004-氷河期世代のおっさんinスペース
時刻はもう20時過ぎだ。それでなくても田舎町である。上昇していくスワンボートの周囲はほぼ真っ暗だ。
コッツとかいう悪い宇宙人が操るドローンを避ける為、機首を右に左に上へ下へと変える最中、遠くの町灯りが目に入る以外はほぼ真っ暗。
しかし高度を上げていくうちに、それも見えなくなり、辺りは完全に闇となった。その闇からドローンがしつこく襲いかかってくる。
「キャノピーの光度補正をしておく」
ミュテラがそう言うと、栗辺の頭上を覆っていた半透明の天井が星空に包まれた。
「え、ええ!?」
スワンボートを旋回させる。すると今度は目の前を何か巨大な暗い物体が遮る。よく見ると所々に光りの群れが見える。
見覚えがある。これは……。
夜になった地球の表面だ。それを超高空から見ているのだ!
「うぉおお! 宇宙ぅ、宇宙だ! 俺、いま宇宙にいる!!」
思わずそんな驚きが口を突いて出た。そんな栗辺にミュテラが言った。
「まだ成層圏の上層部だ! 宇宙に出たなど片腹痛い!」
しかし栗辺にとっては成層圏も宇宙も変わりない。
「氷河期世代のおっさんinスペース!!」
勝手に盛り上がる。
「避けろ、栗辺! 避けろ!! コッツボロンだけあって、連中は常に物量作戦だ。成層圏に出たら、一気に来るぞ!!」
また訳の分からない単語がミュテラから飛んでくる。
「避けろとか、一気に来るぞとか言われても、そもそもどこへ行けばいいんだよ!」
「レーダーに映っているだろう! そこを目指せ!!」
栗辺はスワンボートの操縦をスマホでしている。当然、視線はスマホだ。スマホを見ながら、目の前にあるとはいえ、離れた角度のレーダーを見るのは、なかなか困難だ。
「ミュテラちゃん。これ、スマホにもレーダーの画面を映せないの?」
栗辺はもっともな要求をした。
「その端末の情報処理容量では無理だ。あとミュテラちゃんは止めろと言ってるだろう!!」
ちゃん付けはどうにも本人は許せないようだ。
「じゃあこの操縦装置で直接、操縦するのは……。そっちの方が確実だろう」
「それはその通りなのだが、クレイズの力では動かせないように出来ている」
「クレイズ?」
前にもミュテラはそんな単語を口にしていた。
「ああ、クレイズだ。要するにお前や私のような知性体の事だ。酸素呼吸、二足歩行、ほ乳類。いわば『人類』か。私はクレイズ・ミュロン。ミュロン星の人類という事だ。お前たちはクレイズ・セティーラ。お前たちは地球と呼んでいるようだが、私たちはセティーラと呼んでいる」
「あ、なかなか可愛らしい名前だな……。いや、それよりもスマホでの操作性に難があるんだけど……」
「ああ、そうだったな。本来スワーボは私の精神制御かそこのドロイドでしか操縦できないようになっている。クレイズ・セティーラ、要するに地球人に奪われても勝手に動かせないように設計してあったんだ」
「いや、ミュテラ一人で動かせないんじゃ駄目だろう」
「うむ、それはその通りなのだが、よもや操縦用ドロイドと精神制御システムが、両方一緒に壊れる戸は想定外だったからな!」
「宇宙人なのに、被害想定甘過ぎだろう!!」
「宇宙人は関係ない! そもそもコッツボロンがここまでしてくるとは想定外だったのだ!」
栗辺とミュテラがそんな事を言い合っている間に、スワンボート型宇宙船ことスワーボは月の横を通り抜けていった。
「うん、なんだ?」
レーダーに反応がある。しかし目視では見えない。レーダーには何かのメッセージが表示されているが、地球人の栗辺にはちんぷんかんぷんだ。
「消去機か! コッツボロンめ、こんなものを持ち出すとは!! 協約違反だ。訴えてやる!!」
レーダーに向かって罵ってから、ミュテラは栗辺に向かって言った。
「デリーターに降りろ! 責任者と直談判してやる!!」
「いや、デリーターって何よ? どこへ降りろって?」
「映像感度を調整する。これで見られるだろう」
ミュテラがそう言うと半透明の天井に、月の表面とその上に浮かぶ奇妙な物体が浮かび上がった。
栗辺の第一印象は
「バーベキュー串!?」
だった。
それくらい串に刺さったバーベキューに似ている。もっともそれは形状だけだ。色は暗い銀色。月面の照り返しと、ところどころに点滅しているライトで辛うじて形状が分かる。
しかしそれにしてもでかい。数千メートルはあるだろう。
「こんなでかい物が、月の近くに浮いていて地球人は誰も気がつかないのかよ!」
「気がつかんのだ」
栗辺にミュテラが鷹揚に答える。
「いわゆるステルスか。しかし地球人が言うような、電波を乱反射してレーダーから身を隠すだけでは無く、可視光や赤外線紫外線からも身を隠す。まぁ物理的に接触すればさすがにばれるが、月軌道のこの辺には、地球人の人工天体は常駐していないからな」
「要するに超凄いステルスだな」
「雑にまとめるな!」
栗辺とミュテラがそんなやりとりをしている間にも、スワーボはそのバーベキューに向かって近づいていく。
「おかしいぞ。俺は操縦していない」
「牽引ビームだな。向こうとこちらと会いたいと見える」
「おお、牽引ビーム! スタートレックやスターウォーズでみた!!」
「ああ、そうか。それは結構だな」
興奮する栗辺に対してミュテラは塩対応で返す。
球体のドローンはスワーボの周囲に集まり誘導しているようだ。ミュテラの言う消去機の串の方へ、スワーボは近づいて行く。
「共通のドッキング信号が出ている。そこの青いボタンを押せ。それでドッキング了承となる」
ミュテラに言われたように、栗辺は青いボタンを押す。これも渾身の力を込めて押さないとびくともしない程だったが、それでも何とか押す事が出来た。
「よし、あとは私に任せろ。お前はここにいていい」
そう言いながらシートから離れたミュテラに栗辺は抗議した。
「え、嫌だよ」
「なんでだ。外には悪い宇宙人がごろごろしているんだぞ」
「ここで一人だけ残る方が嫌だ。恐い」
あっさりそう言う栗辺をミュテラはあきれ果てたように見下ろす。
「まぁ、それもそうか。コッツは何を考えているか分からんからな。下手に一人で置いていくと殺されるかも知れない」
「……え? そんなに凶暴な連中なの?」
そんな連中と戦っていた……いや正確には逃げ回っていただけが、とにかく利害の対立に巻き込まれていた訳かと思うと背筋が冷たくなる。
「いや、凶暴というか。クレイズ、特に地球人とは色々と考え方が違う。こんな所に出てくるコッツボロンもその辺の違いを理解しているとは思えんからな。確かに私と同行した方が危険はないだろう」
ミュテラはそう言った。
そうこう言っている間に、スワーボはデリーターに接近。デリーターのハッチが開くと、スワーボはそこに吸い込まれていった。
入ってきたハッチが閉じる。周囲は金属製の壁だ。それほど広くは無い空間だ。そのまま少し時間が経つ。空気を入れているのだろう。栗辺はそう推測した。
どうやら完全に与圧されたらしく、内部へ通じるとおぼしきハッチが開いた。
そこから入ってくる影を見て、栗辺はぎょっとした。
「虫!? 蜂? いや蟻か?」
そうだ。身長は2メートル程度。確かに昆虫のような姿だ。手足も三対六本あるが、下の四本で歩いて、上の二本には何か銃器のような武器を持っていた。
「ああ、そうだ。コッツというのは、地球で言う所の昆虫から進化した生物だ。コッツボロンというのは、ボロン星の昆虫型知性体という訳だ」
そう言うとミュテラは改めて栗辺の方を見て付け加えた。
「それでお前、昆虫は苦手か? 地球人は昆虫が苦手な個体が多いからな」
栗辺にはまだその意味が分からない。まずは前半の部分だけに答えた。
「いや、得意という訳でも無いけど、特に苦手という訳でもない。さすがにゴキブリは無理だけど、カブトムシやトンボくらいは普通に触れるし」
「そうか、それは心強い。クレイズ種族は十万年ほど前にコッツ種族と大戦争をしていたからな」




