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エアコン

作者: 竹仲法順

     *

 あたしは夏と冬は自室のエアコンを稼動させている。夏は冷やしすぎず、冬も温めすぎずにしていた。大抵窓を開けたりして、自然の風を入れながら過ごしている。確かに天然の温度だと、夏場などは疲れるから、そういったときは少しエアコンの温度を高めに設定して入れていた。手元にあるリモコンでセッティングが可能だ。今、部屋にいるのだが、温度はちょうどいい感じである。やはり真夏に扇風機だけで過ごすのは難しい。そう感じていた。ずっと部屋で原稿の執筆をしながら、出来上がった分を出版社に入稿する。あたしも月刊の文芸雑誌や週刊誌に連載をいくつも持っていて大変だった。現役の作家は仕事量が多いのである。原稿料や著作の印税などはちゃんともらっていた。いわゆる職業作家という身分だ。ずっと書くのが仕事だった。あたしの書き綴った官能小説で、世の男性が自慰行為をするというのは分かっていたし、結構スパイスの効いた物を書いていたので読者にとっては刺激的だろうと思った。ゴーストライターなどは一切雇わない。全部自筆だった。連載を複数持っていて、パソコンでずっと作業し続けるのだし、ずっとキーを叩くのが仕事だ。別に他人に書いてもらおうとは思ってない。全部自分で書いていた。朝から晩まで作品を作るのがあたしの仕事なのである。

     *

 三十代後半で晴れて直木賞を受賞し、四十代に入ると、倦怠しているのが分かる。確かに作家として一番脂が乗る時期ではあるのだが、ずっと仕事を続けていると、ふっと退屈な感じがしたりもする。金に困っているわけじゃなかったのだが、何か満たされないところがあった。贅沢なのだろうか……?そうも思えないのだけれど……。ただ、直木賞作家というのは出版社サイドが美味しい餌として材料にするのである。この作家に物を書かせれば売れるという、いい意味での推測のようなものがあるらしい。あたしもずっとキーを叩きながらそんなことを感じていた。作家というのは出端こそ労苦を伴うのだし、売れ始めてからも実に大変な商売であると思える。いくら在宅でする仕事にしても、疲れを感じることは大いにあった。書斎に置いてあるパソコンのディスプレイをじっと見つめていると、目がチラチラするからだ。原稿の督促が絶えず来るのだが、あくまで腰を据えて一つ一つ手を付けていた。作品を量産する方に回っている。連載は書き溜めておいて締め切りが来れば入稿していたのだし、単行本の書き下ろしも時間を作ってやっていた。変化のない日がずっと続く。室内の温度を調整しながら、パソコンのキーを叩き続けた。マシーンは古いOSの物を使っている。起動時間が若干遅いのだが、別に構わなかった。ずっと同じ調子でやっている。時折休みを入れながら、だ。昔はワープロを使っていた。書院など古い型式のもので、感熱紙などに印字していたのを覚えている。だけど今は普通にパソコンにプリンターを接続していて、必要なときはそれで印字していた。大概原稿はプリントアウトせずにメールで送っている。ゲラのやり取りもメールでやっていた。あたしも官能小説の書き手として書籍を通じ、世の人間の欲望を満たすために頑張っている。自宅マンションでは一人暮らしで独身だった。ずっと一人でいる。別に構わないのだった。作家として絶えず仕事が入ってくるので、収入面では困らないのだし……。公募新人賞を獲り、デビュー作が出てから、直木賞を受賞するまでは売れない時代が続いたのだ。まあ、作家なら誰もが味わう悲哀だとは思うのだけれど……。

     *

 その日も昼食後、軽くベッドに横になり眠った。夏場は毎日欠かさず二十分ほど昼寝する。そして濃い目のコーヒーを一杯淹れ、飲んでいた。神経を覚醒させてからパソコンに向かう。ずっと原稿を打ち続けていた。月刊の文芸雑誌も週刊誌も、連載原稿はすでに送っていたので書き下ろしの単行本を書く。たっぷりと時間を使って書き続けた。さすがに執筆にはかなりのエネルギーを使う。あたしも合間にティータイムを設け、コーヒーや紅茶などカフェインの多い飲み物を飲みながら、買っていたスイーツを食べる。疲れを覚えれば書斎の窓を開け放ち、外の空気を思いっきり吸い込んだ。執筆は慣れていても疲れる。ただ自分で言うのもなんだが、あたしぐらい作家としての知名度があれば、原稿の依頼は舞い込んでくるのだ。別にこっちの方から何も言わなくとも、出版社やエージェントなどが原稿を書いてくれと言ってくる。確かにあたしの出した著作は四百作を超えていた。印税や原稿料などがたくさん入ってくる。それで十分暮らせていた。返って一部の出版社のオファーは断っているのだ。その程度のことなどいくらでもある。ずっとキーを叩き、ストーリーを作っていくのがあたしの仕事だ。ジャンルも以前より幅が広くなっていた。エロスが中心なのだが、ミステリーやホラー、時代物なども書くようになっている。要はあたし自身、いろんなものを書けるようになったということだ。別に意識していなくても、物を書く人間なら誰もが視野を広くする。確かにあたしの知り合いの作家にも書斎の虫のような人間はいたのだけれど……。

     *

 エアコンを停めて、代わりに扇風機を回す。夏バテしそうなぐらい連日蒸し暑かったのだが、何とか大丈夫だった。あたしも効率よく仕事を回している。各出版社の担当編集者ともメールなどを通じてやり取りしていたのだが、別に用がないときはないで済んでいた。それだけあたしも自分の持っている時間を上手く使う方法を考え付いていたのだし、人間的にも以前より大きく成長したような気がする。人は心身両面で成長するのだ。誰もが。それだけ大人になれたような気がしていた。他人は他人で、自分は自分でいいだろうと思えて。ゆっくりと歩き続けるつもりでいた。女性でも四十代を迎えると、いろんな意味で制約が出てくるのだけれど……。それに気持ちは若くても、体力が付いていかないこともあるのだし……。仕事は続く。淡々とした形で。

     *

 扇風機を停めてエアコンを稼動させる。部屋が冷えないと、やはりこんな蒸し暑い日は過ごしにくい。あたしもそう思っていた。ゆっくりと冷気を送り続けながら、エアコンで室内に溜まっていた熱を逃がす。快適な感じで仕事が出来た。昔はエアコンなどなかったから、夏場は蒸し暑い部屋で汗だくで過ごしていたのだが、今は違う。時代もまるで変わったのだし、家電の普及で一年中快適に暮らせるようになっていた。次に買うのはいつになるか分からなかったのだが、おそらく数年以内にはまた買い換えると思う。特に夏冬使う機会が多かったからだ。昔とはまるで違っていた。そしてあたしもクーラーを利かせた部屋で仕事する。疲れていたのだが、職業作家というのは休む間がほとんどない。ずっとキーを叩きながら原稿を作っていく。ワープロ職人のようだったが、それがあたしの仕事である。変らないものとして。そして盛夏が過ぎ去っていくのと同時に、エアコンの出番も少なくなっていくと思えた。その繰り返しで一年が回っていく。段々とハードなスケジュールに付いていけなくなっている自分がいるのも分かってはいたのだけれど……。

                              (了)


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