第5章 巨獣オーク戦
迷宮の奥で待ち受けていたのは、常人の二倍はあろうかという巨体のオークだった。
厚い脂肪に覆われた体躯、牛のように隆々とした筋肉、そして握りしめた棍棒は、ただ振り下ろされるだけで地面を陥没させる威力を持つ。
「でけぇな……!」
ジルが苦笑しながら剣を握り直した。
「ひっ……わ、私たち、勝てるんですか……?」
リーナは震えながら後退る。
「……勝つしかない」
俺は前に出る。心臓の鼓動が速まっているのが、自分でも分かった。
オークが咆哮をあげ、巨体を揺らしながら突進してくる。
棍棒が横薙ぎに振るわれ――空気が唸りをあげた。
「反転」
俺の視界が一瞬だけ、裏返るような違和感に包まれる。
次の瞬間、オークの巨体は振り下ろした棍棒ごと逆流し、反対方向にすっ飛んだ。
「ぐぉおおッ!?」
鈍い衝撃音とともに、オークは壁に叩きつけられる。
ジルが目を見開き、すぐに叫ぶ。
「今だッ! 仕留めるぞ!」
俺は硬直して動けない。
だが、その代わりにジルが走り出す。
オークが立ち上がるより先に、剣をその太腿へ深く突き立てた。
「ぐあああッ!」
怒号とともに振り払われるジル。
リーナが即座に回復の光を放つ。
「ジルさん、下がってください!」
俺はまだ体が動かない。
硬直が解けるまでの数秒が、やけに長く感じられた。
オークが棍棒を振り上げ、今度はリーナへと狙いを定める。
「やらせるか……!」
歯を食いしばり、立ち上がった俺は前に出る。
「反転!」
オークの動きが巻き戻されるように止まり、棍棒が自らの後頭部を直撃した。
鈍い音。血飛沫。
「……っしゃあ!」
ジルが渾身の剣を突き込む。
「倒れろォッ!」
オークは断末魔の叫びをあげ、巨体を揺らして崩れ落ちた。
静寂が訪れる。
俺は息を荒げ、膝に手をついて笑った。
「……はは、なんとか……やったな」
リーナが小さな体で駆け寄り、目を潤ませながら叫ぶ。
「カイさんの“反転”がなければ、私たち死んでました! 本当に、すごい力です!」
ジルも頷き、肩を叩いてくる。
「ただの返し技じゃねぇ。隙を作り、仲間に勝機を与える力だ……俺たちの戦い方は、こいつで決まりだな」
俺はその言葉に答えられず、ただ静かに笑った。
(――そうだ。俺一人じゃない。仲間がいるからこそ、このスキルは輝くんだ)
その瞬間、遠くの回廊から、地鳴りのような咆哮が響いた。
――迷宮のさらに奥、恐るべき存在が目を覚ましたのだ。
俺たちは互いに視線を交わす。
「……行くぞ」
そう告げた声は、恐怖ではなく期待に震えていた。