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アルジェント様と会話をした翌日。魔法学園の授業を終えると私はまっすぐに“魔法陣研究部”の部室を訪れた。
魔法学園には様々な同好会があり、放課後は自分の所属する同好会で活動する生徒が多い。私は幼い頃から魔法陣の研究に夢中だったので、自らこの同好会を立ち上げた。
実は何を隠そう、私は魔法陣の開発で国から褒賞を授与されたことがあるのだ。
幼い頃に魔法陣の魅力にハマった私は、寝る間も惜しんで魔法陣の研究にあけくれた。そして、11歳の時にようやく開発できたのが“魔法の威力を増幅させる魔法陣”だった。
いや~あの時は褒められたね~。なんせ同じ魔力量で倍以上の威力を出せるんだから、我ながら国に貢献したと思う。
そんな経緯があって、有能と認められた私は国王からアルジェント様の婚約者にならないかと打診を受けたのだ。
私が昔を懐かしんでいると、背後から肩を掴まれた。
「リモーネ! 昨日は何で部室に来なかったのよ~。せっかくリモーネの好きなバターケーキを焼いてきたのに、いないんだもの。ガッカリだったわ!」
頬を膨らませて私に詰め寄ってきたのは、親友のランチア・アナナス伯爵令嬢。少し癖のある赤茶色の髪に琥珀色の瞳を持つ美少女だ。
「うっそ! ランチアお手製のバターケーキ!? 聞いてないわ!」
ランチアはお菓子作りの天才で、その腕前は料理人にも引けを取らない。そんな彼女のバターケーキを食べ逃すなんて! ……おのれ、アルジェント様め。
「ちゃんとリモーネの分は取っといてあるわよ。はい、どうぞ」
「!! ランチア、愛してるわ!!」
にっこりと笑ってラッピングされたバターケーキを差し出してくるランチアに、勢いよく抱き着いた。なんて優しいランチア!私が男なら間違いなく求婚してるわ。
「で、昨日はどうしたわけ? リモーネが部室に来ないなんてよっぽどのことがあったんでしょ?」
「いや、それがもう大変なことがあってねぇ~」
私はここだけの話にしてねとランチアに釘を刺し、昨日のアルジェント様との経緯について説明した。
「……何それ! 何でリモーネは怒らないのよ!?」
「え、だって、私は正式な婚約者でもないし」
「だからって! いずれは彼と結婚するつもりでいたんでしょ?」
「まぁそれはそーなんだけど……何て言うか、アルジェント様って私の中でもう家族の一員というか、兄妹みたいな感覚なのよね」
「異性としては見られないってこと?」
「う~~ん……。正直、恋をしたことがないから、そこんとこが私にも分からないのよ。だから、実はちょっとだけアルジェント様が羨ましいなって」
「リモーネ……」
「アルジェント様とメーラさんが上手くいったら、私も好きな人を作って恋してみたいなと思ってるの」
「何でアルジェント様が先なのよ。婚約を解消するなら今から恋すればいいじゃない」
「私が手伝わなきゃ、絶対アルジェント様はメーラさんにアプローチできないもの。私が先に恋してる場合じゃないわ」
「あ~~!! このお人好し!! 自分を振った男に尽くすなんて、何考えてんの!」
「そう言われても……。アルジェント様は大事な幼馴染だから幸せになってほしいのよ」
「もう、もうもうっ!!」
牛みたいにモーモー言いながら、ランチアが私を抱き締める。
「私はリモーネの味方なんだからねっ! とっとと第二王子とメーラさんをくっつけて、リモーネの恋人を探すわよ!」
「ランチア、ありがとう……大好き!」
「っ! もうもうっ!!」
私の可愛い親友は、顔を真っ赤にしてしばらく牛になっていた。