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「すまない……! すまない、リモーネ……!!」
「え、ちょっと、あの、アルジェント様?」
「私は、ゴミだ! 人間のクズだ! 思いっきり殴ってくれ! 蹴ってくれても構わないっ!」
「いやだから、ちょっと待って下さいよ」
私、リモーネ・テルペンは、ただいま婚約者であるこの国の第二王子、アルジェント様に……土下座をされている。
土下座という作法は……確か、ここオングロード王国よりはるか極東にあるヤーパンという島国の礼式で、深い謝罪をする際に使われていると聞いていたけど――
え? なぜその土下座を、私に?
「あの、とりあえず立ってもらえませんか? 私には今の状況が全く分からないのですが……」
私がオロオロしていると、アルジェント様はゆらりと立ち上がり真剣な表情で告げたのである。
「すまない……。君以外に……好きな人ができてしまった。婚約を……解消させてもらいたい……」
なにそれ――と呆れた私は悪くないと思う。
だって、そんなことで土下座をする必要、アルジェント様にはないからだ。
私たちの婚約は親同士の軽い口約束でしかないのだから。
私たちは第二王子と侯爵令嬢という身分の高さでありながら、実は書類上の手続きなんて何一つしていないし、これまでも婚約者というより仲の良い幼馴染として接してきた。一人っ子の私にとってアルジェント様は兄のような、もしくは弟のような存在なのだ。
よし。ここはひとつ、私が姉のような気持ちで彼の背中を押してあげよう。
「そんな悲壮な顔しないで下さいよ。婚約解消って、私たちは手続きもしていないんですから、堂々とその恋人と婚約すればいいじゃないですか」
「……恋人じゃない」
「はぁ? ……ああ、まだ思いを交わし合ったばかりなんですね?」
「……違う」
「うん?」
話が怪しくなってきたんですけど。好きな人ができて婚約解消したいって言うからてっきり恋人ができたのかと思ったけど、これは、まさか……。
「ねぇ、アルジェント様。その方、アルジェント様との婚約を望んでいるんですよね?」
「…………」
ちょっと。無言で首を振らないでくださいな。
「えと、では……まだアルジェント様が想いを告げただけ……?」
「…………」
これにも無言で首を振る。って、え?まさか、嘘でしょ!?
「あの……その方、アルジェント様とどういうご関係なんですか?」
恐る恐る聞いた私に、アルジェント様は俯いてぽつりと呟いた。
「……おはようと、挨拶を交わしたことがある」
――私は、現実逃避するしかなかった。