第一話 二度目の死、そして始まり
クラクションの音が、やけに大きく聞こえた。
振り向いた瞬間、視界を埋め尽くす白い光。
急ブレーキの甲高い音と、人の叫び声が重なり合う。
――あ、これ、死ぬやつだ。
不思議なほど冷静だった。
体が宙に浮く感覚と同時に、世界が遠ざかっていく。
痛みを感じる前に意識は薄れ、すべてが暗闇に沈んだ。
これで終わりだ。
そう、思った。
特別な人生ではなかった。
平凡で、後悔もそれなりにあって、でも誰かに恨まれるほどのことはしていない。
ただ、不運な交通事故。
それだけのはずだった。
次に意識が浮かび上がったとき、まず感じたのは違和感だった。
寒い。
それに、背中がやけに硬い。
ゆっくりと目を開けると、そこは見知らぬ空の下だった。
灰色の雲が垂れ込め、石造りの建物が周囲を囲んでいる。
ざわめく声。無数の視線。
「……なに、ここ」
声が震えた。
起き上がろうとした瞬間、首元にひやりとした感触が走る。
思わず息を呑み、視線を下げた。
そこにあったのは、木製の台。
拘束された自分の腕。
そして――目の前に構えられた、巨大な刃。
理解が追いつかない。
「は?! ちょっとなにこれ?!」
完全にパニックだった。
夢だ、きっと悪い夢だ。
そう思いたかった。
だが、周囲から向けられる視線は、あまりにも現実的だった。
怒り。嫌悪。嘲笑。
そのどれもが、こちらに向けられている。
「第一皇女、セラフィーナ・アウレリウス」
低く、感情のない声が響いた。
黒衣をまとった男が一歩前に出る。
冷たい目で、私を見下ろしていた。
「数々の悪行。帝国への背信。民への圧政。
その罪、万死に値する」
「ちょ、待って。意味わかんないんだけど」
喉が張りつき、うまく声が出ない。
「セラフィーナ、こんなことをした自分を恨むんだな」
――名前。
その瞬間、頭の奥が焼けつくように痛んだ。
視界が歪み、見知らぬ記憶が雪崩れ込んでくる。
豪奢な宮殿。
冷たい玉座。
貴族たちの視線。
孤独。恐怖。焦燥。
「……うそ」
理解してしまった。
私は、
第一皇女セラフィーナ・アウレリウス。
しかも、この状況――
どう見ても、処刑台。
「待って! 話を……!」
必死に声を張り上げる。
「私は……そんな――」
刃が、持ち上げられた。
空気が張りつめ、音が消える。
一瞬、世界が止まったように感じた。
「私は……!」
衝撃。
視界が反転し、空が遠ざかる。
痛みは、なかった。
――ああ。
私は、
二度目の死を迎えた。
「……殿下」
遠くから、誰かの声が聞こえる。
「セラフィーナ殿下。お目覚めでございます」
柔らかな感触。
鼻をくすぐる甘い香り。
ゆっくりと瞼を開くと、白と金で彩られた天井が視界に入った。
天蓋付きの寝台。
見覚えのない豪奢な部屋。
「……生きてる?」
声を出して、はっとする。
高く、幼い声だった。
体を起こそうとして、また違和感に襲われる。
軽い。
小さい。
自分の手を見て、息を呑んだ。
細く白い指。
どう見ても、子どもの手。
差し出された鏡に映っていたのは、
銀色の髪と金色の瞳を持つ、幼い少女。
――セラフィーナ。
間違いない。
しかも、さっき断頭台に立っていた姿よりも、ずっと幼い。
「……戻ってる?」
震える声で呟いた、そのときだった。
寝台の脇に、見覚えのないものが置かれていることに気づく。
二冊の本。
一冊は、分厚い装丁の歴史書。
帝国の紋章が刻まれている。
恐る恐るページをめくると、そこに書かれていたのは――
――革命勃発。
――第一皇女セラフィーナ・アウレリウス、断頭台にて処刑。
喉が鳴る。
「……夢じゃない」
もう一冊に手を伸ばす。
古びたノート。
中を開いた瞬間、胸が締めつけられた。
震える文字。
誰にも見せなかった弱音。
貴族への恐怖。
民衆への怯え。
本来のセラフィーナ自身が、生前に書き残していたノート。
「……私、こんなに……」
そこにあったのは、悪女でも暴君でもない。
ただ、追い詰められ、孤独に耐え続けた少女の心だった。
理解する。
私は、
交通事故で一度死に、
断頭台で二度目の死を迎え、
そして今――
処刑よりも前の時間に巻き戻っている。
しかも、
未来を知る歴史書と、
過去の自分の声を抱えたまま。
小さく、深く息を吸った。
英雄になりたいわけじゃない。
帝国を救う理想もない。
ただ一つだけ、はっきりしている。
「……もう一度、あんな場所に立つのは、絶対に嫌」
銀髪の少女は、静かに拳を握りしめた。
こうして――
断頭台で終わるはずだった第一皇女の人生は、
二度目の始まりを迎えた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。小説自体は大好きですがこういったものを書くのは初めてなので大目に見てくれたら幸いです。
第二話は好評でしたら続きます!!(^^)!




