003-突然! 地球の危機!?
「ラフン、タグワムハデキルハンドゥイン」
少女は髪を掻きながらそう言うと、おもむろに胸元へ手をやった。
キッチュなメタリックな衣装。胸元には光り輝く丸いマークがあった。少女はそこに指で触れ、タッチパネルを操作するように、右へ左へ指先を滑らせた。
「あ~~、分かるか? 日本語でいいのか?」
突然、少女は日本語で喋り始めた。
「うわ、驚いた」
栗辺はびびったが、言葉が通じるのは心強い。
「ええと、君は誰だ? こんな夜中に何をしているんだ」
「ふむ」
少女は腕組みをすると値踏みするように栗辺をまじまじと見つめた。
「まぁ、有り体にいうと宇宙人というものだ。正確には銀河知性体連盟の特別観測員ヴィルヴァーナ・レイ・ミュテラというものだ」
「は……?」
これは大変なものを拾ってしまったぞ。栗辺は首筋に嫌な汗が流れるのを感じた。目の前の少女に栗辺は改めて訊ねる。
「ヴィル……。なに?」
「ヴィルヴァーナ・レイ・ミュテラだ。長ければミュテラでもレイでも好きに呼ぶが良い」
「えっと、それじゃあミュテラで……」
そういう栗辺を見て、少女改めミュテラは満足げに一つ頷くと言った。
「ところで現地住民。ちょっと手伝って欲しいだが。実はこの宇宙船、ちょっと故障してしまっているのだ。私一人では操縦できぬ」
「これ、宇宙船なの?」
「見れば分かるだろう」
いや、分かりません。なぜスワンボートが落ちているのかと思いました。そうは思っても、口に出す事は憚れた。
「操縦用ドロイドが壊れてしまったのだ。そして思考操作インターフェイスもコッツの攻撃で故障だ。私の力だけでスワーボ、あぁこの宇宙船の名前だが。とにかくスワーボは動かせないのだ」
「はぁ……?」
ええとどっきりなのか? どこかで誰かがカメラを向けているのか? もっとも最近、プライバシーの問題があるから、大手のテレビ局ではこんな企画はやらないだろうし、手の込んだ学生の動画撮影なのか?
そんな疑念が栗辺の顔に浮かんでいたようだ。ミュテラは言った。
「私が信用ならぬのは分かっている。しかしこの惑星、地球の危機なのだ。銀河知性体連盟規約に則り、私は現地住民の同意があれば、協力を仰げる立場にいる」
「地球の危機って……」
栗辺がそう訊ねかけた時だ。突然、耳障りな音が鳴り始めた。ロボットが倒れかかっていた辺りからだ。
「ちッ、コッツの奴ら。誤魔化しきれなかったか!」
そう言うとミュテラは栗辺に向き直った。
「現地住民。悪いが操縦用ドロイドをどかして、そこのコンソールにあるスロットルを引いてくれないか?」
「え、嫌だよ」
反射的にそう答えてしまった。なんだか分からない状態だ。状況が分かるまでは動きたくない。しかしそんな栗辺をミュテラは叱責する。
「嫌も応もない! 地球の危機だと言っているんだ! さっさとやれ!!」
有無を言わせぬ口調だ。栗辺は嫌々ながら倒れていたロボットをどかした。その下からシートが二脚見える。そしてシートの目の前にはミュテラの言う通りにスロットルのようなものがある。
「これを引けばいいんだな」
手を掛けて栗辺は言った。
「そうだ。結構堅いから思いっきり引いてくれ。ちょっとやそっとじゃ壊れないから、力一杯やってくれ」
ミュテラは後ろのシートに腰掛けながらそう言った。
もうどうにでもなれ。これが学生の作っている趣味の悪いどっきり動画なら、スロットルを引けば、プラカードを持ってスタッフが出てくるとか、くす玉が割れて中から「どっきりでした!」という垂れ幕でも降りてくるのだろう。
しかしスロットルはミュテラのいう通り、なかなか堅い。片手では動かず、両手を添えて体重を込めて、ようやく動いた。
「よし、動くぞ!」
耳障りな音は消え、代わりにぶぅんんという低い機械音が響く。栗辺が入ってきた入り口は閉じられ、室内は鮮やかな色彩で埋め尽くされた。
「右のレバーを引いてくれ!」
またミュテラは命じた。このレバーも堅い。栗辺はこれも両手で体重を込めてようやく引いた。
その瞬間だ。外に見えていた夜の森の光景が一瞬にして後方へ飛び去った。窓の外は一面の夜空だ。しかし加速もなにも感じないのが異様だ。
「ええ!? どういう事?」
狼狽えている時間は無かった。栗辺とミュテラが乗るスワーボという宇宙船を追いかけるように、小さな球形の飛行物体が迫ってきている。
「操縦桿は左だ。堅いか? そうだ、現地住民。君のその携帯情報端末を貸してくれ」
「スマホ? 変なアプリを入れないでくれよ」
そう言いながらも、栗辺はスマホを渡した。
「単に情報を中継してインターフェイスにするだけだ。重要な操作は無理だが、逃げる程度なら、これで充分だろう」
ミュテラはどこからか取り出した小さな装置を操作すると、今度はスマホの画面をいじり、栗辺に返した。
「スワーボの移動と加減速なら、これで充分だろう」
スマホの画面には四方向と上下、計6つの矢印があった。これならスマホゲームで使い慣れた操作方法だ。
「そこのダイヤルでレーダーが映る。そうだ、それだ」
やはり堅いダイヤルを、力一杯に回すと、目の前に立体映像が浮かび上がる。どうやらスワーボを中心とした映像のようで、小さな球体が四つ後方から追いすがってきている。
「レーダーを頼りに、コッツから逃げてくれ。逃げ切れたら、後は私が指示する」
ミュテラから言われた通り、栗辺はレーダーを見ながらスマホの画面を操作した。スマホの操作通りにスワーボは動いてくれるようだが、加減速や方向転換のGを一切感じないのが異様だ。
本当に動いているのか? 窓の外に見える夜空も何かの映像じゃ無いのか?
その時だ。突然、衝撃が走った。スワンボート型宇宙船も大きく揺れた。床に放置されていたロボットもごろごろと狭い室内を転がった。
俺はシートから振り落とされそうになったが、不思議な力で押しとどめられた。何か見えない力がシートベルト代わりに体を押さえつけてくれているようだ。
「コッツのドローンに体当たりされたぞ! レーダーをよく見ろ!!」
後ろからミュテラがそう言ってきた。なんか無闇に偉そうだな。この娘。
スマホの画面を確認すると側面と後方から、幾つかの光点が接近してくる。何か表示はされているが、ちんぷんかんぷんな文字だ。
「コッツって何!?」
「コッツと言うのは……。ええい、要するに悪い宇宙人だ。いまはそう思っておけば良い!」
そう答えるミュテラに俺は言い返した。
「じゃあミュテラちゃんは良い宇宙人なのかよ」
「ちゃんとか付けるな! これでも地球時間換算で200歳だ! しかしババアではないぞ! クレイズ・ミュロンでは、まだぴちぴちのギャルだ!」
拘るんだ、そこ。栗辺はちょっと呆れた。
そんな会話の合間にも、栗辺はレーダーとスマホを交互に見て、周囲から迫ってくる球体のドローンからの回避を続ける。
「武器は無いの!? ミサイルとか、ビームとか! 宇宙人なんだろ!!」
「この惑星は第64等級管理対象だ。武器の持ち込みは禁止されている! だからコッツの連中もドローンの体当たりと物量で攻めてきているんだ!」
なるほど。なんで向こう側の攻撃も体当たりドローンばかりかと思っていたがどうやら何らかの事情があるようだな。
納得出来た栗辺だが、だからと言って状況が劇的に好転するわけでも無い。
「それでどうするんだよ。ミュテラ。このまま逃げ回るにも限界があるぞ!」
「上昇してくれ! 外惑星軌道に待機しているハンズの城へ逃げ込めば良い!」
ハンズの城とかなんだか分からないが、栗辺はミュテラに言われるままスワンボートの高度を上げた。




