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はじまりのはじまり

 この話はレイモンドール綺譚の五百年前の話です。レイモンドール国の王、ヴァイロンがイーヴァルアイと出会った頃から始まります。よろしくお願いします。

「陛下、二刻も致しますればこの出城も落ちましょう。何とぞ御聖断あそばされて城からただちに落ち延びられませ。ハンゲル山で魔道師が待っております」

 近衛府参事(このえふさんじ)も兼ねる宰相(さいしょう)エベントが、片膝をついている二人の兵士を呼ぶ。

「アルベルト、ルーファス」

「ははっ」

「精鋭の兵、三十名を連れて直ちに陛下をお守りしながらハンゲル山を目指すのじゃ。すぐ、出発せよ」

「エベント……」

「陛下、ここはお任せを」

 エベントに力なく頷くと、疲労の色の濃い王ヴァイロンは兵士二人に抱えられるように歩き出す。こうして父親から王位を継いで三年ほどで、ヴァイロンは城から落ちていくことになった。


 五十年ばかり前、広大な国土を統一した大陸最西端の国。ルクサン皇国をヴァイロンが王位を継いだのと同時期に皇帝の地位に就いた男がいた。その名は皇帝ドリゲルト。ドリゲルトは父王より好戦的な男である。

 彼自らが大きな三本マストを立てた巨大な戦艦を四十隻も連ねて海峡を挟んだ島へ上陸したのは、九十日前のことだった。島国の中で争いを繰り返していた小さな国とは名ばかりの国々を(たお)しながら、ドリゲルト率いる軍は三日前、モンド国国王ヴァイロンの地へ現れた。

 砂で作った城のように容易(たやす)く軍隊は崩され、ヴァイロンは後退を余儀なくされて山脈との境にある出城が最後の砦だった。

 地下に延びる隠し通路を、兵士たちに手を引かれる様に歩くヴァイロンをエベントは平伏して見送る。

「さて、私も動きますか」

 年寄りにしては俊敏(しゅんびん)な動きでエベントは立ち上がり、印を組んだ。その口から漏れ出す言葉は(いにしえ)の言葉だった。厚い衣を脱ぐように老人の体を払うと若いローブ姿が現れる。

「やっと主の元に帰れますね」

 男はにっこりと顔をほころばせた。



 ハンゲル山はモンド国の半分を占めるゴート山脈の最奥にある霊山で、昔からその一帯に立ち入ることは禁忌とされていた。

「そんな所を目指せとエベントは言うのか」

 しかしヴァイロンにそれ以外の選択があるわけでもない。

 城から落ち延びた翌日、昨日まで居た出城から黒煙が上がっているのを見て体を震わせながらヴァイロンは自分に誓う。

「何としても生き延びてやる。そして再興する」



 速やかに行動を起こしたせいか、一行は一人も欠けることもなくゴート山脈に分け入った。ところが山道をハンゲル山に向けて進めば進むほどに行程は険しいものになっていく。

 岩が突然落ちてきて三人が潰された。泉を見つけた兵がその水を飲んで五人倒れ、夜の内に何人かが狼に闇の中に引きずりこまれてしまった。

 朝になり歩みを始めた途端、崖から二人が足場が急に崩れたことにより落ちていった。その他にもあれやこれや災難が降りかかりハンゲル山を目の前にした時にはアルベルトとルーファスという近衛兵士しかヴァイロンの側には残っていなかった。

 絡み付く棘のある低木の茂みが続いて、そこを歩くヴァイロンの頭上には気味の悪いグロテスクな実をぎっしりと付けた巨木が林立して薄暗い。とても今が昼間だとは思えないほどで、足元にはびっしりと苔が生えていて、うっかりすると足をとられて歩きにくい。

 そんな獣道のようなところをひたすら歩き、夜は狼と毒蛇に気を取られなかなか休息もままならない。最後に取った食事はいつだったかも定かではなくなって、後一ザン歩いて何も見えなかったら今日はもう動けそうにないと思う。ヴァイロンは前を歩くルーファスの丸まった背中を見て唇を噛んだ

「あれを、陛下。何か建物が見えます。今日はあそこで休みましょう」

 後ろを歩いていたはずのアルベルトが先にそれを見つけて掠れた声を張り上げた。視界を遮られている枝葉の間から、異国風の(びょう)が切り立った巨岩に直接彫りこまれて造られているのが見えた。

 中々近づかないと思っていたのは、それがこの廟があまりに大きいために直ぐ側にあると錯覚したためだったらしい。三人が廟を見つけて半刻も歩いてやっとその廟の前に立つことが出来た。

 その廟の前に灰青色のローブを着た男が(たたず)んでいる。

「お待ち申し上げておりました」

 男はそう言って頭を下げたまま石造りの扉を苦もなく押し開いた。

「待っていたと?」

「はい」

 男に続いて中に入ろうとしたヴァイロンの前にルーファスが回りこんで主を制する。

「私が先に中を見てまいります」

 その肩をたたいてヴァイロンは静かにルーファスを見る。

「どうやらここに魔道師がいるのだろう。私達はここを目指していたのではないのか、ルーファス。ならば、この中にいるのが魔道師だろうが(あやかし)の類だろうが行くしかない」

 ヴァイロンの言葉に返すことも出来ずにルーファスとアルベルトも後に続く。

「妖の類とは失礼ですね」

 ぽつりと言ったローブの男は体を返して建物の中に入っていく。縦に長く切られた窓から細い光が大理石の床を照らして、黒曜石で描かれたまじないの文様が浮かび上がる。ヴァイロンはその奥にある螺旋(らせん)状の階段を男に続いてやっとの思いで登っていく。

 体中の筋肉が悲鳴をあげている。ただ気力だけで男を見失わないように追いて行くことだけを考えて足を動かしていた。

 気がつくと男は立ち止まっていた。

「こちらに」

 男が指し示した中に入るとその部屋は他より一層暗く、足を踏み入れたヴァイロンは暫く目を慣らすのに時間を要した。

「おんな……」

 ヴァイロンの目に飛び込んできたのは、亜麻色の長い髪を垂らし眠っているように目を閉じている若い女の姿だった。しかし着ている物は案内して来た男と同じような黒いローブ姿だ。寝ている寝台の前には薄い紫色の結晶が柵のように部屋を寸断している。

 ――魔道師とエベントは言っていたが、違うのだろうか。もっと良く見ようと近づくヴァイロンに従者たちは慌てて止める。

「むやみに近づいては危のうございます、陛下」

「そこの鍵を手に取るのだ、ヴァイロン」

 女にしては低い中性的な声にはっとしてヴァイロンが寝台を見ると、そこにいた人物は起き上がって色素の薄い水色の瞳でこちらを見ていた。圧倒的な美しさにヴァイロンは暫く言葉もなく見つめていたが、言葉を聞いてはっとその顔に緊張が走った。

「私の名を知っているのか」

「モンド国国王、ヴァイロン・クロード・ヴァン・レイモンドール。そんなことは知っているさ」<k

 ふっと笑ってその女は目を細めた。

「おまえは何者だ、女」

「私は魔道を操る者、名前は……そうだな、イーヴァルアイだ。そしておまえは一つ間違いをすでにおかしている。私は女ではない。生憎男だ」

「陛下、どうぞ近づかないで下さい。イーヴァルアイとは邪視をあらわす言葉でございます。この者はきっと妖でございましょう」

 アルベルトが尚も近づこうとしたヴァイロンに向かって大声をあげると剣を抜いてイーヴァルアイをねめつけた。

「ふーん、おまえの従者は学があるね。だが賢さを見せびらかすと早死にすることもある」

 イーヴァルアイの手が素早く印を組み、レーン文字で呪が唱えられる。

「お前のことだ」

「うわあっ」

 イーヴァルアイの言葉が終わるやいなやアルベルトは、その場に崩れるように倒れた。彼の腹には柵のうちの一本が刺さっていた。抜かれた後には早くも新しい結晶で出来た杭が柵を形成していた。


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