【38-4】賢者の悔恨と信頼
夕闇が迫る頃、一行はセオドアの屋敷へと帰還した。
運び込まれたのは、キメラの死骸の一部、捕縛した闇市場の男たち、
そして――メルが必死に治療を続けている、衰弱しきったカーバンクルの子供。
その光景を見たセオドアは、目を見開いて絶句した。
「こ、これは……! 月光石の獣だと!?
馬鹿な、滅多に人前に姿を現さない伝説の聖獣が、なぜ……!」
彼は震える手で、変わり果てたカーバンクルの姿と、それを救おうと懸命なメルの姿を見つめた。
遺跡で行われていた非道な実験。
そして、それを阻止した「野蛮」だと思っていた冒険者たち。
セオドアは自らの不明を恥じ、その場で深く頭を下げた。
「……私が、間違っていた。君たちは、知性なき無法者などではない。
弱きを助け、悪を挫く……本物の『英雄』だ。どうか、この無礼な老骨を許してほしい」
貴族としてのプライドよりも、真実を認める誠実さが彼にはあった。
メルは顔を上げ、彼の謝罪を受け入れるよりも先に叫んだ。
「侯爵、謝罪は後だ! この子の治療のために、清潔な部屋と、屋敷にある薬草を貸してほしい。一刻を争うんだ!」
「も、もちろんだ! すぐに手配させよう!」
セオドアの号令で、屋敷の使用人たちが慌ただしく動き出した。
カーバンクルの容態が一旦安定した後、一行は改めて作戦会議の席についた。
セオドアの表情は真剣そのものだった。
「君たちの実力と人格はよく分かった。モルゴー打倒のため、私も全力を尽くそう。だが……」
彼は地図を広げ、一点を指差した。
「奴のアジト『賢者の塔跡地』は、要塞だ。
モルゴーはそこに強力な魔術結界を張り巡らせている上、『賢者の円卓』の一部にも支持者がいる。
我々が証拠もなく動けば、逆に反逆者として共和国全体を敵に回しかねない」
セオドアは苦渋の表情で唸る。
「正面突破は不可能に近い。何か……奴らの警戒網を潜り抜け、決定的な証拠を掴む手段が必要だ」
重い空気が流れる中、会議は一時中断となった。
深夜。屋敷の一室で、メルはカーバンクルの子供の看病を続けていた。
あらゆる薬草を調合し、魔術による治癒も試みた。
だが、モルゴーの作った毒は、カーバンクルの生命力そのものを蝕んでいた。
(……くそっ。ボクの知識でも、ここまでなのか……!)
メルは自身の無力さに唇を噛み締め、拳を握りしめる。
天才と呼ばれても、目の前の小さな命ひとつ救えないのか。
その時だった。
メルの震える手に、温かいものが触れた。
「きゅ……」
カーバンクルの子供が、弱々しく、けれど懸命に小さな頭をすり寄せてきたのだ。
メルがはっと顔を上げると、その大きな瞳がじっとメルを見つめ返していた。
そこには、痛みへの恐怖ではなく、自分を助けようとしてくれる者への信頼があった。
呼応するように、カーバンクルの額にある月光石が、淡い光を放つ。
それは儚く、今にも消え入りそうな光だったが、冷え切った部屋を温かく照らした。
絶望の淵にいた小さな命が灯した、確かな希望の光。
「……諦めるもんか」
メルはその光に誓うように呟いた。
必ず助ける。
この小さな灯火を、絶対に消させはしない。
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