【異世界転生失敗】〜魔王バインドモールは勇者(Lv.999)の執着から逃げられない〜
愛憎入り混じる最強勇者×隠れオタクの不憫な魔王様。
主人公受けのBLです。流血表現注意。無理矢理めです。
【今の世界から逃げ出して、新たな自分になりましょう! 勇者に木っ端微塵にされたくない皆様! どうか神に祈りを! 】
あれは確か、四天王ヴァリアントが倒されたときだったか。
快進撃を続ける勇者一行に怯えた魔物共の間で、神に祈って自ら死ねば、来世は異世界で幸せに暮らすことができるなんていう胡散臭い宗教が広まった。
連日積み上がる死体の山に俺自身も忙しく、あのときは自死をする奴らに殺意が湧いたのを覚えている。
どうして死ぬのだろう。悲観的になる必要なんてないのに。この俺が勇者程度に負けるはずないのだから。
本気でそう思っていた。
だがそれも遠い記憶だ。
俺は負けた。目の前で嘲笑うこの勇者(狂人)に。
──ああ、異世界転生、してぇなぁ……。
旧魔王城地下牢。いつもの暗く湿った石畳の上。
鎖に繋がれた俺──魔王バインドモールはただぼーっとそんなことを考えていた。
この時間は、現実逃避のように弱気なことばかり考えてしまう。我ながら魔王として情けない。
小さく息を吐いた。
「バインドモール。僕の話を聞いているのかな?」
「……っ、ぐぅ、っ!」
突然、現実に引き戻すような痛みが走った。熱さと同時に、電気が走ったような感覚に襲われる。
……どうやら剣で貫かれたらしい。胸から生暖かい液体が飛び散るのが分かる。
「……ゆう、しゃ……」
この男の目には、今の状況がどう映っているのだろう。俺の言葉に、勇者と呼ばれた目の前の狂人は顔を歪めて笑った。
「ははっ、バインドモール!やっと僕を見てくれたね!君の赤い目、やはり綺麗だなぁ……!」
そのままグリグリと剣を押し込まれる。
しばらくの間、身体が痙攣するのを笑っていた勇者は、飽きたのかふいにそれを放り投げた。
冷えた石畳にカランと音が鳴る。
取れ、るか……?
まだ魔王としての意地があるのだろうか。掠れた視界の中、咄嗟にそんなことを考えてしまう。が、手は動かなかった。
この男が隙なんか見せるはずがない。きっと全て奴の思い通りなのだ。俺が付き合ってやる義理はない。
その視線から逃げるように目を逸らした。
「……ああ、やっぱり」
それが気に入らなかったのだろう。勇者はそう呟いて、俺の顎をガっと掴んだ。
その力は決して強くない。だが逃げられない位置を正確に押さえていた。
「その顔。そうやって、何も言わずに耐えようとするの。……ムカつくんだよね、ほんとに」
「僕を見ろよ」と先程も聞いた言葉が紡がれる。この男はいつもそればかりだ。
溜息を吐いたその瞬間、唇が塞がれた。
「っ、!んぅッ!?」
息を吸う暇もなく、舌が押し込まれる。ヌルヌルとした質量が無理矢理分け入り、血だらけの口内を蹂躙していく。
気色悪ぃ……!
もう何度行ったか分からないこの行為にはまだ慣れない。だが、抵抗はできなかった。
もう俺は世間一般では死んだということになっていた。どうしてか、この勇者は俺を倒したあと、俺を殺さなかった。
なぜがわざわざ魔王城の奥深くに専用の部屋を作り、その身体を隠していた。おそらくこのことは勇者一行も知らないだろう。
つまり、今の俺の身体はもう目の前のこの男のものと言っても過言ではないのだ。
「っ、はぁ……。そんなに怖い顔しないでよ。せっかくの綺麗な顔が台無しだよ」
俺達の間を銀糸が伝った。
キスをしたことで多少は気分が良くなったのだろうか。目を細めて微笑んだ勇者はしゃがみ込んで俺の頬を撫でた。
その姿は、先程剣で胸部を刺した人物と同じだとは思えない。
「……ッ!」
本当に【異世界転生】を試すしかないのかもしれない。
別に、俺だって死にたいわけじゃない。
だが、もうそれくらいしかこの男から離れる方法が思いつかなかった。
異世界転生は魔界でも少し流行ったことがある。
『チキュウ』なんていう異世界生まれのいつかの勇者が広めた物語。その中では、平凡な学生も使われるだけの社畜もチート能力を授かり幸せに暮らしていた。
別に、俺にはチートになりたい願望も、ハーレムが作りたいなんて思いもない。
そんなもの今世でもう飽きた。
俺が願うのはただ一つ。
(ああ神様、どうか来世は──)
「バインドモール……?」
俺は最後の力を振り絞った。鎖の音がカチャリと耳に響く。
四肢はまだ拘束されたままだったが、指先だけは届く。 いや、届かせなければいけない。
手を伸ばして、伸ばして。
そして遂に、剣の柄を掴んだ。
「さよならだ。……アラン」
口角が上がるのが分かる。あの勇者を出し抜いてやった。気分が良い。最後だからと初めて名前を呼んでやる。
そのまま、手の中の剣を喉元に突き立てた。
「……は?」
勇者は一瞬わけが分からなかったのだろう。聞いたこともない声を上げた。
残念だ、喉じゃなかったら笑ってやったのに。
「バインドモール……バインドモールっ!! 」
膝をつき、俺の身体を自らの胸へと抱き寄せた。
応急処置をしようとしているのか。血に濡れるのも厭わず震える手で傷口が覆われる。が、自らの身体だから分かる。俺は助からない。
「嘘だろ、なんで……ッ! 」
はっ、ざまぁみろ……。
ぼろぼろと熱い液体が顔に落ちる。
というかなんなんだこの男は。どうして泣く?やはり狂人に違いない。
(神様、お願いだ。どうか来世は──)
──この人間と離れさせてくれ。
「……っ、くそ、死ぬなッ! バインドモール……! 」
薄れゆく意識の中、俺は願う。
神なんて生まれてから今まで信じたこともない。
だからそれはきっと、最初にして最後の祈りだった。
◆◇◆◇◆◇
次に目を開けた先は、広い草原のド真ん中だった。
色とりどりの花の中に、ヒラヒラと蝶が舞っている、どこか素朴で美しい風景。
どうしてか俺はそんな草原の中、手を目一杯広げて寝転がっていた。
(嘘だろ、そんなことって……! )
目をパチパチと瞬かせる。驚いたのは一瞬だった。
あぁ、本当に……
「異世界転生してるーーーーッ!? 」
俺は歓喜した。周りに人がいるかもなんて考える余裕もないほど大きな声で叫んだ。
まだぼんやりとした頭でも、ここが勇者によって改装された元魔王城ではないのだというのは分かる。
やっと解放されたのだ。
四肢を縛る鎖も、魔法による拘束も、政務以外はずっと付き纏うあの男の気色の悪い視線もなにもない。
俺はもう自由だった。
「ははっ、本当に異世界転生したのか……! 」
俺はそのままゴロゴロと芝生を転げ回った。前世では血溜まりの中生きていたのだ。泥が付くのなんて今更気にすることではない。
(っと。駄目だ。異世界だとしたらきちんと溶け込まなくては! )
俺──魔王バインドモールは魔界最強の魔王にして、同時に……異世界転生オタクでもあった。
異世界転生ものの小説、漫画、その他諸々……殆どのものを読む、あのオタクだ。
だから思い出した。
もしここが歴代勇者のいう通り『チキュウ』なのだとしたら、このような行動をしている者なんて怪しいことこの上ないな!? と。
一旦落ち着こう。まずは身の安全と今の状況を知る必要がある。
起き上がり辺りを見渡そうとすると、ふと違和感に気付いた。
視界が低い。それに随分と身体が軽かった。
指先を動かす。
拳を握った指は細く、いつものように力が入らない。
これは、子どもか……?
ふらふらと立ち上がり、御誂え向きとばかりに近くにあった水溜りに顔を近付けた。
水溜りに映ったのは、知らない顔だった。
光を透かしたような柔らかな白い髪と、困惑したような丸く大きな瞳。
魔王だった時代とは似ても似つかない、可愛らしいと形容される姿。
唯一前と同じなのはこちらを見つめるその瞳の色だけだった。血のような赤。
『君の赤い目、やはり綺麗だなぁ……! 』
……あぁ、どうしてこの目だけ。
「……ッ!」
いや、こんなことを思い出している場合ではない。
しゃがみ込んでまじまじと見つめる。
「……十歳、くらいか? 」
幼い、というほどではない。
だが大人と呼ぶには明らかに足りない身長と体重。骨の細さと未完成な輪郭が、否応なくその年齢を主張していた。
俺の前世ほどとはいかないが、見た目は悪くない。目は抜きにしても、中々良い器だった。
(まぁ、もう少し知るべきだな……)
「ステータスオープン」
そう呟いてみた。
『ステータスオープン』
前世では、そう唱えるだけで視界に青白い文字の羅列が浮かび上がり、自分のレベル、攻撃力、魔力、スキルリストなどが一瞬で把握できた。
魔王バインドモールを最強の魔王足らしめていた要員の一つ。
だが今は、何も起きなかった。
草原の風がサラサラと白い髪を揺らす。青い蝶が一匹、鼻先をかすめて飛んでいった。
(……やっぱり出ねぇかぁ)
予想通りだ。
ここはバインドモールのいた世界ではない。異世界に同じ名称のそんな都合のいいシステムがあるはずがない。
そういえば近くに家があった。この年齢からして、おそらくは今の俺の家だろう。
少し面倒だが、詳しく知るにはそこに行くしかない。小さく肩をすくめ、水溜りから離れようとした。
その瞬間だった。
──ふっと、視界の端に何かがちらつく。
それは俺がいつも見ている電子的な青い光だった。
【ステータス】
名前:エリアス・リィンハート(男)
種族:人間(転生者)
年齢:12
レベル:6
HP:45/45
MP:120/120
攻撃力:23
防御力:17
魔力:102
敏捷:35
運:2
【スキル】
『赤眼の魔王』 Lv.1
[魔王バインドモールが転生した姿。魔王バインドモールの獲得したスキルを全て使うことができる。その際のスキルレベルは『赤眼の魔王』のスキルレベルに依存する。]
「……は?」
この肉体の名前は、エリアス・リィンハート。
年齢は10かと思ったが、12歳らしい。
レベルは6。
ステータスは……まぁ低いが、正直子供にしては悪くないと思う。魔力102はレベル一桁にしてはよくやっている方だろう。
前世の俺なら一瞬で吹き飛ばせる数字だが、この年齢なら十分に戦える水準だ。
……いや、そんなことを冷静に考えている場合じゃない。ステータスもスキルも気になるが、根本的な問題があった。
「どうしてこれが見えるんだ……? 」
おかしい。
だってここは俺がいた世界じゃない。
ステータスという概念そのものが存在しないはずの、少なくとも、俺が知っている限りでは異世界のはずだ。
なのに。
──もしかして。
「神様の奴、チート能力まで入れてくれたのかー! 」
愛読していた転生小説でも、一度異世界転生した主人公が、チート能力を授かったまま現代に帰ってきて無双みたいな作品があった。
スキル『赤眼の魔王』
少し力が弱くなっているのは不思議ではあるが、そういう感じなのかもしれない。
まぁ、さっきの家に行けば詳しいことは分かるだろう。この肉体の親と呼ばれる存在もいるかもしれない。
俺は脳裏に浮かんだ【ここは異世界じゃないのかもしれない】という言葉を打ち消すように、わざとらしく声を上げた後、歩き始めた。
このときの俺は知らなかった。
ここが死んでから12年経っただけの全く同じ世界であることも、勇者との呪われた縁が切れてなどいないことも。
……そして、あの狂人が『転生した』魔王バインドモールを探すため、新たな施策を作ったことも。
【満十三歳の少年少女は、一ヶ月の間、元勇者 アラン・ヴァステールもとで奉公しなければならない】
──魔王バインドモールは逃げられない。
完……?
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