第3章 模擬戦と嘲笑
冒険者ギルドの訓練場は、朝から活気に満ちていた。
石畳の広場で武器を振るう音、魔法の光が弾ける音が響きわたり、見学している商人や新人冒険者のざわめきが混じる。
その中央に立つ俺――カイは、周囲から冷たい視線を浴びていた。
「なぁ、あれが“反転”のカイだろ?」
「盗賊退治で一矢報いたって話だが、あれは仲間のおかげだろ」
「だよな。スキル名からして意味不明だし。いざって時は動けなくなるんだろ? ハズレじゃねぇか」
耳に入ってくる嘲笑。
俺は無言で、剣の柄を強く握りしめる。
そんな中、ひときわ派手な声が響いた。
「おい、カイ! 模擬戦で俺に挑んでみろよ!」
声の主はジーク。
同じ新米組だが、勇者候補として期待されている男だ。
筋肉質の体に大剣を背負い、金髪をかきあげながら笑みを浮かべている。
「お前の“反転”とやらが本当に役立つのか、みんなの前で証明してみせろ!」
周囲がざわつく。
「ジークとやるのか!?」
「ありゃ勝負にならんだろ……」
俺は深呼吸し、静かに答えた。
「……いいだろう。だが、条件がある」
「条件?」
「勝敗は気にしない。ただし、俺が“仲間と戦うことを前提にしたスキル”だってことを、見てるみんなに示させてもらう」
ジークは鼻で笑った。
「仲間頼み? 情けねぇな。冒険者は一人でも強くなきゃ意味がないだろ!」
――開始の合図。
ジークは大剣を一気に振り下ろしてきた。
鋭い風圧が肌を切る。
俺は小さく呟いた。
「……反転」
瞬間、大剣の勢いは反転し、ジーク自身が後ろに弾かれる。
観客席からどよめきが上がる。
だが俺はその場で硬直し、すぐには動けない。
「今だ、ジーク様!」
誰かが叫ぶ。
ジークは弾かれながらも体勢を立て直し、再び襲いかかってきた。
「それだけか!? たしかに面白い力だが、止まってちゃ意味ねぇ!」
剣が迫る――が、そこへジルが観客席から声を飛ばした。
「カイ! 仲間がいる前提を見せてみろ!」
俺は笑った。
(そうだ……俺は一人じゃない。仲間といることで、反転は真価を発揮する)
硬直が解けた瞬間、俺は足元の砂を蹴り上げた。
目くらましの代わりにし、ジークの大剣を避ける。
そして再度、小さく囁く。
「反転」
今度はジークの突進そのものが反転し、彼は自分の起点へと押し戻された。
観客席から驚きの声があがる。
「動きを……逆にした!?」
「そんなことまでできるのか!」
だが、やはり俺の身体は硬直し、動けなくなる。
その隙を突いて、ジークの剣先が喉元に突きつけられた。
「勝負あり!」
審判役のギルド職員が声をあげる。
勝敗はジークの勝ち。
だが、周囲の冒険者たちの目は明らかに変わっていた。
「すげぇ……仲間が支えれば、とんでもない切り札になるぞ」
「攻撃を無効化するだけじゃない。動きを逆にするなんて……」
ジークは大剣を下ろし、少し不機嫌そうに言った。
「確かに珍しいスキルだ。だが、お前一人じゃ何もできねぇ」
「その通りだ。だから俺は仲間と戦う」
「……チッ。まあ、好きにしろ」
彼は背を向けたが、その瞳にはほんの僅かに認める色が宿っていた。
俺は剣を収め、胸の奥で静かに誓う。
(いいさ。笑われても構わない。仲間がいる限り、この力は必ず――)
焚き火のように、心に小さな炎が宿るのを感じていた。