【20-6】ひまわりの守護者
翌朝。 『ひまわりの家』の静寂は、扉を蹴破るような下品な怒号によって破られた。
「おい、ババア! 期限だぞ! 『商品』の引き渡しだ!」
男たちが、大勢の部下を連れて孤児院の前に現れた。 彼らの服装は、このあいだのような単なるゴロツキ風情ではない。質の良い革鎧を着込み、腰には軍用の剣を下げている。明らかに、組織だった私兵団の残党だ。
マーサが青ざめた顔で玄関に出ると、リーダー格の男――顔に大きな傷跡がある男が、ニヤニヤしながら詰め寄った。
「へっ、準備はできてるだろうな? フェルディナント公爵閣下がお待ちだ。特に獣人のガキは高く売れるんだ、傷つけんじゃねえぞ」
「お断りします! あの子たちは物ではありません!」
「あぁ? 契約書があるんだよ。逆らうなら、公務執行妨害でこの場で切り捨ててもいいんだぜ?」
男が剣の柄に手をかけた、その時。
「待てよ」
野太い声と共に、護がぬっと姿を現した。 朝日で逆光になったその巨体は、男たちにとって巨大な壁のように見えた。
「あぁ? 誰だテメェは」
「俺はここの用心棒だ。……この『ひまわりの家』に、指一本触れさせねえぞ」
リーダーの男は、護の巨体を見て一瞬怯んだが、すぐに冷笑を浮かべた。
「用心棒だぁ? 部外者が首突っ込んでんじゃねえよ。俺たちは公爵家の直轄部隊だぞ? 貴族に逆らうってのがどういうことか、分かってんのか?」
「貴族だか何だか知らねえがな……お前らがやってるのは、ただの人攫いだろうが」
護はポケットから、昨日ヴィンチに貰った記念硬貨を取り出し、男の足元に投げつけた。 チャリン、と澄んだ音を立てて、金とミスリルの合金貨が転がる。
「これで手を打ちやがれ。借金なんてデタラメだろうが、手間賃くらいにはなるだろ」
男はそれを拾い上げ、目を見開いた。 その輝き、重量感。裏社会の人間なら誰でも知っている、国宝級の価値がある硬貨だ。これ一枚で、借金という名の言いがかりなど吹き飛ぶほどの価値がある。
だが、男の目には、金欲以上の殺意が宿った。 こんな高価なものを、薄汚い冒険者が持っているはずがない。こいつは、何かを知っている。
「……てめぇ、何者だ? ただの冒険者じゃねえな」
「通りすがりの、正義の味方だよ」
「ふん、まあいい。金は貰っておくが……ガキも貰っていく。それが公爵閣下の『絶対命令』なんでな!」
男は硬貨を懐に入れると、部下に目配せした。
「やっちまえ! 全員始末しろ! 目撃者は残すな!」
交渉決裂。男たちが殺気立って武器を抜く。 護が拳を握りしめた、その時。
「おやめなさいッ!」
それまで震えていたマーサが、信じられない速さで動き、近くにいた男の腕を取った。 流れるような動作で関節を極め、そのまま背負い投げる。 ドカッ! 鮮やかな一本背負い。男が白目を剥いて伸びる。
「なっ!? ババア、何しやがっ……!」
動揺する部下たち。 その隙を、護が見逃すはずがなかった。
「ばあちゃん、ナイスだ!」
護は弾丸のように踏み込み、拳を振るう。 ドゴォッ! バキィッ! 手加減はしたが、人間が空を飛ぶには十分な威力だ。私兵たちがピンボールのように弾け飛び、壁にめり込んでいく。
「ひ、ひぃぃ! ば、化け物か!?」
最後の一人となったリーダーの男が、尻餅をついて後ずさる。
「お、俺たちに手を出してタダで済むと思うなよ! バックにはフェルディナント公爵がついているんだぞ! 貴様らごとき、一捻りで……」
「ああ、その公爵なら」
護は、冷ややかな目で見下ろしながら言った。
「逮捕されたぜ」
「……は?」
男の思考が停止する。
「国家反逆罪だってよ。お前らの悪事も、全部バレてんだよ。今頃、騎士団がこっちに向かってる頃じゃねえかな」
「う、嘘だ……嘘だァァァッ!!」
男は錯乱し、懐から魔道銃を取り出して発砲しようとする。 だが、護のデコピンが、男の額を正確に捉えた。
パァン!!
男は白目を剥いて気絶した。
「……嘘じゃねえよ。俺が捕まえたんだからな」
護は、気絶したリーダーの懐から記念硬貨を取り返すと、それをマーサに手渡した。
「ばあちゃん、これやるよ。悪い奴らはいなくなったが、生活の足しにしてくれ」
「そ、そんな……こんな高価なもの……」
「いいってことよ。あいつらの笑顔の方が、俺には価値があるからな!」
アンナとミミが駆け寄り、護に抱きついた。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
「ちゅっ!」
二人が背伸びをして、護の左右の頬にキスをする。
「うおっ!? 将来美人さんになる子にキスされちまった! へへっ、役得だな!」
朝日の中、『ひまわりの家』には、あたたかな笑い声が響いていた。
すべての後始末を終え、騎士団に男たちを引き渡した後、護が清々しい気分で宿に戻ったのは、昼過ぎのことだった。
「ただいまー! いやー、いいことした後の飯は美味いだろうなー!」
扉を開けた瞬間、強烈な殺気が肌を刺した。 部屋の中央、仁王立ちで待ち構えていたのは、鬼の形相をしたメルだった。
「お・か・え・り、脳筋」
笑顔だが、目が笑っていない。 背後ではカゲロウが「南無」と手を合わせている。
「どこをほっつき歩いていたんだ、この大馬鹿者がーーーーーっ!!!!」
「ぎゃああああ!」
メルの雷が、王都の空に響き渡る。 無断外泊と連絡なしの単独行動。こっぴどく絞られた護は、正座で小さくなりながらも、ポケットに残った子供たちからのお礼の手紙を握りしめ、へへっと笑うのだった。
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