13 アルジェントサイド
リモーネに恋人ができた。
そのことを聞かされた私は、なぜか岩を飲み込んだような胸の苦しさを覚え、寮に戻った。
リモーネは私にとって大切な幼馴染で、妹のような存在で。婚約者となってからも、ずっと彼女を幸せにすることが私の使命だと思っていた。
彼女はよく私の銀髪や青い瞳を華やかだと羨むが、彼女の漆黒の瞳と髪はとても神秘的で美しい。なぜか本人は自分を地味だと勘違いしていて、私が綺麗だと褒めても社交辞令だと思われるのだが。
リモーネには美しさだけでなく才能もあった。小さな頃から魔法陣の研究に明け暮れ、とうとう“魔法の威力を増幅させる魔法陣”を開発したのだ。その美貌と才能に目をつけた父が、私との婚約を打診したのだが、もともと仲が良かったのでテルペン家も手放しで喜んでくれた。
それからはずっとそばで寄り添いながら、優しくて穏やかな時間を過ごした。
結婚して、子供を作って、それから猫も飼いたいな……なんて将来のことを考えることもあった。試しにリモーネに飼いたいペットを聞いたら、タカがいいです! カッコイイから! と言われてしまったけれど。……まさか猛禽類とは。
猫かタカかは結論が出なかったが――私はリモーネとの婚約に何一つ不満など抱いていなかった。リモーネは美しく才能もあるのに、気さくで人を和ませる不思議な魅力がある。
彼女となら、生涯幸せに暮らしてゆけるだろうという確信があった。
……それなのに。
初めて、メーラ・プロシア嬢を見た時。平民にもこんなに可憐な女性がいるのかと驚いた。彼女が笑うと、その空間がふわっと温かくなるような気がして、思わず目が吸い寄せられてしまった。気付けばメーラ嬢に視線を向けており、自分の行動に愕然とした。
リモーネ以外の女性を気にするなんて! これはリモーネに対する裏切りだ。
こんな自分が、果たして彼女を幸せにできるのか?
散々悩みに悩んだ末、私は覚悟を決めた。
こんな浮気性な自分は、リモーネにはふさわしくない。リモーネを、私から解放しようと。
婚約を解消する以上、リモーネには私以上に条件の良い相手を用意しなければならない。彼女と並んで見劣りしない美貌を持ち、彼女が苦労しないだけの権力と財力を持つ男を、徹底的に調べ上げた。最終判断はもちろん性格だ。クズやゲスにリモーネを任せるわけにはいかない。
そしてようやく候補を絞り込んだので、あとはリモーネの希望を聞こうと思っていた矢先に、オルカ・マーレとの交際宣言を受けたのだった。
寝耳に水過ぎて、挙動不審になってしまったことは反省している。
オルカ・マーレのことは優秀な平民特待生ということしか知らなかった。リモーネが魔法陣研究部に誘ったということは聞いていたが、その人となりについては情報不足だ。
リモーネが選んだのだから、善良な人間なんだろうとは思うが、やはりこの目で確かめないと安心できない。
それに……なぜだか分からないが、オルカ・マーレのことを考えるとイライラしてしまうのだ。
自分が自分でなくなるような焦りが、私の胸に渦巻いていた。
誰かに話を聞いてほしい……。
そう思い立った私は、乳兄弟であるリコルド・セレーノに相談することにした。