【21-3】侯爵家からの贈り物と、騎士の素顔
リベルタリアへの旅立ちを決めた翌日の夕暮れ時。 護たちは、王都での最後の夜を過ごすため、宿屋の一室で旅支度を整えていた。窓の外には、夕焼けに染まるアウロラの街並みが広がっている。この美しい街を覆っていた影は、彼らの手によって払われた。だが、その根源である闇は、海の向こうでさらに深く彼らを待っている。
コンコン、と控えめなノックの音が響いた。 護が「はいよ!」と答えて扉を開けると、そこには予想外の人物が立っていた。 セラフィーナだ。しかし、いつもの凛々しい騎士の礼装ではない。刺繍の施された上品な白いブラウスに、動きやすいロングスカート。銀の髪も下ろし、どこにでもいる貴族の令嬢のような、柔らかな私服姿だった。
「お、セラフィーナちゃん! どうしたんだ、その格好? 見違えたぜ!」
護が目を丸くして声を上げると、セラフィーナは少し恥ずかしそうに頬を染め、しかし品良く微笑んだ。
「こんばんは、皆様。明日の朝には王都を発たれると聞きましたので……どうしても、最後にご挨拶をしたくて参りました」
彼女は部屋に入ると、メルとカゲロウにも丁寧な礼をする。その所作一つ一つに、育ちの良さと、彼女本来の誠実な人柄が滲み出ていた。鎧を脱いだ彼女は、年相応の少女のようにも見え、戦場での鬼気迫る姿とは別人のようだった。 テーブルを囲んで座ると、セラフィーナは改めて今回の事件解決への感謝を述べた。そして、少し寂しげに、けれど確かな決意を込めて語り始めた。
「わたくしは、この王都に残ります。アーサー先輩が守りたかったこの国を、内側から蝕む悪を一掃するために。騎士団の中にも、公爵と通じていた者がいるかもしれません。立て直しには、時間がかかるでしょう」
彼女の瞳は、未来を見据えていた。もう、迷いはない。 過去の悲劇に囚われていた少女は、護たちとの出会いを経て、真の騎士として歩み出そうとしていた。
「ですから……あなた方の旅には同行できません。本当に、申し訳なく思います」
「何言ってんだ。当たり前だろ? あんたにはあんたの戦いがある。俺たちは、俺たちのやり方で暴れてくるだけさ」
護があっけらかんと言うと、セラフィーナはふふっと笑った。そして、手元に持っていた鞄から、一通の封筒を取り出した。 それは、最高級の羊皮紙で作られ、封蝋には精巧な獅子の紋章――ヴァイスリッター侯爵家の家紋が押された、見るからに重厚な書状だった。
「これは、わたくし個人からの、ささやかな支援です。いえ、正確には……わたくしの父、ヴァイスリッター侯爵からの贈り物です」
「侯爵様から?」
メルが驚いて身を乗り出す。魔導書を整理していた手を止め、まじまじと封筒を見つめた。
「はい。父は、今回の事件解決におけるあなた方の功績を高く評価しています。本来なら王家から報奨金が出るべきところですが、公にはできない『特務』扱いですから……せめてもの、手助けをと」
セラフィーナは、その封筒を恭しく護に手渡した。
「これは、リベルタリアにあるワールド・ギルド・ユニオン本部の幹部、渉外審議長アルドレッド様への紹介状です。アルドレッド様は父の旧友であり、ギルド内でも穏健派として知られる人格者です。あなた方がリベルタリアで活動する際、この紹介状があれば、必ずや力になってくれるはずです」
「すげぇ……! そんな大物へのコネまでくれるのか!」
護は封筒を慎重に受け取った。紙一枚だが、そこには侯爵家の威信と信頼が込められている。ずしりと重い気がした。 リベルタリアにはギルドの本部がある。そこには、世界中の猛者たちを束ねるトップがいるはずだ。そんな場所へのパスポートを手に入れたようなものだ。
「リベルタリアは無法の街。ギルドの権威がどこまで通用するかは分かりませんが、少なくとも、無用なトラブルを避ける『通行手形』にはなるはずです。……それに、あの街は物価も高いと聞きますから」
メルが感心したように唸る。
「これは金貨千枚よりも価値があるかもしれないな。感謝するよ、セラフィーナさん。君の家の顔を潰さないよう、精々品行方正に努めるとしよう」
「(ジロリと護を見て)……できる限り、な」
「なんだよカゲロウ、その目は!」
三人のやり取りを見て、セラフィーナがくすくすと笑う。 そして、彼女は表情を引き締め、真っ直ぐに護を見つめた。その瞳には、騎士としての敬意と、それ以上の温かい感情が宿っていた。
「護殿。あなたのその『力』と『心』は、きっと多くの人を救うでしょう。ですが、どうかご自愛ください。あなたが傷つくことを……悲しむ者がいることを、忘れないでください」
それは、遠回しな、けれど精一杯の彼女なりの想いだった。アーサーを失い、そしてまた護まで失うことへの、微かな恐れ。 護は照れくさそうに鼻の下をこすり、ニカっと笑った。
「おう! 約束する! 俺は最強だからな、簡単にはくたばらねえよ! セラフィーナちゃんも、無理すんなよ!」
その屈託のない笑顔に、セラフィーナもまた、花が咲くような笑顔で応えた。 戦いの中で結ばれた絆は、離れていても決して切れることはない。そう確信できる夜だった。
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