第2話 罪を喰らう晩餐
はじめましての方も、1話からお付き合いいただいている方も、ようこそいらっしゃいました。
この物語『黒猫の晩餐』は、「正義」が歪む社会の片隅で、法では裁けぬ悪を“晩餐”という形で処理する者たちの記録です。
第2話では、物語の依頼者――つまり“救いを求める側”の視点から語られます。
善と悪、被害者と加害者、その境界線が曖昧になったとき、人は何を選ぶのか。
黒猫たちに助けを求めることは、果たして「正義」なのか、それとも――。
どうぞ、物語の奥底にある静かな闇をご覧ください。
──名前を、呼ばれなかったのは久しぶりだった。
彼らは私を「依頼者」としか呼ばない。
本当の名前なんて、どうでもいいのだろう。ここでは、過去も、記録も、価値にならない。あるのは「復讐」という欲望だけ。
……それでも、あの冷たい男たちの中に、ほんの少しだけ温度を感じた。
「シェフ」と呼ばれた男の、あの静かな声。
「復讐は料理だ」と言ったときのあの目に、私はただの道具じゃないと――そう、錯覚した。
***
高校二年の春。
私は、世界が優しいものだと信じていた。
だけど、あの日。
担任教師に呼び出された保健室で、世界は音を立てて崩れた。
「口外すれば、お前が悪いことになる」
そう言われた。そう記録された。
ネットには私の顔写真が「ビ○チ」「狂言女」として晒されていた。
クラスメイトは笑っていた。先生は知らんふりをした。
そして、家族も「もう忘れなさい」と言った。
私は、どこにも居場所を持たなかった。
──だから、あの夜。
電車に飛び込む寸前で、スマホの画面に出てきた“黒猫のロゴ”を、迷わず押した。
《黒猫の晩餐》
復讐、請け負います。
法が動かないなら、私たちが正義を執行します。
その文言に、私は救われた。いや、堕ちたのかもしれない。
***
「対象は、教師である椎名浩司。裏で未成年に対する性加害常習犯。訴えても証拠は握り潰され、すでに三人の被害者が精神を病んでいる」
仮面をつけた“サーバント”が、私の前で冷静に資料を読み上げる。
彼はまるで医師のようだった。感情を交えず、ただ現実だけを告げる。
「実行は三日後。あなたはその日、病院にいる予定ですね」
「……どうしてそこまで……」
「我々は『記録の管理者』とも提携しています。どんな情報も、必要なら手に入ります」
怖かった。だけど、それ以上に。
──頼もしかった。
「報酬は?」
ふと漏れた質問に、サーバントはわずかに眉を動かす。
「報酬は、あなたの“覚悟”です」
「……覚悟?」
「復讐とは、ただ相手を滅ぼすことではありません。
“自分がそれでも生きる”と決めることです」
私は黙ってうなずいた。
生きるために、私は彼を“消す”。
その夜、眠ることはできなかった。
だけど、奇妙な安心感が胸にあった。
この世のどこかに、自分の痛みを理解してくれる“闇”があるのなら――少しだけ、生きてみようと思った。
そして三日後、晩餐が始まる。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
第2話は「依頼者視点」で物語をお届けしました。
復讐を望む側の心情、背景、そして《黒猫の晩餐》という異端の存在に救いを求める心理を掘り下げることで、この世界の“闇の正義”がどのように作用しているのかを、少しずつ感じていただければ嬉しいです。
次回はいよいよ「実行」
黒猫たちが静かに、そして冷徹に動き出します。