【38-1】旅立ちの誓いと、託された地図
リベルタの街を見下ろす丘の上を、乾いた風が吹き抜けていく。
今回の騒乱で命を落とした冒険者や衛兵たち。
その真新しい墓標の前で、護、カゲロウ、メル、そしてリチャード侯爵は静かに頭を垂れていた。
戦いの熱気は去ったが、失われた命は戻らない。
その事実は、勝利の余韻よりも重く、護の心にのしかかっていた。
「俺が……俺たちがもっと早く解決できてれば、あんたたちは死なずに済んだのかもしれねえ……。すまねえ……」
護が絞り出すように呟き、その太い腕を震わせながら、地面に拳を叩きつけた。
ドン、と鈍い音が響き、土埃が舞う。
ただ力が強いだけでは守れないものがある。
その悔しさに満ちた大きな背中を、メルとカゲロウは無言で見つめることしかできなかった。
彼らもまた、それぞれの無力さを噛み締めていたからだ。
屋敷に戻った一行を待っていたのは、旅立ちの準備だった。
護は顔を上げ、改めてリチャードたちに向き直る。
その瞳には、強固な決意の炎が宿っていた。
「おっちゃん、悪いが俺たち、もう行くぜ。これ以上、モルゴーって野郎の好きにさせて、犠牲者を増やすわけにはいかねえ」
「……うむ。止めても無駄なようだな」
その揺るぎない覚悟を見たリチャードとエレノアは、引き留めることを潔く諦めた。
代わりにエレノアが一歩進み出て、一通の重厚な封筒をメルに手渡す。
封蝋にはウィンズレイ家の紋章が押されていた。
「マギア共和国は、他国の者の入国に非常に厳しい国です。
ですが、この紹介状があれば、門は開かれるでしょう。
宛名は、共和国の統治機関『賢者の円卓』の一員であり、我が家とも古くから付き合いのある、セオドア・フォン・ルミナス侯爵です」
エレノアはそこで言葉を切り、少しだけ声を潜めた。
「彼はモルゴーのような過激な研究を嫌う穏健派ですが……同時に、極度の慎重派でもあります。くれぐれも、無礼のないように……」
その言葉と共に、エレノアの視線がちらりと護に向けられる。
メルとカゲロウもまた、示し合わせたように護をジト目で見つめた。
「お、おう……なんだよ、その目は。分かってるって、礼儀だろ? 任せとけって」
護は気まずそうに視線を逸らしながら、ポリポリと頬を掻く。
その姿に、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。
港へ向かう直前、エレノアがそっとメルに近づき、皆に隠すようにして小さな布と地図を手渡した。
「メルさん。もし、マギアで何か、どうしようもない困難に直面したら、この地図の場所を訪ねなさい。
この紋章が、きっと、あなた方を助けてくれるはずです」
手渡された布には、ウィンズレイ家の家紋とは異なる、古風で奇妙な紋章が刺繍されていた。
メルは無言で頷き、それを懐深くにしまい込む。
港では、アリアとギデオン船長、そして船員たちが総出で見送りに来ていた。
「護様、メルさん、カゲロウさん……。本当に、ありがとうございました。このご恩は、一生忘れません」
アリアは涙を溢れさせ、深々と頭を下げる。
「アリアちゃんも、元気でな! 父ちゃんと母ちゃんを、大事にしてやれよ!」
護が大きな手でアリアの頭を優しく撫でると、彼女はくしゃくしゃになった顔で大きく頷いた。
「船長、旦那方。達者でな! あの船は、いつでもあんたらの帰りを待ってるぜ!」
ギデオンたちの力強い笑顔に見送られ、船はゆっくりと岸を離れていく。
遠ざかる船影を見つめながら、涙を拭ったアリアが母に尋ねた。
「お母様。護様は……一体、何者なのでしょうか」
「さあ……ただ、一つだけ言えるのは」
エレノアは、海風に髪をなびかせながら、どこか楽しげに微笑んだ。
「あの方のような存在が、歴史を動かしてきた、ということですわね」
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