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心に溜まっていくもの

 しかし、寝息をたてて寝ているイーヴァルアイの寝顔を見ている内にヴァイロンもうとうとしていつの間にか眠りの中に落ちていたらしい。

「タスケテ、ダレカ、タスケテ」

 聞きなれない言葉に、何の声かと目を覚ましたヴァイロンは隣のイーヴァルアイがうなされているのに気付いた。

「ウワア、ダレカ、ハヤク、タスケテ」

 何を言っているのかはわからないが、ここは起こしたほうがいいとヴァイロンはイーヴァルアイの両肩を持って大声を出して揺する。

「おい、大丈夫か。おきろっ、イーヴァルアイ」

 ヴァイロンの声に目を開けたイーヴァルアイが両肩を掴まれている状態に気付いて騒ぎ出す。

「ワア、ハナセ、サンテラ、ドコダ、サンテラ、タスケテ」

「おい、しっかりしろっ。目を覚ませ、おまえは夢をみていたんだっ」

「――夢?」

 ヴァイロンは、やっと焦点の合ってきたイーヴァルアイに言い聞かすようにゆっくり言ってやる。

「そうだ、夢だ。おまえは夢を見ていたんだ」

「そうか――嫌な……夢だった」

 大きく息を吐いて上半身を起こすとイーヴァルアイは両手で顔を覆う。 肩が震えているのでヴァイロンはイーヴァルアイが泣いていると気付く。 しかし、声を押し殺しているのか、それはあまりにも静かだった。

「おい、声を上げて泣け。そんなふうにしていると心の中に溜まっていくばかりだ」

「うるさい、じゃあ胸を貸せ。だったらそうしてやるっ」

 こんなときでも素直に言えないのだなとふいにヴァイロンは笑いそうになる。 わんわんと子どものように泣くイーヴァルアイの背中をとんとんと叩きながら、ヴァイロンは少しばかりほっとしていた。 自分にも守ってやらなくてはと思う者ができたという喜びが心を満たす。 そんなことを口にすればイーヴァルアイは烈火のごとく怒るだろうが。

「落ち着いたのか、だったらもう寝ろ。これからはいつでも胸を貸してやるから」

「こんなことが二度もあってたまるか、ぼけっ」

 ヴァイロンが泣き止んだのに気付いて話しかけるが、立ち直ったイーヴァルアイが不貞腐れたように言ってヴァイロンに背中を向けた。 こういうところは本当に子どもっぽい。

「おまえ、歳はいくつなんだ?」

「十八だ、もうすぐ十九になる。だから何なんだ? おまえは二十一歳だろ、それくらい知っている……で、一体何だ」

 イーヴァルアイの答えにやはり自分より下だったのかとヴァイロンは、何だかほっこりと嬉しくなって目を閉じた。

「ヴァイロン? 寝たのか」

 返事が無いのに憮然とするイーヴァルアイはそのまま月明かりに照らされているヴァイロンの寝顔を見ていたが、そっとヴァイロンの頬に触れる。

「何で急に触れたくなったんだろう……わたしにとっておまえは何なのだろう?」

 身じろぐヴァイロンの頬から手をどけるとその手を自分の頬にあてて、イーヴァルアイは長い間じっとしていた。



 あくる朝、目を覚ましたヴァイロンは傍らで寝ていたはずのイーヴァルアイがいないのに気付いて部屋をみまわす。 触れると冷たい布の感触。

 そこへノックの音がする。

「お目覚めでしょうか、ゴーラ子爵様」

「ああ? 入れ」

「おはようございます、朝食を運ばせてもよろしいですか」

 ヴァイロンは兵士の声に自分の存在がゴーラ子爵としてドリゲルトの軍に認知されているのを知る。

「陛下は?」

「はい、ガウシス様とご一緒に今は朝餉の膳の途中でございましょうか」

「他に誰か――いなかったか。他の魔道師とか」

「いえ、ガウシス様だけでございますが」

「誰かお探しで?」

「いや、何でもない。食事を頼む」

 畏まって兵士は下がって行った。 誰が用意したのか机の上には兜、鎧、具足、下に着る衣類からマントまで用意されていた。

 ヴァイロンは食事を済ますと兜だけ置いて身に着けてマントを羽織ると王の居室へと急ぐ。王の居室の前には左右に三人づつの兵士が槍を構えていたがヴァイロンを見ると石突きを床に打ち付けてヴァイロンを通した。

「ゴーラ子爵様がおいでになりました」

「入られよ」

 その声に扉が開かれてヴァイロンが入るとラドビアスがきっちり扉を閉めて声をかける。

「おはようございます、ヴァイロン様。明日、イール将軍が帰城します。わたしが会ったのちにご紹介いたします――で、イーヴァルアイ様の居場所ですか、お知りになりたいのは?」

「――まあ、どこにいる?」

「竜道で廟にお帰りですが」

「昨晩、様子がおかしかったから心配なんだ」

 ヴァイロンの言葉にラドビアスが首を傾げる。

「朝お会いした時はいつもと同じ御様子でしたが。何かあったんですか」

「いや、すごくうなされて。いつもああなのか」

「――そうですか。いえ、ここ最近はないと聞いておりましたのに」

 ショックをうけたようにラドビアスが溜息をついた。

「サンテラとは誰のことだ? 何回も口にしていたんだ。名前じゃないかと思ったんだが。おまえ達はこの島出身ではないのだな。イーヴァルアイがうなされていた時に発した言葉はアーリア語ではなかった。一体以前にイーヴァルアイに何があったんだ、ラドビアス?」

 強い調子のヴァイロンの言葉にラドビアスはさらに溜息をつく。

「主が御自分で仰らないことをわたしが言えるわけがございませんがヴァイロン様はそれでは納得されませんでしょう? わたしのことならお話します」

「おまえのこと?」

「はい、サンテラとはわたしのことですから、そして主のことにも関係ありますし」

 言ってラドビアスは薄く笑った。

「この島へ来る前、わたしはベオーク自治国という国におりました。出身はハオタイ国の西です。何のわけがあったのか今ではわかりませんが、わたしはベオークの中心、教皇の居城である朝陽宮の食糧庫の檻の中にいました」

「食糧庫?」

「はい、カルラ……いえ、イーヴァルアイ様の二番目の姉君は人食の趣味がおありですので」

 ヴァイロンは驚いて声も出ない。 それを見ながら人事のようにラドビアスの話は続く。

「同じ檻にいた同じ年頃の子どもと五人で何とかその檻から逃げ出したんですが……」



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