005-昆虫型異星人コッツボロン
ミュテラの言うコッツボロンという異星人たちは、無言のままスワーボを取り囲んだ。無言というだけではない。その行動も一糸乱れぬ統率されたものだ。だからといって指揮官らしき個体がいる様子もない。
昆虫らしいといえば昆虫らしい行動だ。
コッツボロンの一体がキャノピーを叩く。出てこいという合図のようだ。
「行くぞ」
ミュテラはキャノピーの隅を軽く叩いた。するとキャノピーは上へ動き出す。
「空気は大丈夫なのか?」
「少々気圧は低く、酸素濃度は薄いが私や地球人にとっては気にするほどではない」
そう言いながらミュテラはコッツボロンの一体へと目をやりながら言った。
「しかしこいつらには酸素濃度が薄すぎるのだ」
見るとコッツボロンたちは体の両脇に、妙にごつい機械を付けている。ファンが着いていて、その部分だけは空調服のようだ。
「地球の昆虫と同じように、コッツボロンには肺がない。自然対流で体内に空気を取り込んでいるのだ。だから空気中の酸素濃度が高くないと酸欠になってしまう」
「はぁ、こいつらも酸素を呼吸しているのか」
感心したようにそう頷く栗辺にミュテラは呆れたように言い返した。
「だから! 地球の昆虫も酸素呼吸しているのだ! 銀河系には色々な生物が多いが、酸素呼吸が圧倒的に多いのだ」
「へえ」
しかし栗辺としては、そんな事を知っていても何の意味も無い。適当に頷き返すだけだ。
栗辺とミュテラはデリーターの中に降りた。ちょっと体が軽いような気がする。
コッツボロンの一体がミュテラの前に出て、タブレットPCのようなものをかざした。その表面に奇妙な記号が浮かび上がった。それを見てミュテラも何事か、栗辺の分からない言葉で応対する。
何度かそんなやりとりを繰り返して、コッツボロンの数体が栗辺とミュテラの横に来る。
「女王殿に会わせてくれるそうだ」
嫌みたらしくそう言うミュテラに、思わず栗辺も合わせた。
「さぞかしお美しいお方なんでしょうな」
昆虫型異星人の女王に当たる存在だ。人間の美意識に合わぬと分かっての皮肉である。
「女王といっても、ここに派遣されている奴らの親玉。まぁ頭脳だな。女王もたくさんいる。コッツボロンのヒエラルキーで言えばかなり低い。地球なら辺境に派遣された冷や飯食いといった所だ」
ミュテラはそう補足した。
突然、栗辺の隣にいたコッツボロンがホイッスルのような鳴き声を上げた。この声が、本来、コッツボロンがやりとりする際のもののようだ。
「え、なに?」
一体のコッツボロンが取り上げようとしているのは、栗辺が何気なく腕に提げてきたレジ袋だ。ペットボトルのミネラルウォーターはミュテラにあげてしまったが、残りのビールとつまみ、その他、コンビニで購入したものが入っている。
「飲み物か」
レジ袋の缶ビールを覗き込んでミュテラはそう言うと、コッツボロンの一体に向かって、また何事か話しかける。それで了解したようだ。
栗辺の側にいるコッツボロンも引き下がった。しかし不思議なのはコッツボロン同士がまったく会話らしい会話をしていない事だ。
首を傾げる栗辺にミュテラも気づいたようだ。コッツボロンに促されて、歩き出しながら言った。
「こいつらは高周波と微弱なテレパシーで意思疎通をしているんだ」
テレパシー! やっぱりそういうものがあるのか!
しかし栗辺の興奮とは対照的に、ミュテラは醒めた口調で自分の胸元のオーナメントを叩いて言った。
「この翻訳機にも微弱なテレパシー送信機能がある。私が日本語を喋る前から、何が言いたいか何となく分かっていただろう?」
そういえば……!
「しかし言語化しないと微妙なニュアンスは分からないし、そもそも相手の知識に無い概念はやはり言葉で説明しないと分からんからな」
ミュテラはコッツボロンに囲まれながらも堂々と歩いて行く。さすがに栗辺はコッツボロンの様子をうかがいながら着いていくだけだ。
周囲は飾りっ気のない金属製の壁が続く通路。少し歩くと雰囲気が変わる。何が変わったのか分からないが、とにかく栗辺は違和感を覚えた。
思わず足が止まる。栗辺の後ろにいたコッツボロンが、前足で背中を突き急かした。
「なんか妙だな」
思わず栗辺がつぶやくと、ミュテラが説明する。
「酪酸、酢酸、ギ酸。あとタンパク質に脂肪か。その手の物が気化しているから、匂いとして感じられるのだろう。まぁ、女王だな」
するとすぐにコッツボロンの女王に会えるのか。
その時だ。通路の奧に何かが見えてきた。通路からドアを潜り、どこかの部屋に入るのだろうと思っていた栗辺は、完全に虚を突かれた格好になった。
ミュテラは足を止めて、それを見据えた。
「貴女がこの星系に派遣されている、女王殿か」
それから耳障りな金属音が聞こえると同時に、栗辺の頭の中に声が響いた。
『これはこれは。特別観測員殿。確かヴィルヴァーナ殿でございましたか』
そう答えたコッツボロンは、他の個体よりも一回り、いや二回り以上は巨大だ。そして何より異様なのは、一回り大きなコッツボロンの周囲には、他のコッツボロンがうずたかく積み上がり転がっている事だ。周囲のコッツボロンは手足がもげたり、胴体が途中から千切られていたり、あるいは頭部がなかったり、逆に頭部だけが転がっていたりする。
ミュテラが言っていた「その手の物が気化している」という言葉の意味が分かったのだ。
コッツボロンの体液だ。女王の周囲に転がっているコッツボロンの体からは粘ついた体液が滴っている。淡黄色の粘液だが、人間だったら赤い血なのだろう。
そこに思い至ると栗辺は思わず後ずさった。
「なにをしている」
ミュテラは栗辺の袖を引いて押しとどめる。
「あ、いや。なんでも……、ありませんです」
栗辺はようやくそう言ったが、女王の仕草にまたもや総毛立った。
食っている! こいつ、仲間を食っている!!
女王は二対の手で、周囲にいるコッツボロンを掴み、引き裂き、左右に開く口へと運んでいる。咀嚼する度に、淡黄色の粘液が口の周囲へ飛び散っていた。
「と、共食い!?」
栗辺は余りの事にそう口にしてしまった。
コッツボロンの女王は耳ざとく栗辺の言葉を聞きつけた。
『共食い……? ああ、人類の雑な表現ですな』
金属のきしむような声でコッツボロンの女王は言った。
『これほど合理的な摂食様式はありませんよ。我々は人類は摂食行動を娯楽の一環と捉えているようですが、我々にしてみれば非常に理解に苦しむ行動です』
そう言って付け加える。
『いや、だからと言って人類の行動様式を野蛮、非文化的と責める気はありません。単に様式の違いだけです。それだけ』
視線で問う栗辺にミュテラは答えた。
「コッツボロンには女王種や兵隊種の他に、食料種というのが居てな。これは他の個体の食料になる種族だ。外へ出て色々なうまいものを食べて、肥え太り、仲間の元へ帰りその食料となる。その為だけの種族だ」
「ええっ!? なんだよ、それ! 何の為に生きているんだよ!」
「騒ぐな。異種族であっても女王の前だ」
栗辺をそう窘めてからミュテラは続けた。
「いまも女王が言ったとおり、彼らにとってはその方が合理的なのだ。遠くまで食料を探しに行かなくても済む。有害なものを食べる危険性は回避できる。それに食料種は食べて肥え太るだけの存在で、脳や神経系は著しく退化している」
さらにとどめとばかりにミュテラは付け加えた。
「コッツボロン、ボロン種とはクレイズとは根本的に異なるのだ。それは忘れるな。しかし異なるというのは、善でも悪でも、秩序とも混沌とも違う。ただ違うだけ。優劣はない。それは頭に入れておけ」
次回から週一更新にさせていただきます




