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妃、アステベート

「信じていたろうか、少し疑っているようだったな」

「そうですね、術をかけときますか」

 仕方ないですねと呟くラドビアスにヴァイロンはうなずく。

「早いうちに頼むよ」

「おや、お戻りです」

 ラドビアスの嬉しそうな声に振り返ると漆黒の闇が現れていた。 そこから亜麻色の頭が見える。

「二日後やってしまおうか、ラドビアス」

 そう言ってヴァイロンの顔を認めて、イーヴァルアイはにこりと笑った。

「明日の深夜までに城下町のはずれまで結界を張りに行って来る。女達を頼むよ」

「はい、お気をつけて」

 そのまま行こうとするイーヴァルアイをヴァイロンの声が止める。

「待てイーヴァルアイ」

「何だ」

「女達というと虜囚りょしゅうになっている者たちのことだな。どうするつもりだ?」

「だからさっさと行きたかったのに」

 イーヴァルアイは溜息をついてヴァイロンから目を逸らせた。

「軍全体を傀儡かいらいにするんだ。その先を聞いたとしておまえ、何とする?」

 ――やはりそうか。

 そうだと思っても割り切れない。 自分のためだとわかっているのに無慈悲な事を淡々と行うイーヴァルアイを非難してしまう卑怯な自分自身。その上、理不尽だとしてもイーヴァルアイに怒りを感じて苦しくなる。

「言ったろ、わたしがおまえの見なくていい所を補うのだと」

 言い捨てるようにイーヴァルアイはヴァイロンの言も待たずに竜門に潜って行った。



 一方、捕らえられていた女達も大部屋から各部屋に移される事になり、長い行列を作って歩かされていた。 その様子を部屋の窓からぼんやり眺めていたヴァイロンは一人の女性を見て思わず立ち上がった。

 ――アステベート、捕まっていたのか。

 警備の兵士に指示されるのを露骨に嫌がって険しい顔で歩いている。 過酷な環境も彼女を変えることは出来なかったようだ。

 何かの偶然かアステベートがこちらを見上げた――そしてあっと口を開ける。

 ヴァイロンは口元に人差し指をあてて静かにするように合図して、アステベートを黙らせると安心させるように頷いて見せた。

 波打つような胸の音を聞きながら、落ち着かせるように吸っては吐くを繰り返す。 知ってしまったものはどうしようもない。 彼女がこのままでは死んでしまうのがわかっているのにみすみす放っておく事などできない。 愛していたかどうかは関係ない。 彼女はわたしの妻であることは事実なのだ。

 ラドビアスにはアステベートの事を言わなくてはとドリゲルトの部屋に行くがそこにはイール将軍が居てラドビアスに近づくことができない。

 仕方なく部屋を出ると虜囚の警備に就いている兵士に声をかける。

「わたしは陛下のお側に仕える者だがサイトス国の姫がどの部屋にいるか、調べてくれ。陛下のお召しがある」

「畏まりました」

 ルクサン皇国の正騎士の格好のため、疑うこともなく去った兵士を見送ってヴァイロンは考えこんだ。

 ――王の寝所に送ることにして連れ去った後はどうする。

 ヴァイロンには頼る地縁も知り合いもこのサイトスにはいない。 何としてもラドビアスに話して匿う所を手配してもらわなくてはならない。

 暫くして先程の兵士が息を切らせて戻って来た。

「お待たせいたしました。あちらの小宮の三階、左端のお部屋でございます」

「うむ、ありがとう。下がってよい」

 そのまま案内させようかと思ったが見たところ、身分は建物内に入れるほどではないようだ。 連れて行って番兵に不信に思われてもいけない。

「右軍配属、第一騎士団大尉ゴーラである。陛下の命で参った、入城を許可せよ」

「お一人でございますか」

「ああ、用事はすぐ終わる。鍵をかしてくれ、今晩陛下のお側に上がることを伝えに行くだけだ」

「それならわたしが……」

「いや、わたしも陛下が執着される女を見てみたい」

 そうまで上級将校に言われてしまえばもう何も言えるわけもなく、腰から鍵の束を外してヴァイロンに渡す。

 鍵を受け取りながらこの事はすぐにこの兵士の上官に報告されるだろうかと考えていた。

 常識では考えられないことだろう。 自分でも苦しい言い分だとは思うが今は時間がないのだ。 明日にはイーヴァルアイが術式を行ってしまう。

 やっと部屋の鍵を見つけて扉を開けるとアステベートがはっとした顔の後に笑顔を浮かべた。

「ヴァイロン」

「アステベート、わたしは……」

 ヴァイロンの言葉は抱きついたアステベートに驚いた為続かなかった。

「ヴァイロン、わたしを助けに来てくれたの? うれしい、ヴァイロン」

「アステベート?」

 ――一体これはどいうことなのか。 素直に感情を出すアステベートにヴァイロンは戸惑う。 助けにきたからこその反応なのか。 これではまるでわたしに愛情でもあるような素振りではないか。

「どんなに心細かったか。わたしはあなたに城を出て行くのを止めてもらいたかったのよ」

 ――そう、だったのか?

「とにかく、今晩助けに行くからそれまで大人しくしていてくれ」

 足早に立ち去ろうとするヴァイロンの背中にアステベートが追い縋る。

「あなたを初めて見たときから好きだったの、本当よ。だからあの女とは別れてください」

 あの――女? 一体誰のことを言っているのかヴァイロンにはわからない。

「亜麻色の髪で水色の瞳の……女よ」

 ――イーヴァルアイ。

「行くよ」

 なおも縋る手をそっと離してヴァイロンは部屋を出る。 番兵に今晩また迎えに来ることを伝えてヴァイロンはラドビアスの所に急いだ。

 サイトスの主城の中を歩くヴァイロンは女達が集められていた西側の大広間に続く廊下に黒い影を見つけて後を追った。

「イーヴァルアイ、ここで何を」

 名前を呼ばれた黒いローブ姿の人物が振り返った。

「用意だ、これ以上は何も言わない」


 そのまま行こうとするのを手首を掴んで引き止める。


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