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第二話  大剣聖、王太子殿下に気に入られる

 王太子殿下、ロイルリーデ様の魔物好きは貴族の間では有名だった。らしい。そんなの成人前に出奔した私が知る由もない。


 なんでもご幼少の頃に魔物に襲われた事があり、それ以来魔物に異様な興味を示すようになってしまったのだとか。


 それからというもの王太子殿下は魔物についての本を、冒険者と魔物の戦いの英雄譚から魔物図鑑、魔物の研究書みたいのまで夢中になって読み漁ったのだそうだ。それから冒険者や魔物の研究者を呼んで、彼らから魔物の話を貪るように聞いたのだとか。


 そして今では魔物から剥いだ素材を収集してコレクションしているのだといい、生きている魔物を飼いたいと所望して国王陛下に怒られた事さえあるらしい。


 たまに王都の外で魔物ウォッチングをするのが休日の楽しみなのだと仰っていたわね。魔物なんて見て何が楽しいのか、私には理解不能だけどね。魔物は見るものじゃなくて倒すもんじゃないの。


 このように魔物に異常な興味を示すあまり人間には興味を示さないのだと、貴族の間ではもっぱらの評判なのだとか。そして魔物みたいに気持ち悪いものが好きだなんて! と婚約者候補のご令嬢たちにドン引かれてしまい、そのせいもあって婚約が遅れに遅れてしまっているという話なのだった。


 実際、殿下の研究室には魔物から剥いだ素材。ゴブリンの耳とかラージアントのヒゲとか、ブルードラゴンの目とかアークデーモンの爪とかが並べてあって気色悪いったらなかったわね。まぁ、私は見慣れているから平気だけども、それはお見合いに来た貴族令嬢がこんなものを見せられたら卒倒してしまうでしょうよ。


 ちなみにこういう「素材」というのは、魔道具師が使って処置すると、内封された魔力が開放されて様々な使い方が出来る物なのだ。なので本来はこんな風に飾っておくものではない。


 魔物マニアと間違えられた私は、早速殿下の研究室に連れ込まれたのだった。私はマニアじゃないのだけど、魔物については非常に詳しい。それはそうよね。魔物を知らないと効率よく倒せないからね。


 殿下と魔物についての話が普通に出来た時点で。彼の中では私は「同好の士」という事になってしまったみたいなのね。殿下の研究室に入っても卒倒せず「あ、これ多分私が剥いだやつだ。懐かしー」なんて見学出来てしまった時点で殿下の考えは確信に変わったらしい。


「やっと魔物について話が出来る者が現れた!」


 と大喜びされてしまったのだった。しまった、と思っても後の祭りというもの。


 私はこの魔物大好き王子に気に入られてしまい、王太子妃レースの大本命に奉り上げられてしまったのである。


 ……そんなバカな。と思うのだけど、王宮で私に付いてくれた侍女のヘパーミン曰く、王太子殿下が女性と三言以上の会話を交わしたのを初めて見た! のだそうだ。それくらい女性に興味がなかったという話で、それは色んな意味でダメなんじゃないの? と思わざるを得ない。


 しかしながら、王太子殿下が初めて女性に興味を持った! と王宮中が沸き返り、私は一躍「王家存続の為の期待の星」という事になってしまったのだった。そんな事を期待されても……。


 実際、私は即座に国王陛下と王妃様に呼び出されて接見して「息子をよろしく頼む」と言われてしまったからね。銀髪に口髭を生やした美男の国王陛下と、まだ三十代の栗色の髪をお持ちの美しい皇妃様の表情は、それは必死だった。一粒種の王太子殿下が子供を作らないと、王統が途絶えてしまうのだから無理もない。


 しかし私は恐縮しながらもこう言うしかなかった。


「その、私は殿下に『魔物マニア』だと思われているだけですよ。恋愛感情は全然ないと思います」


 しかし国王陛下は真剣な表情で仰った。


「高位貴族令嬢に、魔物マニアが他にいるはずもない」


 ごもっともである。私だって別に魔物マニアではない。


「魔物マニアでなければアレと話が出来ないのであれば、其方は代えの効かない貴重な人材だということになる。そういう者が王太子妃候補にいたのは僥倖というしかない」


 そう私は王太子妃候補。一応、王太子殿下と結婚する気はありますよ、という事で王宮に来ているのだ。その私が曲がりなりにも殿下と仲良くなっているのだから、お妃候補として期待されて当然なのだ。


 そして私は国王陛下に「私は実は魔物マニアではなく冒険者でして」とは言えなかった。お母様、お兄様に固く禁じられていたからである。お母様などは私が王太子殿下に気に入られた様を見て「絶対にボロを出すんじゃないわよ! 絶対に王太子妃になるのよ!」と鼻息を荒くしお帰りになったので、下手な事を漏らせば本当に庭に埋められかねない。


 事情が言えなければ魔物マニア呼ばわりも甘受するしかない。そして王太子殿下はもう完全に誤解していた。彼は私を頻繁にお部屋や研究室に招いて、秘蔵のご本とか素材とかを私に見せてくれた。確かに非常に珍しいもので、興味深いのは興味深かったわよ。


 もちろん、殿下から自室にお招きを受けたのは、王宮に一緒に入った五人の中でも私だけで、これはどう考えても王太子妃レースにおいて私がぶっちぎりでリードしている事を意味した。これはまずい。


 私は王太子妃になる気なんてない。他の高位貴族に嫁入りする気もなく、なんとか機会を見つけて冒険者に戻るつもりなのだ。それなのに王太子妃になんかになったら一生王宮から出る事も出来なくなってしまうだろう。とんでもない。


 私はなんとか王太子殿下に嫌われてみようと試みた。しかし、これがてんで上手く行かなかったのだ。


 そもそもとして私はもう魔物を見るのも触るのも平気で、なんなら倒せると王太子殿下にバレている。殿下的にはそれが一番貴重で大事な事なのであって、それ以外の事はおよそどうでもいいのである。


 なぜなら根本的な問題として「魔物は忌み嫌うもの」というのが人間社会の常識なので、貴族令嬢はもちろん、貴族男性の中にも魔物を恐れない方はいなかったのだ。


 このため、殿下は愛してやまない魔物についてのディープな話をする相手がこれまでおらず、ずっと寂しい思いをしていたのだ。


 しかしついに殿下の前に魔物の話をしても嫌がらず、それどころか興味を持ってくれる人物が現れた。これは殿下にとって革命的な出来事であり、私は殿下にとって待ち望んでいた貴重な人材なのだった。


 なので私が例えば殿下の前で座りながら足を組むとか、ブスッとした顔をするとか、話しかけられても返事をしないとかのお母様が見たら真っ青になってしまうような無作法をかましても、そんな事は殿下にとっては些細な事なのだった。全く気になさらない。


 わざと無作法にお茶を「ずずずず」っと飲むとか、お菓子を手づかみで食べるとか、冒険者風の粗野な仕草をお見せしても、おそらく目にも入っていない。


 終いには「殿下の知識は間違ってますよ」なんて口答えしても「アリフィーレはよく知っているな」なんて感心されてしまう始末だ。


 それどころか私が殿下も知らない魔物の知識を持っていると分かるとしきりに話をするようせがまれた。私はもうどうにでもなれという気持ちで、冒険者バレしてもおかしくない、割と生々しい魔物の生態とか戦い方をお話したのだけど、王太子殿下は喜びこそすれ私を疑うそぶりすら見せない。


 私の方もお作法を緩めても王太子殿下が何も言わないものだから、殿下のお側にいるとリラックス出来てしまうようになる。お互い魔物の話で盛り上がればそれは他の王太子妃候補と興味のないお話をするより楽しい。


 殿下と私は気安い関係になり、その結果私はズブズブと深みにハマって行ったのである。


  ◇◇◇


 もっとも、私は徹頭徹尾、王太子妃になる気なんてなかった。王太子殿下と仲良くなってしまって焦った私は、他の王太子妃候補のみんなを応援しようと試みた。


 アスハイヤン公爵家ご令嬢のイェリミーシャ様は、豊かなブロンドに切長の碧眼。長身で身体付きもメリハリがあってそれはもう素晴らしい美人だった。


 年齢は十九歳で王太子殿下と同い年。かなり以前から王太子妃第一候補と言われていたのだそうだ。公爵家の同い年の娘ならそれはそうなるだろうね。


 しかし王太子殿下はあの調子だし、イェリミーヤ様は魔物がお嫌いで、なかなか婚約に至らなかった。


 それならとっとと見切りを付けて他の男性と結婚してしまえば良かったのだけど、貴族関係の柵からそうもいかず、結局はこの最終選考にまで出る羽目になってしまったのだそうだ。


 なのでご本人はもう諦めムードで、王太子殿下が他の誰かと結婚してくれれば、自分は遂に第一候補から解放されて他に嫁に行けるからそれでもいい、とお考えらしい。


 お茶にお招きして聞いた話ではそのような事なのであった。イェリミーヤ様は疲れを感じるお顔にお作法通りの笑顔を浮かべながらこう仰った。


「殿下がお気に入りの方が出来たならそれが一番だわ。頑張ってね」


 ちょっと待って欲しい。頑張るのはイェリミーヤ様でも良いのではなかろうか? イェリミーヤ様が魔物が好きになればワンチャン……。


「無理。あんな気持ち悪いものが好きなんて、頭がおかしい」


 ……ごもっともである。なんでもイェリミーヤ様も、というよりも周囲が彼女を魔物に慣れさせようと、本だの素材だのを持ってきて見せたらしい。逆にそのせいでイェリミーヤ様は魔物が大嫌いになってしまったのだそうだ。


 という事でイェリミーヤ様は全然やる気がなく、晴れ晴れしたような表情でしきりに私を激励してくれた。内心では他のどの男性に嫁に行こうか、ウキウキと考えていたのではないかしら。公爵家の姫なら王太子妃以外なら、嫁入り先は選べる立場だろうからね。これはダメだ。


 グレード侯爵家ご令嬢スフシーヌ様は紺色の髪と柔らかな黒い瞳を持つ清楚な雰囲気の方だった。


 お作法が非常に綺麗で洗練されていて感心してしまった。お茶をご一緒していて非常に気持ちがいい。なるほど。お作法にはご一緒するお相手を不快にさせない効果があるのだな、と私は気が付いたのだった。


 彼女は十七歳で私よりも一つ歳上。彼女も家の強い勧めでこの王太子妃選考に参加していて、王太子殿下の事は噂以上の事は知らなかったそう。


「まさかあんなに麗しい方だとは存じませんでしたわ」


 と頬を赤らめていたので、王太子殿下のご容姿はかなりポイントが高かったらしい。


 ただ、あれほどの魔物好きだとは知らなかったそうで、もちろんスフシーヌ様は魔物なんて見たくもないそうで、私が殿下の研究室の事をちょっとお話しただけで、口元をハンカチで抑えていらっしゃった。これは無理そうねぇ……。


 シャスヤード侯爵家のミキリール様は大きくカールした亜麻色髪が特徴で、ぱっちりした目の色は水色。かなり活発な方で外遊びが好きなのだそうだ。私は親近感を持ったわね。年齢は十七歳。


 彼女は儀式で遠目に見た王太子殿下に一目惚れして、この王太子妃選考に乗り込んできたのだそうで、かなり積極的だった。お茶にお招きして、最初は私の事をかなりきつい目で睨んでいたからね。


 ただ、話してみるとなかなかいい娘で気があったわ。趣味が似ている(貴族令嬢の範囲だけど)のとお作法教育に辟易しているというところで話が通じて、非常に仲良くなれた。


 ただ、この娘も魔物はちょっと……、という。私は動物とそんなに変わらないし。殿下に近付きたいなら克服するしかないと言ったのだけど、どうにも生理的嫌悪感が克服できないらしい。


 まぁね。そもそも魔物は魔の力から湧き出した「生き物みたいなモノ」だ。私たちが生きるこの世界の裏側から漏れて出た存在だ。そのため、本質的にこの世界に相入れず、この世界の生き物は本能的に魔物を嫌い敵視するものなのである。


 これは魔物側も同じで、奴らはこの世界の生き物を敵視している。だから人や家畜を襲うのである。魔物は根本的に「この世界」の敵なのである。倒さなければならない。


 なので人間は普通、誰に教わらなくても本能的に魔物を恐れ、嫌悪する。私だって最初はそうだったもの。経験を積んで慣れただけなのだ。魔物を恐れるどころか愛好する王太子殿下がおかしいのである。


 結局、ミキリール様も私と仲良くなった事もあり「アリフィーレに負けるなら仕方がないわ」などと言って円満に王太子妃レースから降りてしまった。他のイケメンを探す気満々で、話の中で何人もの貴公子の名前が出たけど私には一人も分からなかったわね。


 最後の一人、バイゼベン伯爵家のルーミウス様は茶色い髪と少し垂れ目の青い瞳の方で、妙にオドオドしていた。年齢は十五歳で私より歳下。実家の爵位も低く、どうも彼女も野心ある実家の強い勧めでこの選考に押し込まれたものらしい。


 お茶に呼んでも恐縮した様子で下を向いているだけでろくに話も出来ない。あんまりビクビクしているのでこちらまで居心地が悪くなって参ったわよ。


 ただ、どうにか口を開かせてみると「どうしても私は王太子妃になりたいのです!」という。


 なんでも彼女の家は貧乏伯爵家で、このままでは長女の彼女は結婚出来ない可能性が高いらしい。未婚のまま朽ち果てるくらいなら、と両親の勧めに従ってこの選考に臨んだのだそうだ。


 私には結婚に拘る気持ちは分からないけども、貴族令嬢なら普通のことだろう。貴族令嬢は結婚出来ないと実家で肩身の狭い思いをしながら暮らさなきゃならない事が多いからね。


 ちなみに女性冒険者も結婚して引退する者もいるわよ。というか、冒険者は男女とも一生出来るほど楽な仕事じゃないからね。冒険者仕事でお金を貯めて、引退して何か商売をやるものなのだ。私もルミネースと、引退したら武器屋か魔道具屋でもやろうか、なんて言ってたわよ。二人とも結婚は考えてなかったけど。


 そんなわけだからルーミウス様はどうにか王太子殿下に気に入られようと涙ぐましい努力をしていたわね。必死に話し掛け、話題を振るのだけど、殿下は何の反応もして下さらない。


 魔物の話をすれば反応は頂けるけど、ちょっと聞いて仕入れてきた付け焼き刃な知識では殿下がすぐに反応を失ってしまうし、もちろんルーミウス様は魔物に何の興味も持っていない。


 ルーミウス様を後押ししようと、私は彼女に魔物の事を教えたんだけどね。魔物から素材を剥ぎ取る時の話をしたら速やかに卒倒されてしまった。まぁ、目玉を傷付けずにくり抜くには、みたいな話をしたからね。


 ルーミウス様は四人の中ではかなり頑張った方なのだけど、やはり魔物への抵抗感は如何ともしがたく、最終的には「私には無理です。アリフィーレ様のようにはいきません!」と泣いて折れてしまった。


 ……こうして、私のライバルになる筈だった皆様は、私の後押しにも関わらず全員脱落してしまったのである。


  ◇◇◇


 私は実に円満に、誰もが納得という感じで、王太子殿下のお妃第一候補になってしまった。他の候補の皆様は帰り支度を始め、国王陛下から実家には内々に婚約の打診が行ったらしい。


 ちょっと待ってよー! 私はそんなつもりはないわよー!


 とは言えない。だって私は王太子妃候補として王宮に来ちゃっているのだもの。今更お妃になりたくないは通らない。


 自分が選ばれるわけがないとたかを括っていた私が悪いのだ。油断大敵火がボーボーである。私は頭を抱えてしまったわね。


 この状況を抜け出す方法は、無くはない。その機会が訪れれば、私は大手を振って王宮も実家も抜け出せる筈だ。


 しかし、なかなかその機会が訪れないのだ。もしもこのまま、王太子殿下と婚約でもしてしまうと、さすがにその機会が訪れても私は冒険者に戻れなくなるかもしれない。


 婚約というのは契約である。家同士の契約なのだ。契約は貴族でも平民でも大変重視されるもので、契約違反は大罪である。まして王太子殿下の婚約は王家が行う重大な契約だ。相当な事態が起きても解消したり破棄出来るものではないだろう。


 困った。私は困り果てた。なんとか婚約を逃れる方法はないだろうか。


 結婚は一人でするものではない。相手がいる。相手の気持ち、つまりこの場合は王太子殿下のお気持ちはどうなのだろう。


 確かに王太子殿下は私を気に入っている。それは純然たる事実だ。彼は私を頻繁に自室に招き、研究室に招き、お茶をして長い時間談笑する。話している内容がマニアックな魔物の話ばかりだとはいえ、王太子殿下が楽しそうであるのは間違いない。


 しかしだからと言って、ご本人に私と婚約する気があるかどうかは話が別なのではないだろうか。もしかしたら魔物の話をするのはいいが、こんなマニアックな女と結婚なんてとんでもないと思っているかもしれないじゃないの!


「アリフィーレが妃に決まってよかった」


 王太子殿下があっさり仰って、私の希望はガラガラと崩れ落ちた。


「……よろしいのですか?」


「ああ。他の気も話も合わぬ令嬢と結婚するよりは、一緒にいて楽しいアリフィーレが良い」


 王太子殿下はその麗しい顔に爽やかな微笑みを浮かべながら仰った。


 王太子殿下が仰るには、王統継続のためには自分が結婚して子をなさねばならないことは分かっていたけども、どうにも女性に興味が持てず話も合わずに困り果てていたのだそうだ。


 しかしもうどうしても結婚せねばならないという事になり、諦めて本当にくじ引きで選ぼうかくらいの勢いで今回の王太子妃選考会を開催したらしい。


 そうしたら今まで一度も顔を見た事もなかった(私はデビュタント前に出奔してたから殿下とはお会いした事がなかった)令嬢と、思いも掛けず趣味も性格も合った。殿下としては女神様のお導きだとさえ思えたらしい。


「君と出会えて良かった。選考会を開催した甲斐があったというものだ」


 ……殿下にこれほど喜ばれては、実は王太子妃になりたくないんです、とは言い難い。どうも王太子殿下はご自分でも趣味とか女性に興味が持てない事とかを色々気にはしていたらしい。それだけにようやく自分に合いそうな女性(私だ)を見付けられて非常に喜んでいた。


 つまり王太子殿下も私と結婚する気十分であり、国王陛下にも「アリフィーレが良い」ともう伝えてあるという話なのだった。それは婚約の話が具体化し始めても当然だろう。


「それは、私は魔物のお話は出来ますけど、それ以外はどうなのですか? 女性としては? 私はこんな、背も低いですし」


 私は言ってみたのだけど、殿下は首を傾げた。


「私にとっては魔物の話が出来るというのが一番重要で、次は一緒にいて心地よい事だ。それ以外はどうでもいい」


 そもそも問題、殿下が女性の色気を重視する男性なら、とっくにボンキュッボンなイェリミーヤ様のようなご令嬢とご結婚なさっている筈で、殿下が結婚相手に女性的な魅力を求めていないのは当然なのだった。


「もちろん、妃にするとなれば君を大事にしよう。愛そうというつもりはあるとも」


 と殿下はにっこり笑って仰ったけどどうだかね。まぁ、結婚したら子供を作るのは義務になってくるわけだけど。


 そんな訳で、私の進退は完全に極まってしまったのだった。このままではこの一ヶ月以内くらいに、婚約の儀式が行われて私と王太子殿下は婚約者になってしまう。そうなったらもうどうにも出来なくなる。


 こうなったら王宮の衛兵を殴り倒してでも逃げ出すしかないか……、とまで思い詰めていた、その時。待望の「機会」が訪れたのだった。


  ◇◇◇


 ある日、私は突然国王陛下に呼び出された。ドレスを整えて向かうと、謁見室に通された。謁見室は国王陛下が臣下と公式に対面する場所である。


 謁見室の大きな扉が開き、中に入って行くと、お階の上に椅子に腰掛けた国王陛下と王妃様がいらした。お二人ともなぜか困惑した顔をなさっている。


 そのお階の下の足元に、跪いている三人の人物がいた、一見してあまり高価ではない服に身を包んでおり、貴族っぽくない。彼らは揃って私の方を振り返り「ブッ!」と一瞬吹き出した。ひっくり返って笑い転げなかっただけでも我慢した方だろう。


 私は頬をひくつかせる。笑わないでよ! 私は三人の中の一人。黒いとんがり帽子を被っている女性を睨みつける。彼女、ルミネースは爆笑寸前といった感じで顔を真っ赤にして震えている。そりゃおかしいでしょうよ! 私がこんな白いヒラヒラしたドレスを着てちゃね! 都合があるのよこっちにだって!


 私は素知らぬ顔で彼らの横を通って回り込み、国王陛下の前に出てスカートを広げた。後で我慢し過ぎたルミネースが咳き込む音がしたが無視する。


「お呼びでしょうか。国王陛下」


 私が言うと、国王陛下が困惑そのものといった表情でこう仰った。


「うむ。そこの者どもがな。アリフィーレを呼べというものでな」


 ……来た。その内来ると思って待っていたけど、ようやく来てくれた。なんとか婚約前に間に合ったわよ!


 私は素知らぬ顔をしながら言う。


「まぁ、なんのご用でしょうか?」


 私が振り返って見ると、三人の内の一人、ツルツルの頭をしたイカつい男性。王都冒険者ギルド長のアーノルドが、ニヤッと歯を見せて笑った。待たせたな、って副音声が聞こえたわよね。


「西方大剣聖アリフィーレ殿! ドステンの街にグリーンドラゴンが現れました! ご助力願いたい!」


 私は思わずニンマリとした笑みを浮かべてしまう。ふふふふ。これよ。これを待っていたのよ。


「そうですか。それは一大事。大至急向かわなければいけませんね」


「そうですとも。災害級の魔物への対処は、上級冒険者の義務ですからな。まして剣聖ともなれば」


 私とギルド長はフフフフっと悪い笑顔を交わし合う。さすがは長い付き合いのギルド長である。私のSOSに気が付いて、しっかり私を助けに来てくれたのだ。


「まて、なんの話だ。大剣聖とは何のことだ?」


 置いてきぼりにされた国王陛下が口を挟む。ギルド長が謹んで言上する。彼は王立組織の冒険者ギルドの長なので、陛下への直接の言上が可能な子爵相当の扱いを受けているのだ。


「謹んで申し上げます。こちらのアリフィーレ様は冒険者ギルド所属の上級冒険者でございます。しかも、大剣聖。西天士の称号を持つ剣士なのでございます」


 さすがに国王陛下と王妃様が唖然とする。上級冒険者の意味も、剣聖の意味もご存じなのだろう。


「そ、それは誠か? アリフィーレ!」


 国王陛下のお言葉に、私は慎み深くお答えする。


「ええ。間違いございません」


 お母様とお兄様には「私が」打ち明ける事は禁じられていたけども、今回バラしたのはギルド長なのでセーフよね。私は頭を下げながらほくそ笑む。


 ギルド長は朗々と言った。


「上級冒険者は『災害級魔物の出現時には、王家の命に従って何をおいても駆け付けなければならない』と決まっております。まして大剣聖は貴重な戦力。何卒アリフィーレ様のお力をお借り頂きたく」


 災害級魔物が出た場合の招集は、本来は国王陛下が行う事ではあるけども、ギルド長が代行するのが通例である。しかし王命と同様の効力があるのだ。


 私が狙っていたのはこれだった。王命と同等の効力がある招集命令は、いくら高位貴族たるお父様やお兄様でも拒否出来ない。招集さえされれば私は大手を振って冒険者に戻れるのだ。


 今回の場合は王命と同等の命令なので国王陛下が拒否すれば覆る可能性があるけど、陛下はおそらくそんなことはしないだろう。ギルド長の権限を侵す事になるからね。


 やったわー! 何とか間に合った! これで冒険者に戻れるのよ! 私は内心で快哉を叫んで小躍りしていた。


 ……のだけど、私はすっかり忘れていたのだった。


 我が婚約者様(予定)のご趣味をだ。


「グリーンドラゴンだと!」


 謁見室に大音声が響き渡った。私が思わず声の主の方向を見ると、そこには顔を紅潮させ手を振るわせて感動を露わにしているとびきりの美男子がいたのだった。


 ……あ、まずい。


 しまった。それは考えてなかった。まずい。絶対にまずい。止めなければ。あの方なら絶対にこう言うに決まっている。


「アリフィーレがグリーンドラゴンを討伐するのか! そ、それは凄い! 是非私も連れていってくれ! 観戦させてくれ!」


 ああああ……! こ、これは、大変面倒くさい事になった、どうしよう……。どうしてこんな事に……。


 興奮する王太子殿下。目が点になっている国王陛下と王妃様。驚くギルド長たち。そして美男子を見つけて目を輝かせるルミネースの前で、私は思わず頭を抱えてしまったのだった。

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― 新着の感想 ―
 アリフィーレ、家出や衛兵気絶させたうえでの脱出の発想はあるのに、実家の身内をあべこべに全員土に埋める発想はすっぽぬけてるんですね。    そして太子殿は魔物コレクターはまだいいとして、保存法が剥製愛…
そりゃ生で魔物退治が見られる機会が来たら飛びつくやろなあ…いや未来の王たる玉体に傷の一つもついたらどないすんねん?! グッドラック、冒険者の皆様…!!
「ミイラ取りがミイラに」ならぬ「王太子殿下が魔物ウオッチャーに」
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