誕生―後編―
ほうほう、オーディション合格ですか〜。不合格よりはそりゃ合格の方が嬉しいですとも……
「ごっ…合格ですか!?」
合格を宣言されること約1分。俺はやっと反応することが出来た。
「そう、合格だよ」
ニコニコとしている審査員。
隣の男前―松谷くんも部屋に入るなり理由も感づいたらしいが、審査員の口から合格といわれるとやはり驚いていた。
「君たちをここに呼んでの合格発表となったのは、まず君たちはバンドを組んでの参加ではなかったからなんだ」
真ん中の人はやっぱりプロデューサーでその人の話によると、今回はバンドグループを売り出すのが前提だからもちろん合格基準の中にバンドである事があったんだけど、俺の歌声に松谷くんのギターそして窓枠の兄ちゃんのベースが組めば、今日集まったどのバンドにも勝るということで別途呼び出しという形での合格発表だったらしい。
「あの場での発表じゃあバンドを組んでないのになんでって混乱になりかねないからね。だから他の参加者には申し訳ないけど、きちんと説明して帰ってもらったよ。大丈夫だよね、志水くん」
「はい、そこは滞りなく済ませておきました」
「さすがに仕事が早いね」
「恐れ入ります」
スーツの人の受け答えはいたって丁寧だ。
「では三人には親睦会も含めて早速曲作りに入ってもらうよ。事務所にカンヅメで」
「「!!?」」
プロデューサーはそういうなり、ドアに向かって合図をした。するとドアからは怖い顔した図体のデカイお兄さん達が入ってくる。反抗出来る事もなく、俺達は彼らに引きずられるようにして連行されるのだった。
――…‥
この部屋に連れて来られて30分、初対面の俺達には会話もなく壁にかけられた時計が秒を刻む音だけが響いていた。
幼い頃時から“落ち着きのない元気な子”と周りに言われてた俺は、沈黙に耐えられずとりあえずギターを取り出しポロンと弾いてみた。
さすがに今さっき出会ったばかりでしかもこの三人しかいない状況で俺の下手なギターを披露するのも気がひけたが、沈黙しているよりはマシかと俺は有名な曲の一節を弾いてみる。
――見上げた空は澄んでいて――
弾きだしたもののやっぱり俺のギターじゃ面白くない。ギターを持ったままアカペラで歌っていると、控室で聞いた心に響いたあのギターが伴奏に入ってくる。
歌いながら二人を見ると男前がギターを弾いていた。
『あのギターは男前だったんだ…』
ギターを弾く様も男前だなぁとか思ったけど、あのギターと一緒に歌えるのが何より心地よかった。
「ふぅん…」
だんまりだった兄ちゃんも一言呟くとベースを取り出し、俺達に加わった。アカペラからギター伴奏が加わりベースの低音が加わると、歌ってる俺も気持ちが良くなりいつの間にかいつもカラオケとかで歌ってるように大声で歌っていた。
俺達は初対面でお互いの名前すら知らなかったが一曲合わせる事で互いの力と、これから長い付き合いになるであろうことを音で感じていた。
――…‥
「……っていうのが俺達の結成のいきさつなんですよ〜」
華やかに着飾った司会者に豪華な顔ぶれ、常に笑顔を絶やさない。
スポットライトを浴びて今日もTVスター屋さんをやっている。あれから5年の月日が過ぎ、4年間の準備期間を経て今年でデビュー2年目になった。
俺の左側には葉瑠が右側には久美ちゃんがいる。あの時出会った二人とは今も肩を並べ夢にむかって走り続けていた。
カンヅメにされてからしばらくはお互いの力量を計るかのように歌い続け、プロデューサーに怒られるまで曲作りの事は忘れていて、それどころか後からデビューする予定だった後輩グループに先を越され、結成から随分遅いスタートとなった。
「でも最初、オーディションの控室でふじっこの下手なギターを聞いた時は驚きましたよ。
「このギターでよくオーディション受けたな」って」
会場内に小さな笑いがおこる。
葉瑠は俺の事を“ふじっこ”と呼び、あの頃と同じように顔をくちゃっとさせて笑う。
「いやいや、それをいうならお前の歌だって相当ヤバかったって」
葉瑠の歌の下手さは周知の事で、今じゃこうやって笑いのネタに使わせてもらう。
お客さんの中のファンの子だろうか、歌は下手でもかっこいいよ!という叫びが聞こえ、葉瑠は
「わし、やっぱりミュージシャン向きじゃなかったですかね」
とお客さんに向かってウィンクしてみせる。
司会者も葉瑠くんはアイドル向きかなっと笑っと笑う。
「こいつらその話をさせるときりがないですよ?だから俺のベースでこいつらをまとめてやらなきゃって思った訳ですよ」
ハッハッハと笑う久美ちゃんは、結局いつもおいしい所だけを持って行く。
オーディションの時窓枠にいた兄ちゃんこと、槙野久美は最初は謎の兄ちゃんだったが話をしてみるとなかなかの強者な事が判明し、今や葉瑠や俺のよい兄貴分で二人とも“くみちゃん”や“くみ”と呼ぶ。
俺と葉瑠が久美ちゃんの嘘でもない発言に返す言葉もなく黙ると、また会場ないを笑いが包んだ。
俺達はミュージシャンであるけど、こういったファンの人や他の有名人との掛け合いを大事にしている。
デビュー2年目、俺達の夢はまだ始まったばかり。楽しい事もたくさんあるだろうし、壁にもぶちあたるだろう。でもこの三人なら乗り越えれる気がする――スポットライトの中で確かに確信していた。
誕生編はこれで終わりです。これから色々と壁にぶちあたって行く予定です!次話も読んでいただけると嬉しいです。