増えすぎたCD
2分違いで鳴るアラームが頭上に3個。
おまけに3個ともスヌーズ機能が生きている、しかもその間隔も1分ずつときた。
どう考えても、嫌がらせとしか思えない。
「う、るせぇ…」
朝が苦手な俺のためにアラームをかけるのは、あいつが帰る時の習慣だ。
泊っていって、直接起こしてくれりゃいいのに、と何度か言ったが笑殺されて久しい。
そういえば、最近全然泊っていかないな。
前にあいつが泊ったのって、いつだったっけか。
最近の俺たちは、つまりそういう感じだ。
つまんねぇこと思い出しちまった。
苛つきながらベッドから降りると、脇に積んであったCDたちに足がぶつかった。
「い、ってぇー…!」
朝からろくなことがない。
足の小指は痛いし、積んであったCDがばらばらに床に散らばった。
片づける気力もなくぼーっと眺めていると、同じジャケットのものが、何組か目に入る。
「あー、ったく!」
全部あいつのせいだ。
ここにいないあいつに向かって、意味のない悪態をついた。
きっかけは、1枚のCDだった。
高校に入学して1か月くらいしか経ってないときだったと思う。
どうしても欲しかったインディーズのアーティストのCDが売り切れで、へこんだまま翌日学校に行ったら、
あいつがその俺の欲しかったCDを持って女友達と話していたのだ。
「なぁ、それ貸して!」
全然話したこともなく、名前すらうろ覚えだったのに、咄嗟に声をかけてしまった。
一瞬驚いた顔をしたけれど、あいつはそれからすぐに貸してくれた。
話してみると、音楽の趣味はかなり近かった。
すぐに友達になって、いろんなアーティストの話で盛り上がって、距離が近づくのは早かった。
それからいろんなライブに一緒に行くようになったりして、夏休みには付き合い始めていた。
それから、もう7年。
青いガキだった俺はマスタコースに入り、あいつは一足先に就職している。
その間、相変わらず音楽の話題は尽きず、好きなCDを買ったり貸し借りしたり。
どちらのかもわからなくなったCD、同じCDを買って持ち合ったせいで同じものが2枚あるものも多い。
そのせいで俺の部屋には、ふたり分のCDがどんどん溜まっていくはめになった。
手持ちのCDラックではとうてい足りず、何個か買い足して、さらにこうして何段も積み重ねてきた。
増えすぎたCDの数と同じだけ重ねてきた長い時間を思うと、妙な気分だ。
蹴飛ばして散らばったCDのように、最近の俺たちの一緒に過ごす時間は、日々忙殺されて散っている。
どうして、今でも一緒にいるのか。
ふたりだとちょっと窮屈なところもあって、でもそのくせひとりだと寂しい。
これは愛情ゆえなのか、それともただの情なのか。
この頃ではそれもよくわからない。
でも結局、離れるのは無理なんじゃないかと思っている自分もいる。
帰ろうと研究室から出たところで、メールが入る。
学校の入口まで来たから会えないか、というものだった。
あいつがここまで来たことは今までに片手で数えるくらいしかない。
何かあったのだろうか、ずいぶん珍しいこともあるもんだ。
すぐ行く、と返信して足を速めた。
どこか、浮かれている自分がいることに気づいた。
門のところへ着くと、あいつは2人組の男に声をかけられていた。
7年も一緒にいるといい加減目も慣れてくるというものだが、あいつは実はけっこうキレイだ。
こんな場所にひとりで立っていれば、必ずと言っていいほど誰かに声をかけられる。
そういえば、最初のころはムキになって追い払っていた気がする。
懐かしいな、青かった俺。
この頃はそれも当り前のこと、みたいな変に達観したような気分でいた。
今日は、いつもと違う行動をしたあいつに触発されたのかもしれない。
青い俺が、戻ってきた。
あいつの肩に手をかけて、少し強めに俺の陰に引き寄せた。
「悪いけど、こいつは売約済み」
そう言って、そのまま手を取って、歩き出す。
“売約済み”って、いつの時代の文言だよ、と青い俺に突っ込みをいれつつ、ちょっとテンションが上がった。
ただ握られたままだった手に力が入って、握り返されたのがわかる。
ちら、と様子を窺うと、その眼には最近のいつもとは違う何かが見え隠れしていた。
あぁ、こいつは気づいていたのだ。
俺が一緒にいながら、妙に冷めていた部分に。
そして、こいつも俺と同じようにどこか冷めていた部分を持っていたことも。
「もしかして、試した?」
「…どうかな。ケジメはつけたほうがいいかな、とは思ってたけど」
「それで、どうケジメつける気でいんの?」
「どうしようかな。売約済みみたいだし」
「じゃぁ、おとなしく買われとけよ」
言葉で遊びながら、手が指と指を絡ませるつなぎ方に自然に変わっていく。
なんだ、俺たちどうせお互いが離れられないんじゃんか。
やっぱり、離れるのは無理だろうという俺の予想は、外れそうにない。
愛情でも、ただの情でも、もう構いやしない。
どうしたって好きなもんは好きで、嫌いになんて絶対ならない。
結局愛情だって、情のうちじゃねぇか。
「指輪でも買い行くかー」
「なにそのノリ。いきなりすぎ」
「そ? じゃ、ひとまず今日は泊ってけ」
「それって、全然ケジメないし」
「久々じゃんか。やなの?」
「……やじゃないけど」
あ、やばい。
久々に、めちゃくちゃ抱きしめたくなってきた。
「とりあえずさ、帰んない?」
「うん。あ、そうだ。今日CD買ったんだけど」
「げ」
朝散らばったままにしたCDを思い出した。
けどまぁ、ずっと一緒にいるなら、どうせこれからも増え続けるのだ。
朝に、ふたりして蹴飛ばすのも、それはそれでいいのかも。
7年も付き合ってるって、どんな感じなんだろう。
と思いながら、書いておりました。
逆に結婚の踏ん切りがつかなそう…とか予想したりして。
男視点でも、意外と書けたのでよかったです。
俺、あいつ、こいつ、というのばかりで名前を出しませんでした^^;
なんかちょっと独白チックで書けて、楽しめました。