姿を正視できるのか自信がなかった。

 ――もっと上手く出来なかったのか。 何かほかに別のやり方があったのではないか。 やり直せると思っていたのに。 いや、彼女の命は助かったのだ。 このまま見捨てることなど出来ない。 このまま彼女をわたしの后妃として迎える。

「ヴァイロン様、サイトスの様子を見てまいります」

「わたしも行く」

 立ち上がるヴァイロンにラドビアスは口を開きかけて――止めた。




「ではこちらに」

 大広間の扉を開けるとそこは一面赤一色の世界だった。 その中央にうずくまっている赤黒い塊。 むせ返る血の匂いと香の匂いで吐き気がする。

「イーヴァルアイ」

 ヴァイロンの呼びかけにその塊が動いて顔を上げた。

「なんだ、今頃来たのか。おそいな」

「ご首尾は?」

 ラドビアスの問いにイーヴァルアイはだるそうに応える。

「上々……」

 ラドビアスは元は人間であった数々の塊を軽々と越えてイーヴァルアイの元に行くと、だらりとうずくまるイーヴァルアイを抱き上げる。 血を全身に浴びたローブから血が滴りラドビアスのローブにも染み込んでいく。

「イーヴァルアイ、アステベートが酷い怪我をした」

「――それで?」

「おまえなら竜門を使う以外に何とでも出来たはずだと、思っただけだ」

「ヴァイロン……」

 ヴァイロンの非難めいた言葉に、イーヴァルアイは何か言いかけてふっつりと黙りこんだ。 そして、助けを求めるようにきつくラドビアスの首に両手を回してヴァイロンから視線を外す。

「術は完成した。おまえは今日からこの島国の、レイモンドールの王だ。わたしはおまえと交わした契約に従ってやるべきことをやる。あとのことはラドビアスが手伝う。何かあったらラドビアスを通して連絡してくれ。廟に帰る」

「直ぐに戻ってまいりますのでヴァイロン様、失礼します」

『アルベルト、ルーファス、サイロス、解せよ、ゴートの廟へ通せ』

 ヴァイロンにラドビアスは軽く頭を下げて竜門をくぐる。 イーヴァルアイがこの時、どんな表情をしているのかはラドビアスの胸に顔をぴったりと付けているため、ヴァイロンには見えなかった。


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