師匠
「本日の桜花賞。どの馬が勝ちますかね?板崎さん?」
競馬中継がそうつぶやく。だけど心ここにあらず。空虚な壁の隅を見つめながらとりあえず競馬中継を流している。
「はぁ暇やから、何すっかな」
自分がしたいことが分からない。そのまま時間だけが過ぎてゆく日々が続いていた。騎乗停止になったこともない優等生が突然のように馬に乗れない。悔しい。だが許せなかった。明らかな不利。それを勝てていないから調子が悪いからで流される。それだけは、絶対に許したくなかった。
月曜の日が暮れて来た頃、自分の家のインターホンがなった。めんどくさいながらも玄関に向かいドアを開いた。
「何腐ってんだお前。どうせ暇だろ付き合え。」
そういいながら、無理矢理引っ張って車に乗せたのはデビュー当時鶴崎が所属していた、厩舎の調教師の木澤克也であった。
「痛い、わかった乗りますから。離してください。」
そういい木澤の車に乗って走り始めた。
「何してんじゃ、われ。不利に遭って言い訳されたから殴り込み。お前、俺の教え忘れたんか」
そういいながら車を運転する木澤の目は、怒りよりも呆れを見せていた。
「忘れたつもりでは、ないっすよ。ただ許せなかった、あのまま行ったら事故で周りも被害が及ぶそれだけで。」
抵抗しつつも、木澤に怯えていた。
「違うな。お前は昔からカッとなりやすい。その場の感情で動いた。忘れてたんだよ。何回言ったお前に、[騎手だけやっていて生きられるほど楽じゃない、だからこそ馬に乗れること全てに感謝しろ。]そう。お前は当たり前のように馬が来るようになった。それにあぐらかいて馬に乗る努力を怠った。」
そう言われ、苦い顔しつつも
「頑張ったんですよ。結果がついてこないだけで。重賞勝っても元々の馬にも乗れない。それでも、今後の依頼につながるように頑張ったんですよ。」
そう答えた。
「言ってやろう。何でお前が勝てなくなったのか。お前は自分の持ち味を失った。捲りを使えなくなった、お前には明確な勝ちパターンがない。あの落馬からお前は恐れてるんだ。」
気づかなかった。いや、気づいていながら気づかないふりをしていた。何も言えない事実であるから。ごまかして結果が出て、自分に実力があると勘違いをしていた。だけど何も積み上がってなかった。
「怖かったんですよ。結果が出ていた、あの頃の自分はただ勝ちだけを考えて乗ってたけれど、あの落馬軽いけがから自分は間違っていたんじゃないかって思うようになって、変わろうとしたけどうまくいかなくて。自分の足元見直したら、自分がどれだけ馬たちに無理をさせていたのか、分かって。ただ怖かった。」
鶴崎はグチャグチャになっていた心情を話せた。なにを言ってるか自分でも分からないけど思った言葉だけを口に出した。
「やっと素直になったな。怖くて進めないなら俺が思いっきりケツ蹴って前に進ませてやる。またうちからやり直すぞ。ここからだお前の騎手としての人生は、俺はあと10年も出来ない。けどお前はまだまだ出来る。ダービー2回勝ってる俺が言ってんだ安心しろ。
お前のずっと言ってた夢、叶えるぞ。」
そう言われ涙が溢れてきた。そして、木澤克也厩舎の所属になった鶴崎は、騎手としてのリスタートを始めた。




