【27-1】英雄の朝と、作戦会議
トルトゥーガの安宿で迎えた、新たな朝。
窓の外からは、潮の香りと、遠くで怒鳴り合う荒くれ者たちの声が流れ込んでくる。
昨夜の喧騒が嘘のように、部屋の中だけは、束の間の静けさに包まれていた。
「よーし! 腹ごしらえ完了!」
護は食堂のテーブルに並んでいた皿を見事に平らげ、満足そうに腹を叩いた。
「昨日のバトルロイヤル、楽勝だったな!
この調子なら、コロシアム本戦も優勝間違いなしだぜ!」
屈託のない笑顔。
だがその隣で、アリアはどこか落ち着かない様子で指を組み、
メルとカゲロウは、昨日得た情報を整理するように黙り込んでいた。
その空気を切り裂くように、
酒場で情報収集を続けていたカゲロウが、低く、しかし重い声で告げる。
「……厄介なことが分かった」
「ん? どうしたんだよ、カゲロウ」
護が気軽に返すと、
カゲロウは一枚の紙切れをテーブルに置いた。
「『海賊コロシアム』に出場するには、中型船――キャラベル級以上の船を所有していることが、参加条件らしい」
その瞬間、
護とメルの動きが、同時に止まった。
「はあ!? 船がいるのかよ!?
聞いてねえぞ、そんなの!」
「なっ……!?
そんな条件、どこにも書いていなかったじゃないか!」
メルは予選の申し込み用紙を掴み、苛立ちを隠さずに机へ叩きつける。
その隅。
インクが滲み、ほとんど判別できないほど小さな文字で、
――出場者は、自らの船を所有するキャプテンであること。
と、確かに記されていた。
「くっ……!
こんな小さな文字、読めるか!
詐欺だ! これは、明らかな詐欺行為だぞ!」
「どうすんだよ、メル……
船なんて、持ってねえぞ。期限は?」
「……二日後だ」
短い言葉のあと、
三人の間に、重苦しい沈黙が流れた。
その沈黙を破ったのは、
それまで黙って話を聞いていた、アリアだった。
「あの……もし、よろしければ……」
おずおずと、だがはっきりとした声。
「船の交渉、わたくしにお任せいただけないでしょうか」
「アリアちゃん?」
護が振り返る。
「実家が、エルドラド王国の宮廷と貿易の取引をしておりましたので……
船の目利きには、少しだけ自信があります」
そう言ってから、一瞬だけ言葉を選ぶように視線を伏せ、
彼女は続けた。
「それに……船を動かすための船員も、
わたくしなら、きっと……」
「待て」
メルが思わず遮る。
「相手は海千山千の海賊だぞ。
君みたいな……」
「メルのほうが、ちっちゃくて子供っぽいじゃん」
「黙れ脳筋! 今そういう話じゃない!」
場の空気が一瞬緩む。
だが、アリアの表情は崩れなかった。
「大丈夫です」
静かだが、揺るぎのない声。
「わたくしは、もう守られるだけの存在ではいたくありません。
あなた方に命を救っていただいた……
今度は、わたくしが、あなた方の力になりたいのです」
その瞳には、
かつての怯えはなく、
貴族として育てられた者だけが持つ、強い覚悟が宿っていた。
護は、その姿を見て、豪快に笑った。
「よし!
アリアちゃんを信じよう!」
「ちょ、ちょっと待て!?」
「ダメだったら、その時は俺が船ごと奪ってくる!」
「それは最終手段だ、脳筋!」
こうして、一行は決断する。
船の購入交渉は、アリア主導で行う。
――そして。
アリアがテーブルに地図と紙を広げ、
作戦会議が始まった。
その姿は、
もう怯えていた少女のものではない。
まるで熟練の商人のように、理路整然と話を進めていく。
「まず、我々の予算を確認しましょう。
護様、カゲロウ様、メル様。
資金は、どれほどお持ちでしょうか?」
「これ、俺の財布。アリアちゃんに渡しておくね」
「これだ」
「ボクの財布も、師匠から研究費として貰った分がある。
全て出そう」
アリアは集まった資金を素早く計算し、
船の相場と照らし合わせていく。
「この予算なら、少し古いですが、頑丈なキャラベル船が狙えます。
重要なのは、ただ買うのではなく――
相手に『買わされた』と思わせないことです」
「……なるほど」
メルが顎に手を当てる。
「メルさん。
あなたには、わたくしの助言役として、
専門的な知識で、相手の嘘やハッタリを見抜いてほしいのです」
「……フン。
まあ、君よりは、ボクのほうが知識はあるからな。
任せておけ」
「そして、護様とカゲロウ様」
二人に向けられる、真っ直ぐな視線。
「我々の後ろで、護衛に徹してください。
いいですか、絶対にこちらから手は出さないでください。
あなた方が『そこにいる』というだけで、
相手には十分な威圧になります」
知的な仕事は、アリアとメル。
力による圧は、護とカゲロウ。
自然と、完璧な役割分担ができあがっていた。
――こうして、
無法の街トルトゥーガでの、
命を賭けた交渉戦の幕が上がる。
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