落鉄
夏も過ぎ札幌開催も終わる頃、木澤克也厩舎では全体のミーティングをおこなっていた。
「よし、秋の中山デビュー馬の鞍上会議するぞ。厩務員全員どれに誰を乗せたいか、紙に書いて多数決だ。」
木澤厩舎独自のルール、鞍上を決めるのは一番近くで馬をみているスタッフによる多数決。いわば人気投票である。
「えーっと、鶴崎の今週の乗鞍は2鞍。3歳未勝利とHTB賞か、お前ホントに信頼されてないな。そのためにも一戦大事にしろよ。」
木澤に言われて悲しくなったが仕方がない事だ。調教とレースで結果が出ていないわけだし。
当日の3歳未勝利、久々に1着でゴールできた。
「うっし、感覚戻ってきたかな?」
そんな独り言してる所に後から木澤が来た。
「1勝で喜ぶなタコスケが。まず何であそこから外に出そうと思った。前相手だろ差し込めどんどん。大外回したら距離ロスあるし差しあぐねるかもだろ。流行か?大外回すならもっと綺麗に回してこい。」
何一つ褒め言葉はなかった。悲しいが現実なのだ。あの落馬から馬込みに突っ込む勇気が出ない。あの事件から安牌ばかり取ってしまう。それを木澤は、嫌っている。
「まぁまぁ、あんな事言ってるけど実際喜んではいたから自信もてよ。鶴があれでいいと思ったんだろ。まぁ、俺も進路内ににとっては欲しかったけどな。もうちょっとな読みを鍛えて、馬群さばけたらいいな。」
そう励ましてくれたのは、厩務員の武中薫であった。
「武中さぁん。フォローしてくれたんですか、ありがとうございます。」
喜んで鶴崎は、言ったが。「ゔぇキモいわ」と言われて逃げられた。武中とは鶴崎デビュー時から世話になっている。だが一度も投票で鞍上にしてもらったことは無い。信頼されていないのだ。
厩舎に帰って色々とまとめていた所に木澤が来た。
「おい、ちょっと来週からお前に調教頼みたい馬がいるんだ。こっちにこい。」
なんだろうとついて行くとそこには2歳牡馬がいた。
「こいつ、気性が荒くて手こずってるんだ。だからお前に頼みたい。ガシガシ動かしてお前に合わせて作っていく。」
渋い顔されながらそんな事を言われた。
「でも、多数決でしょ。乗れないかもですよ。」
乗れるか怪しい馬に何で自分がとも思いながら聞いた。
「違う。これは全員の総意なんだ。この馬をお前に託して勝たせたい。そして俺も同意した。お前の才能は勝負感、思いっきりのよさ、そして馬の育成能力だ。
お前をデビューの時からここで使ってる理由それだ。」
そんな事言われたこともなかったので、嬉しかった。自分の才能をどこかの見つけられたような気がして。
そして、その牡馬との調教が始まった。率直な感想は
「何だこの馬、何も言う事聞かないじゃないか」
調教に行こうとすれば立ち止まる、いざ走り始めれば頭をブンブン振る。だが持ってるものは一級品。どうコントロールするか大変だなと思っていた。
「デビューは、ジャパンカップの週東京千八だ。頼んだ。メニューはこっちで組む、乗り方は任せた。」
そう木澤に言われてからがむしゃらに頑張った。ただ勝ちたいと願うその一心で。
レース当日
「今日は一段とウルサイな。でも負ける気はしないから俺も一緒かもな。」
そんな事をいいながら。ゲートに入った。
ガコンとゲートが開いた瞬間、置いていかれた。
「何だ?落鉄か?」
馬は出遅れ前とは一馬身離れてしまった。
「落ち着け、ケガなくゆっくりなぁ」
ささやきながらなだめようとするが、馬は追いつきたがって、引っ張っていく。ハイペースのなか前に、行きたくない。だが結局最終コーナーまで掛かったまま、後から16頭立ての12番目で直線を向いた。
「さぁ、あとまっすぐ走ればなんてこと無いから行け。」
ゴーサインを出した途端、唸るような豪脚が姿を現した。1頭2頭3頭と鶴崎が馬群を捌きながら内からグングンと伸びてきた。
「ここで外だ!」
外に出すともっと鋭い足で伸びてゴール板をくぐり抜けた。
「アルゲート、とてつもない豪脚。まとめてかわしました。これは新しいスターの誕生か?上がりは暮れの東京で33.0です。」
実況がそう唱えた。そして外埒付近で鶴崎は馬から振り落とされた。
「なんだよ、気分よくかっただろお前。俺落とす事ないだろ…」そう呟きながら見上げた空にはうっすらと飛行機雲がとんでいた。嬉し涙で滲んでいる飛行機雲だった。




