その理由が僕の理由
即興小説トレーニング九月の部の十五分制限の水増しです。タイトルは同名ですが、あまりセンスを感じません。
「・・・という訳で犯人は、あなたです」
季節の空気を読まない遅めの台風とそれに伴う悪天候のシェイクで発生した酷い土砂崩れで陸の孤島と化したこの綾繁山荘で起きた一連の殺人事件はたった今、僕たちの目の前で探偵が犯人を名指しして集結した。犯人の男は床に膝から崩れ落ちた。魂が抜けたような表情をしている。大広間に集まった探偵と犯人以外の人間は一言も喋らない。
僕は自分が犯人だと思われなかったこととかそのほかいろいろな不安な事の安心感からそっと周りの誰にも気がつかれないように「ふー」っとため息を吐いた。
まったく、恐怖の四日間だった。
僕は僕が生きている広いんだか狭いんだかわからないこの世界で、本当に殺人が起こるなんて想像もしなかった。本当に山荘に閉じ込められることも想像しなかった。食事に毒が混入しているんじゃないかと生き残りどうしで醜い嫌疑の掛け合いをすることも想像しなかった。
僕は何一つ想像していなかった。僕だけでなく、多分実家で年老いている両親だって僕がそんなことに巻き込まれるなんて想像しなかったんじゃないかと思う。絶対にそうに違いない。両親も姉も兄もおばさんだって想像しなかっただろう。僕は今まで僕の世界の中でそんなことが一度たりともあるわけないと思って生きていたし、それ以前にそんな体験をしたこともなかったので、今回のことには本当にびっくりした。生きた心地がしないというのはこういう事なんだと思った。
そんなどうでもいいこと(犯人の人からしてみたら本当にどうでもいいことだ)を考えていたら、犯人の男性が犯人特有の例のしょんぼりポーズでぼそぼそと喋り始めた。
僕にはこの世の中で嫌いなものがある。ここは盛り上がって締りがいい感じにしたいので、ソレを三つにしてよくある感じにして話そう。
一つ目、かぼちゃ。単純に食べられない。
二つ目、ピラニア。「家なき子」のトラウマ。
三つ目、犯人の犯行が白日の元に晒された際に犯人が語る犯行に対する動機。(同情を誘うような内容のもの)。とても嫌い。
特に三つ目は僕にとって致命的とも言えるもので、なんでそんなことを話し出すのだろうかと僕はいつも関係各位の本とか映画とかで思ってしまう。正直な話、僕にとってみれば、こっちのほうが殺人を犯したという事実よりもはるかに怖い。
ある瞬間起こる他人に対する殺意、その人に対する殺意の発生の葛藤、殺意をより強固なものにしていく感情、計画を立てる脳の働き、誰にもわからないようにする工夫、表面的にはなんとも思っていない時の表情筋、相手の腹部にナイフをすべり込ませる瞬間、連続殺人を犯す精神、死体をトリックに使う脳みそ、自分の犯行は絶対に露見しないだろうという自信、自殺に見せかけてその人間に自分の罪を擦り付ける時の憎悪。犯人だと指摘された時の返し方。
そしてその中にある一つの異形、犯行の動機。
世界で最も一般的なそれは一体何の為に存在するものなのだろう?親が殺されたから、子供が殺されたから、恋人が殺されたから、裏切られて死にかけたから・・・などなど、上げれば枚挙にいとまがない。
もしそれが犯人の人間性の証明を表すために存在しているのだとしたら、僕はソレはむしろ逆効果だと思う。
親が殺されたから、子供が殺されたから、恋人が殺されたから、裏切られて死にかけたから、あなたはあそこまで巧妙にトリックを考え、実際に人を殺して、あまつさえその罪からすらも逃れようとしていたのか?
だったら、通り魔でもしてさして逃げたほうがよっぽどバレないんじゃないのか?山に埋めたほうがよっぽど。ボート借りて海に落としたほうがよっぽど。事故死に見せかけたほうがよっぽど。その探偵を殺したほうがよっぽど。
「・・・アイツには私の大事なモノ全てを奪われたんです・・・」
犯人の男はしょんぼりした格好で相変わらず話を続けている。
『自分の大切なものが奪われた』それであんなことを考えるなんて・・・。僕には思いつかないあんなことを考えるなんて、その瞬間僕にはその犯人の男が自分と同じ人間には見えなくなった。
犯人の懺悔の体の告発は今だ終わることなく続いている。
皆それを聞いて、心を動かされているみたいだった。妻と娘をどうにかされたらしい。殺された人たちは言ってみれば、人間のクズだったらしい。生きている価値もない人間だったらしい。そういう話をしている。
僕はなんか胃がムカムカしてきてしまった。コロッケとハンバーグとカレー乗せたカレーをおかわりして次はその上にチーズを乗せたみたいな気持ちになってしまった。そんなもん僕たちに聞かせてどうしたいのかと思う。心を動かされている人間達も一体どういうつもりなんだとろうか?理由はどうあれ、あいつは人を殺したんだぞ!しかも関係ないボクらを巻き込んだんだぞ!巧妙なトリックを使ってだぞ。僕らに仲違いさせたんだぞ!
「アイツ等に私は最愛の妻と子供を殺されて・・・(だから同情してくれるよね、罪も少しは和らぐでしょ?)」
うげー。
「だからあいつだけは許せなかった・・・(だから話を聞いた君たちが今後アイツの仲間の残りを何とかしてくれるんでしょ?)」
僕にはその犯人の言葉が()内のように聞こえた。
呪いだ。間違いなくこれは呪いだ。呪詛だ。僕たちにそれを話すことで、多分あいつは僕たちに何かをさせたいのだ。
誰がそうなったのかは知らない。その場で誰かが、
「ぐすっ」
みたいな感極まる感じの声を発したのを合図にして、僕はその場から抜け出した。
これ以上は耐えられなかった。吐きそうだった。僕は大広間を飛び出してトイレに走った。
あいつは何を考えているのだろう?どうしてそんな話をする必要があるのだろう?だいたい僕らがどういう人間かも知らないでそんなことを言うなんてどうかしている。
僕らは、少なくとも僕はお前が思っているほど、僕は世界のことに興味もないし、あんたの人生のことにも興味なんてないよ。少なくとも僕は自分の生活の中に実害が生じる可能性がない限りそんなこと関係ないよ。
トイレで個室にこもってゲーゲーやっていると、
「〇〇さん。大丈夫ですか?」という声が聞こえた。心配して誰か来てくれたみたいだ。
「・・・大丈夫です。・・・・すいません。すぐ戻りますから・・・」僕は虫の息でそう答える。
「いいですよ。落ち着いたら戻ってください」そう言ってその人は出て行ってしまった。
自分一人になるとまた勝手に自分の思考が再開する。
お前は本当に妻子を自分で助けることが出来なかったのか?本当にこれ以外でやり方は思いつかなかったのか?僕らに迷惑をかけない方法はなかったのか?この山荘はこのあとどうなると思っている?連続殺人が起こってしまったんだぞ?お前どうするつもりなんだよ?あれだけ緻密に考えた計画だぞ、他者を思いやる気持ちで犯した犯行だろ?山荘のことは考えなかったのか?お前は本当にそう思っているのか?本当は妻子が殺されたことよりも、この山荘のことよりも、本当は自分の罪が露見しないことに頭を使ったんじゃないのか?
そう思うと、また下から何かがせり上がってきて、僕はそれらを全部便器にぶちまけることになった。
僕だってあの人は好きじゃなかったけどさ。嫌な感じの奴だったよ。でもさ・・・。
一通り吐き出した後、自分を落ち着かせるためにトイレの窓を開けて空を眺める。綺麗な空だった。昨日までのあの悪天候がまるで嘘のようだ。しばらく眺めていると遠くからパトカーのサイレンがが聞こえてきた。
ああ・・・よかった。きっと土砂崩れがどうにかなったのだろう。これで本当に助かったのだろう。
しかし不意に、「あの犯人の男の話す殺人に至った動機は今どれくらいまで行っているのだろう?」それを考えたら、また胃が絞られるような感覚になって、僕はまたしゃがんで便器に吐き戻すことになった。胃液も出ない。それでもえずきは止まらない。止められない。
・・・やがて僕がげっそりとして大広間に戻ったとき、ちょうど犯人は両脇を警察官に取り押さえられて連れて行かれるところだった。
「すいません」僕は小声でそう言ってその一団に道を譲った。犯人の男は既に死んだような顔をしていた。目に光がない。彼が自分で殺した人たちと同じような顔をしていた。
僕は心配になった。大丈夫だろうか?
「あなたも同じような顔してますよ」
突然背後からそう声をかけられて振り向く。
「もう大丈夫ですか?」その声にさっきトイレに様子を見に来た人だと合点がいく。
「・・・ええ、わざわざすいません」それだけを答える。
皆で玄関に向かう。どうやら犯人を見送るようだった。殺人を犯し、皆を恐怖のどん底に突き落とした人間に対して破格の対応だ。僕はひとりそう思った。あるいは驚異がもう二度と自分に危害を加えないということを誰しも確認したいだけなのかもしれない。多分そうだ。僕は少なくともそうだ。
犯人の男は警官二人にパトカーに乗せられた。その姿はもはや人形のようで、あの男のピークはきっとあの告白だったんだろうと思った。
時に人間というのは喋ってしまうことで、それを達成したような感覚になる。きっとあの男もそういう感じなんだろう。
車がゆっくりと動き出す。
雲の切れ間から太陽が顔を出した。あたりを明るく照らす。
これで終わったんだと思った。やっと。
皆無言だった。その光景をどういう気持ちで見ているのか?しかし誰も声を発することはない。
パトカーは道に出た、やがて速度をあげた。
そして最初のカーブを曲がりきれずに、ガードレールを突き破って崖下に消えた。
そこにいる誰もが唖然としていた。事件を解決した探偵すらも。
僕は内心、そんなにもうまくいくと思っていなかったのでその場にいるみんなと同じく驚いてしまった。
僕がしたのは、トイレの窓から出たとこの納屋の中にあった「農業ナイフ」を車の後部座席に隠したのとブレーキの下のところに空き缶を挟んでおいただけなのに。
それだけでこんなにうまくいくなんて・・・。
僕のところにもいつか、警察が来るのだろうか?今はまだわからない。ただもしその時が来たとしても僕はあの警官二人の為に捕まりたい。
あんな吐き気を覚えるような奴の為に捕まるなんて、そんなこと絶対に無いようにして欲しい。あんな人のことも知らない呪いを人に押し付けるような人間のために捕まるなんて、絶対に嫌だ。
まあでも、とにかくこれで帰れる。もしくは死ぬかもしれない恐怖感からは解放されただろう。もう自分も殺されるかもしれないなんて精神状況にはなりたくないものだ。
三十本目になりました。5で割り切れる数字は危険です。もうアップしない感があります。