【22-2】酒場《ブラッディ・ローズ》の女
夕暮れの港に灯りが入り始める頃、
三人は酒場の前に立っていた。
赤い薔薇を象った看板の下から、笑い声と酒の匂いが溢れてくる。
中は盛況らしく、扉越しにも人いきれが伝わってきた。
「入るのか?」
カゲロウが低く問う。
「まあ、話だけでも聞いてみようぜ。
宿無しで野宿ってのも、さすがにキツいしな」
護はそう言って、ためらいなく扉を押し開けた。
中は、港町らしい喧騒に満ちていた。
屈強な水夫、無精髭の冒険者、派手な服の女たち。
酒と欲望と噂話が、同じ空気の中で混ざり合っている。
「――あら、戻ってきたね」
カウンターの奥から、あの女主人が姿を現した。
煙管をくゆらせ、涼しい目で三人を眺める。
「どうだい? 宿は見つかったかい」
「……全滅だ」
護が肩をすくめると、女はくすりと笑った。
「だろうね。この街じゃ、運と実力がなきゃ寝床も取れない。
――でも、あんたたち、顔に書いてあるよ」
「顔に?」
「“困ってます”ってね」
女はそう言って、カウンターに肘をついた。
「改めて名乗ろうか。
あたしはマリー。ここ《ブラッディ・ローズ》の女主人さ」
「俺は磐座護だ。で、こっちが――」
「影の剣士と、口の悪い小さな賢者。
名前は聞かなくてもいい」
メルが眉をひそめる。
「……ずいぶんと事情通だな」
「この街で商売するなら、耳は多い方がいいのさ」
マリーは意味ありげに笑い、護を見た。
「特に、あんたみたいな“目立つ男”はね。
マリーナでの話、全部聞いてるよ。
『クラッシャー』――そう呼ばれてるんだって?」
「え? そんな呼び名ついてんのか?」
護は本気で驚いた顔をする。
「オーガロード単独討伐。
スタンピードを二人で食い止めた話。
どれも、この街じゃ酒の肴になる」
マリーは視線を流し、今度はカゲロウを見る。
「……それに、あんた。
その目、ただの冒険者じゃない」
一瞬、酒場の喧騒が遠のいたように感じられた。
カゲロウは視線を逸らさず、静かに返す。
「……何が言いたい」
「別に。
いい男だって言ってるだけさ」
挑発とも冗談ともつかない言葉に、カゲロウは何も答えない。
代わりに、メルが口を挟んだ。
「で? ボクたちに声をかけた理由は?
親切心だけって顔じゃない」
「鋭いねぇ」
マリーは煙管を灰皿に置き、声を落とした。
「単刀直入に言うよ。
あたしは“投資”が好きでね」
「投資?」
「そう。将来、でっかく化けそうな連中に、
今のうちから恩を売っておくのさ」
マリーは一枚の古びた地図を取り出し、カウンターに広げた。
「ここ。裏路地のさらに奥。
今夜だけ、部屋が一つ空いてる宿がある」
メルが即座に地図を覗き込み、眉をひそめる。
「……ずいぶん、怪しい場所だな」
「そりゃそうさ。
この街で“怪しくない場所”なんて、数えるほどしかない」
カゲロウが、鋭い目でマリーを見る。
「……何の魂胆だ?」
一瞬、沈黙が落ちた。
だがマリーは、肩をすくめて笑っただけだった。
「言ったろ。投資だよ。
未来の英雄様に、ちょっとした貸しを作っておきたいだけ」
「信用しろ、と?」
「信用しなくていいさ。
選ぶのは、あんたたちだ」
護は地図とマリーを見比べ、少し考えたあと、にっと笑った。
「怪しいけどよ……
このまま野宿よりは、マシだな」
「……護」
メルが止めようとするが、護は気にしない。
「それに、こういうのって、
だいたい後で面白いことになるんだよ」
マリーは楽しそうに目を細めた。
「決まりだね。
宿の主人には、あたしの名前を出しな」
「紹介料は?」
「今は要らない。
――その代わり、あんたたちが何者になるのか、
この目で見せてもらう」
自由と無法の街。
そして、胡散臭い女主人との取引。
三人はまだ知らない。
この“投資”が、後に大きな波紋を呼ぶことを。
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