第三話 大剣聖、竜と戦う
すったもんだの果て、結局私のドラゴン討伐への参加は認められた。
そして同時に王太子殿下が討伐に同行する事も決定した。なんでやねん。とにかく殿下が国王陛下に強硬に主張したのだ。
「アリフィーレは私の婚約者になるのだから、彼女の事をもっと知らなければならない!」
と。いや、貴方が知りたいのは私の事じゃなくてグリーンドラゴンの事ですよね? 私も国王陛下も王妃様も突っ込みたかったけどね。
国王陛下は私が冒険者で大剣聖だという事について驚いて、懐疑的だったんだけど、なにしろ王立組織である冒険者ギルドのギルド長が保証したのでは信じるしかない。ギルド長が国王陛下に嘘を吐くはずがないのだから。
私は陛下に下問されて、家出して冒険者になって大剣聖になるまでの話をした。陛下に聞かれたのでは仕方ないわよね。
「大剣聖になったのは一年位前の事です。たまたま、先代の西天士がイーファスの町に来たんです」
私がルミネースと部屋を借りて本拠にしているイーファスは、交易路の交差点にあって人の往来が盛んな町だ。私たちは依頼があった時にどこへでもでも行き易いからと住んでいるわけだけど。
ある日、私は酒場で冒険者仲間と酒を呑んでいた。魔物退治の手柄話をして、歌を歌って踊って大騒ぎしてたわけよ。
そうしたら違う冒険者グループと揉めたのね。肩がぶつかったとかそういう下らない理由だったんじゃないかしら。覚えてないけど。
で、喧嘩になって私も参加して相手のグループをボコボコにしてやったのね。喧嘩はよくある事だ。というか、酒場で冒険者が呑んでいて殴り合いが起こらない方がおかしい。あんまり盛大にやると酒場から出禁になってしまうけど。
その時は出禁にならなかったのだから大した喧嘩じゃなかったのよ。でも翌日、その冒険者グループから「果し状」が届いたのだ。つまり決闘の挑戦状だ。これもよくあることよ? 喧嘩の結果に納得がいかないから再戦したいなんて女々しいと思うけどね。
私も私の仲間たちも「おーし、やったろうじゃねぇか!」って気勢を上げて、指定された場所に向かったのよ。町はずれの広場だったわね。
行ってみたら昨日ボコボコにした冒険者たちとは別に、雰囲気の違う男がいたのよ。背が高い短い黒髪の男。黒いジャケットを着て長剣を背負っていたわね。目付きも鋭くて、一見してただモノじゃなかった。あんまりやる気のある顔はしてなかったけどね。
昨日の相手たちは、腫れた顔で得意げに叫んでいたわね。
「アニキはな! 西天士なんだぞ! 大陸最強の剣士なんだ! 今更逃げようったってそうはいかねぇぞ!」
広場の騒ぎに集まってきた野次馬から驚きの声が漏れる。まぁ、西天士の事を詳しく知っている人はそう多くはないと思うけど、最強の剣士に「天士」の称号が与えられるのは吟遊詩人の唄とかでそこそこ知られた話だからね。
「天士」がいつ頃から使われ始めた称号なのかはよく分からない。一説には大陸を統一していた古帝国で行われた剣術試合で、上位四名に与えられた称号が元になってるという。それだと一千年も昔の話になってしまうけども。
東西南北の四方を守護するという意味があるらしく、つまり天士は四人いる。逆にいうとこの広い大陸で僅かに四人しかいない。大陸に何人の人間が住んでいるかは知らないけど、滅多に出会わぬ激レアな存在であるのは間違いない。
その幻に近いような存在が目の前にいる。おおお、私は興奮した。
どうも西天士は仲間というか子分というか取り巻きに引っ張り出されてしまったらしく、随分と気乗りがしない様子だったわね。恐らく、これまでなら彼が姿を見せれば相手が恐れて謝罪して、話が丸く収まったのだろう。
実際、彼の姿を見て私の仲間たちはかなりビビっていた。みんないずれ劣らぬ腕利きの冒険者なんだけどね。逆にそれだけに西天士の実力を肌で感じ取れてしまったのだろう。確かに威圧感と溢れ出る魔力で空気が震えるような圧迫感を覚えるもの。
しかし私は違った、狂喜していた。そう。私は以前から「天士」に会いたかったのだ。最強の剣士に。なぜって? それは、私が最強の剣士になるためよ! 天士の位を奪い取って私が天士になるために決まってるでしょ!
私は勇躍、一歩進み出て叫んだ。
「西天士! 私と勝負しなさい! 西天士の位を賭けてね!」
西天士は目を丸くした。しかしすぐにつまらなそうな表情になり、渋い声でぶっきらぼうに言った。
「天士に挑戦するには資格がいる。それを持たぬ者とは、俺は戦わん」
それは、誰彼なく相手をしていたら休む間もなくなっちゃうだろうからね。あらかじめ選別と制限は必要だ。しかし大丈夫。私は知っているから。
「私は上級冒険者アリフィーレ! ドラゴンスレイヤーの称号も持っているわ!」
西天士が再び目を丸くする。
上級冒険者は冒険者の最上位のランクである。見習い、最下級、下級、中級、上級と上がっていくのだけどそう簡単にランクは上がらない。冒険者ギルドによる厳格な審査があり、実績はもちろん剣技や魔力も審査に反映される。
上級は全冒険者中一割に満たない人数しかいないと言われている。エリート中のエリート冒険者なのである。私はこれを十五歳の時に獲得した。スゴいでしょ?
そしてドラゴンスレイヤーは「ドラゴンを単独で狩った」者に与えられる称号である。
パーティでじゃダメよ? 単独で。そう、最弱のブルードラゴンでも十分に災害級魔物だと言えるあのドラゴンを、単独で、一人で狩らなければドラゴンスレイヤーとは呼ばれないのだ。私はイエロードラゴンを十六歳の時に一人で倒してこの称号も手に入れていた。
そう。私はこの時点で剣士としてはほぼ最上級の称号を手に入れていたのである。残るは「天士」大剣聖の称号だけだったのだ。私は天士への挑戦を熱望していたのだ。
しかし、天士への挑戦は簡単な事ではなかった。一番の問題は天士がその辺にはいない事である。なにしろ大陸に四人しかいないのだ。大陸には大小様々な国が何十もある。なのでそう簡単に出会う事すら出来ないのだ。
しかし、なんと今ここで西天士と出会う事が出来た! なんという幸運。飛んで火に入る夏の虫! 私は背負っていたロングソードをぬらりと引き抜いて、天に突き上げて叫んだ。
「西天士の位を賭けて、いざ尋常に勝負!」
西天士の顔色が変わる。私の気合と魔力を感じ取ったのだろう。真剣な表情で私を睨む。
「天士の位を賭けた一騎打ちは殺し合いだぞ。その覚悟はあるのか!」
西天士は言ったけど私は胸を張って応じたわよ。
「当然! そっちこそその首が惜しくば西天士の称号だけこの場に置いて帰りなさい!」
こうして、私と西天士、レオリードは西天士の位を賭けて一騎打ちを行う事になた。
何しろ大陸に四つしかない大剣聖の位を賭けての戦いだ。最低でも上級冒険者三人か貴族の立ち会いが必要なんだけど、私の仲間に上級冒険者がいたのでその点はクリア出来た。その一人ルミネースは部屋で寝ていたところを立ち会いの為に叩き起こされてむっつりと不機嫌だった。
「……止めても無駄なんだろうから止めないけど、死なないでよね。家賃が困るから」
「任せておきなさい! 必ず勝って大剣聖になって見せるわ!」
本来なら場を改めて、場合によっては国王陛下の臨席を仰いで正式な決闘を行っても良いくらいのイベントだけど、レオリードは今日中にはイーファスを発たねばならず時間が無かった事と、私も高位貴族の立ち会いなんてされて実家にバレても困るから、今日この場で決闘しようという事になった。
イーファスの町には噂が駆け巡り、大観衆が集まってしまった。町外れの広場では狭いという事になって、町の中央広場が会場に選ばれ、広場は観衆に十重二十重と取り囲まれた。私は両手持ちの長剣に革鎧。レオリードは黒のジャケットにやはり両手剣だった。二人とも金属鎧は着ていない。
準備が整い、立会人の上級冒険者三名が広場の中央で決闘の宣誓を行う。
「これより、西天士の位を賭けての試合を行う。この試合はシャスバール王国冒険者ギルド公認の元に行われる。何人も試合の結果に異議を唱える事は許されない。両名共に異存はなかろうな?」
「ああ」
「ええ!」
私とレオリードは答えて、お互いに睨み合った。二人とも一気に魔力を解放する。
「うわー! ちょっと待て!」
立会人のギルド支部長が慌てている。旋風が巻き上がり見物人が何人か吹き飛ばされた、レオリードの目が虹色に光っている。ふむ、流石の魔力ね。
何しろ一人でドラゴンを斬り伏せる力を「最低限」持っていなければ剣聖にはなれないのだ。これはつまり、ドラゴンと同等の魔力を持っていることを意味する。
災害級魔物と同等、それ以上の魔力を持っているのだ私もレオリードも。
そして、レオリードの魔力は私を「驚かす」程ではなかった。……これならいけそうね。私は内心でニヤリと笑ったのだった。
「さぁ! いくわよ! 覚悟西天士!」
私は愛剣を構えると、躊躇なくレオニードに向かって駆け出したのだった……。
◇◇◇
王都からドステンの町までは馬車で三日掛かった。冒険者時代なら乗り合い馬車で七日くらい掛かっただろうね。
何しろ国王陛下が馬車を用意して下さったのだ。それどころか護衛の騎士が十人も付いていた。もちろん、私を守るため、だけではない。
王太子殿下は馬車の中で大変ご機嫌だった。それは、魔物マニアの殿下にしてみれば、長年憧れたドラゴンをウォッチング出来る機会だもの。それは嬉しいでしょうね。
もう一つ、彼をご機嫌にしたのは馬車に同乗していたルミネースの存在だった。
私の相棒であるこの赤髪に黄色い瞳の魔女は、無類の男好きで、超絶美男子の王太子殿下を一目見て無茶苦茶気に入ってしまったのだった。
それで、私と殿下の馬車に同乗して、しきりと王太子殿下に擦り寄ったのである。彼女は私と違って背も高くスタイルも良い。大抵の男なら彼女に言い寄られれば五分で陥落よね。
しかしほら。王太子殿下は王太子殿下だから。ルミネースが胸元をチラつかせようが太ももを見せようが、何の反応も示さない。
困惑する彼女に私はアドバイスをしてあげた。魔物の話をすると良いわよと。すると、案の定殿下はルミネースの話に食い付いて、二人の交流はスムーズになったのだった。
元々、ルミネースは王立魔法学校出身の魔術師だ。魔術師だけに魔物についても詳しい。おまけ研究者肌の殿下と考え方も合ったらしい。二人は私でも付いて行けないような魔物話で盛り上がっていたわね。
殿下は「アリフィーレ以外の者と魔物の話が出来るなんて!」と喜んでいたけども、どんなに頑張っても一向に色っぽい方面に話が持って行けなかったルミネースは「私は別に魔物の話がしたい訳じゃないのよ」とがっかりしていたわね。
私的にはいっそ殿下のお相手をルミネースに押し付けてしまえないかと思わなくもなかったのだけど、彼女は多分平民出身なので王太子妃にするのは無理がある。
そもそも私と同い年という事になっているけど、魔術師は大抵年齢不詳なのよね。あの男慣れした様子からして、十代の少女だというのは無理があるんじゃないかしら。本人は認めないけど。
そんな風に冒険行とは思えないほど優雅な(私はずっとドレス姿だったし)旅行を続け、私たちはドステンの町に到着したのだった。木の柵で囲まれた小さな町である。
町に入って驚いたわよ。街の通りや広場は飾り付けられ、町中の人が通りに出て私たちの乗る馬車を出迎えたのだ。そして一斉に手を叩き叫ぶ。
「王太子殿下ばんざーい!」「王国に栄光あれ!」
熱狂的な歓声だ。それは、王太子殿下がおいでになるなんて、こんな小さな町にとっては開町以来の大事件なんだろうからね。
……それだけなら良かったのだけど……。
「王太子妃殿下ばんざーい!」
の声もそこかしこから聞こえたのよね。誰が妃殿下やねん。私はまだ王太子殿下と婚約した訳でもないのに。
しかし、王太子殿下の隣にドレスと宝飾品で着飾って座る私は、まぁ、妃殿下に見えてもおかしくはなかっただろう。ルミネースはいつも通り黒帽子に黒いローブで私の正面に澄まして座ってたしね。
「あんたも手を振った方がいいんじゃないの?」
と彼女は笑いを堪えながら言ったものだ。
馬車は町長の屋敷(そんなに大きくないけど一応屋敷だ)に入ったのだけど、男爵だという町長は突然すぎる王太子殿下の来訪に恐慌状態だった。
「こ、この度は王太子殿下並びに妃殿下のご来訪を頂き、恐悦至極。我が家にとって永遠の誉になりましょう!」
だから妃殿下じゃないって! と訂正するのも面倒なので私は黙って受け入れた。王太子殿下もニコニコとして否定しないし。
それより問題はグリーンドラゴンだ。私と王太子殿下。それとルミネースと招集された上級冒険者三人は、応接室で町長から話を話を聞く事にした。
「一年ほど前からドラゴンを見たという者はいたのですが、一ヶ月前にドラゴンの巣穴が見つかりまして……」
町の北にある森の奥に洞窟があるのだそうだ。グリーンドラゴンはそこに巣くっているのだという。
「被害は?」
「今のところは特にございません」
ふむ。もしかすると、まだ若いドラゴンなのかもね。巣穴を造って間もないのかもしれない。ドラゴンみたいな強力な魔物が巣穴を造ると、魔力に惹かれて他の魔物も湧きやすくなるから、早めに倒さなければならないのだ。
若いドラゴンでも、何しろグリーンドラゴンだ。生半可な相手ではない事は確かだ。魔物は大体ブルー、イエロー、グリーン、ブラック、レッドの順番で強さが増す。グリーンはかなり強いランクなのである。
巣穴に潜るのか……。見てみなければどんなダンジョンなのかは分からないけど。ドラゴンの巣穴は他の魔物も湧き易く大変危険である。私たち冒険者はいいけど、その、王太子殿下と護衛の騎士達は……。
と思って王太子殿下の様子を窺ったのだけども。
目がキラキラとして、麗しいお顔が輝いているように見えたわよ。物理的に。眩しいくらいだったわよ。……これでは殿下を置いていくのは無理よね。どうにも止められない。
パーティを組む冒険者たちは渋い顔をしていたけどね。重戦士のレック、剣士のバレッド、魔術剣士のウェップ。いずれ劣らぬ上級冒険者で、これに私とルミネースが加わるのだから鉄壁の布陣と言っても良いメンバーだったのだけど。でも、素人の護衛しながら竜の巣穴に潜るなんて普通に考えて物凄く困難よね。
でも王太子殿下があの通り楽しみにしまくっているのに、同行はお断り出来ない。私は冒険者だけの顔合わせの時にみんなに頭を下げたわよ。
「ごめん。変なの連れてきて! でもお願い!」
ガッチリとした体格の大男であるレックはガハハと笑って言ったものだ。
「いいっていいって。フィーレの頼みじゃしょうがねぇ」
「しかも未来の旦那だってんではな。仕方ない」
黒髪を長く伸ばした男性であるウェップも肩を竦める。まだ婚約した訳じゃないしお妃選びも決定じゃないし、そもそも私はお妃になんてなるつもりはない。けども、そんな事を言っても仕方がないので私は黙っていた。
出発の準備はレックたちがあらかじめ整えておいてくれたので、到着の翌日、私たちと王太子殿下と護衛の騎士達は、町長や町民の盛大な見送りを受けてドラゴン討伐に出発した。
もっとも、それほど遠くはない。町長に馬を借りてそれで進んだので、その日の昼前には森の中の洞窟の入り口についた。意外だったのは王太子殿下が苦も無く馬を乗りこなして、森の中の凸凹道を進んで来た事だった。
王太子殿下はどうやら文武両道らしい。ただの魔物マニアではなかったのか。聞けばそれなりに剣も使えるという。王族だけに魔力も高いので、戦い方を学べば自分でもかなり強い魔物を倒せるようになるかもね。そんな事は言わないけどね。家出でもされたら大変だから。
ちなみに、私の格好は愛用のアイボリーの革鎧姿だ。ようやく窮屈なドレスが脱げたわよ。ヤッホー! 愛剣も背中に背負い、髪は首の上で縛るだけ。お化粧もなし! でも王太子殿下は何の感想も仰らなかったわよ。元々私の容姿や格好には何の興味もないのだろう。
竜の巣穴の付近で馬を降り、警戒しながらゆっくりと近付く。ドラゴンの魔力に惹かれてどんな魔物がいるか分からないからね。
竜の巣穴だけに洞窟はかなり大きかった。高さは人間の身長の軽く三倍。幅も同じくらい。竜は岩盤を溶かして自分で洞穴を掘るのだ。年月を経ると洞窟は長く複雑になり、ドラゴンの棲家に至るまでの洞窟は他の魔物の棲家になる。
今はまだ目撃されて一年では、それほど深くはないと思う。油断は出来ないけどね。私たちは入り口に魔物がいないことを確認すると、魔法の光を用意して竜の巣穴に足を踏み入れた。
冒険者集団が前で、騎士十人と王太子殿下は後ろである。殿下曰く「大人しくしているから好きにやってほしい」との事。なんでも王家の秘宝である護りの魔法具を持ってきているそうで、それと騎士の鎧があればドラゴンのブレスも防げるのだそう。完璧な見学態勢である。
魔法探知をしながら進むが、予想した通り他の魔物はいなかった。せいぜい小さな蝙蝠が飛んでいるくらいだ。魔物か生き物かは分からないけども。
洞窟を慎重に進むこと二時間半くらい。……魔力が壮絶に濃くなってきた。ドラゴンの影響だろう。これくらい魔力が濃いと、中低級の魔物がいきなり湧いて出てもおかしくない。
「近いわよ」
ルミネースが呟いた。魔法探知でドラゴンを確認したのだろう。私は背負っていた剣を抜くと、ルミネースに頷いた。
ルミネースが魔法の光に魔力を注ぎ込む。すると、光が拡大して辺りをこれまでよりも強く照らし出した。
「おおお!」と後方で誰かが興奮して叫ぶのが聞こえた。誰の声かは分かるわよね。
正面。ほんの五十歩ほどのところに緑色の塊が蹲っていた。高さは人二人分というところね。形状はちょうど丸パンみたいな感じ。
……魔法の強い光を浴びたというのに動く気配がない。寝ているようだ。
ドラゴンは、魔物の中でも最上位の存在である。つまり天敵がいない。そのため、人間如きが近付いても舐め腐って起きもしない個体がいるのだ。
まぁ、人間と戦った事がない若い個体なんだろうけどね。人語を解するような古竜だと人間の、冒険者の恐ろしさを知っているから、対策として巣穴にたくさんの罠を仕掛けたりもする。
つまり、初撃必中の大チャンスである。大ダメージを与えればその後の戦いを有利に運べるだろう。
私は手で合図を出す。するとルミネースとウェップが魔法の準備に移る。私と他の二人は突撃の準備だ。やがて魔法の準備が完了すると、ルミネースが私に目で合図をした。
「いくわよ!」
「おう!」
私の掛け声に前衛の二人が呼応する。私達は地面を思い切り蹴って駆け出した。次の瞬間。
「「サンダーボルト!」」
ルミネース達が叫んで魔法を発動させた。途端、大閃光が輝き、視界が白く染まる、同時に轟音!
ギュォオオオオ! グリーンドラゴンが咆哮を上げた。しかし私は見た。ルミネース達の雷撃魔法はグリーンドラゴンの鱗に到達する直前で阻まれていた。小癪な! 対魔法防御して寝てたのねこの竜!
グリーンドラゴンの首がにゅるんと伸びる。同時に大きな羽が広がり、長大な尾がズルッと引き出される。ウォオオオオン! という怒りと魔力の籠った咆哮。魔力の無い平民だったらこの声だけで卒倒させられてもおかしくない。
首を伸ばすとグリーンドラゴンの大きさは人間五人分以上になった。ただ、羽にも身体にも傷がなく、やはり若い個体だと思えるわね。身体はさまざまな色合いの緑で構成され、目の色は金色。美しさと荘厳さ、そして恐怖を纏うその姿。
そこへ私たちは突っ込んだ。私は魔力を全開にする。魔力が集中した長剣は灼熱して金色に輝き出した。
しかしグリーンドラゴンは私たちを見据えるとカッと口を開いた。ブレスだ!
ドラゴンのブレスは個体によって種類が違う。炎だったり雷だったり、あるいは毒の霧だったりする。どうやら好む食べ物によって変わるらしい。
私たちは魔力を高めて防御力を強めつつグリーンドラゴンとの距離を詰める。出来ればブレスを喰らう前に一撃を入れてしまいたい……!
しかし、僅かにドラゴンの方が早かった。開いたグリーンドラゴンの口から黒いブレスが吐き出される。黒、魔力の塊だ。
魔力の塊が私とレック、バレッドに直撃する。
「うわっ!」「グッ!」レッグとバレッドはレジストに失敗した。魔力の塊の効果は物理的なダメージとこちらの魔力の減少だ。二人は足が止まってしまう。
しかし私は耐え切った。多少のダメージは喰らったけど大したことはない。よーし!
私は走りながら剣を両手で肩の上に振り上げた。ドラゴンは目の前だ。魔力は全開。私は左足を踏み込み、捻りながら剣を振り下ろした。
「でりゃあああぁぁああ!」
おっと、貴族令嬢とは思えないような声が出てしまいましたわ。振り下ろしの瞬間、私の剣は魔力で何倍も、十倍も二十倍も伸びたように見えただろう。
長大な魔力の刃は金色の大きな弧を描いて、ドラゴンの首の付け根に炸裂した。ズドン! と物凄い音がして……。
次の瞬間、グリーンドラゴンの長い首は宙を舞っていた。私の斬撃でスポーンと、首を刎ね飛ばされたのだ。ドラゴンの首はブレスを吐いた顔のまま吹っ飛び、洞窟の壁に当たって跳ね返ると王太子殿下を護る騎士達の頭の上に落ちた。
「うわー!」っと大騒ぎだったけど、護りの魔法具とやらの力かドラゴンの首は弾き返されてことなきを得たようだった。良かった良かった。
「フィー! この馬鹿ー!」
ルミネースの叫び声が聞こえた。理由は分かっている。私は振り返って自分の頭を叩くふりをしてテヘペロっと舌を出した。
その瞬間、ドラゴンの巨体が見る間に黒い粉になって散り始めた。刎ね飛ばされた首も、胴体も、瞬く間に粉になって大きさを減らしていき、すぐに何もなくなってしまう。綺麗さっぱり。
「そ、素材が……! 馬鹿ー! 儲けがなくなったじゃないの! どうしてくれるのよ!」
ルミネースが嘆き悲しむ。
魔物は、絶命すると身体が魔素に戻って消えてしまうのだ。なので絶命前に素材と言われる、魔力の籠った身体の一部を切り取る必要がある。
この素材は高く売れるので、冒険者の主な収入源になっているのだ。
つまり私が思わず一撃でドラゴンを即死させてしまったせいで、私たちは非常に高く売れるドラゴンの素材(目とか牙とか角が高く売れる)を採取し損ねたのである。つまり、丸損だ。
いやー、失敗失敗。もちろん、分かってはいたのよ? ドラゴンを即死させちゃいけないなんて事は。手加減しないとダメなことは。
でもね、このところほら、お嬢様生活を強いられてたでしょう? おかげで鬱憤が溜まっていたのよ。無茶苦茶ね。
で、うっかり本気を出してしまったのだ。ストレス解消の一撃を放ってしまったのだ。気持ちよかったけど、失敗は失敗である。
「ごめん! 許してルミ!」
私はルミネースに駆け寄り、彼女の頭を撫でて肩を揉んでご機嫌を取った。
最悪な事にまだ若い竜だったので、竜が習性で集める金銀宝石も全然なかった。他の魔物もいなかったので素材も何も取れない。大損である。
ま、まぁ、国王陛下にまで話が通っている討伐だし、王太子殿下まで立ち会っているのだもの。きっとそっちから報奨金も出るわよ。召集された上級冒険者にはギルドから依頼金も支払われるんだしね。
そんな風にいい訳して渋い顔をしているルミネースや他の仲間たちのご機嫌を取っていたんだけど……。ん? 妙に静かじゃない?
念願のドラゴン討伐を見学出来た王太子殿下が。もう少し興奮して大騒ぎしていてもおかしくないと思うのに。
そう思って騎士に囲まれた殿下の方を見ると……。まずなんか騎士たちが呆然としていた。
「え? 何が起きた?」「ドラゴンを、一太刀で?」「あり得ない」「え? あれが王太子妃?」
みたいにヒソヒソザワザワしていた。まぁ、騎士は場合によっては魔物討伐もするからね。ドラゴンの強さも知っているのだろう。
で、王太子殿下は……。
なんか目が点になっていたわね。呆然としていた。身じろぎもせず、私の事をボーッと見詰めていたわね。
どうしたのかしら? せっかく何日も掛けて来たのに、ドラゴンがあっという間に倒されてガッカリしてしまったのかしら? 怒ってるとか? そんな感じではなさそうだけど。
心配になった私は王太子殿下の側に駆け寄った。間近に来ても殿下は私を、なんだか紅潮した表情で見詰めたままだ。
「殿下? どうなさいましたか?」
すると王太子殿下は震える手を伸ばすと、私の手を取った。? まぁ、苦戦したわけじゃないから革手袋も綺麗なもんだけども。
「アリフィーレ、君は……」
王太子殿下は美麗なお顔に名状し難い、胸一杯というような表情を浮かべ、水色の瞳をキラキラと輝かせ、私を一心に見詰めていた。
……途轍もなく嫌な予感がしたわね。