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レイジング・ブレイカー 中編

思ったより長くなっちゃったから中編→後編にします。

〇チャプター8.失態の代償



 夜が明け、最初に目を覚ましたのは愛里だった。

 まだ眠っている義也と怜奈の顔を覗くと、二人共穏やかな寝顔をしていた。特に義也は、これまで見たことのない、口を小さく開けたまま、安心しきった子供の様な顔をしている。

 その様子を見て愛里も少し顔がほころんで、優しく微笑んだ。

 リュックから新しい着替えを取り出してその上からエプロンを身に付け、台所で朝食を作り始める。

 まな板の上でネギなどを包丁で切っていると、その音で目が覚めた怜奈が起き、寝ぼけ眼で辺りを見回して、愛里に気づくと覇気のない声で「おはよ~…」と挨拶する。

「おはよう怜奈」

義也(よし)さんは…まだ寝てるか~…」

「起きたら、髭でも剃ってあげたら?」

「あ、良いね~それ」

 二人の話の通り、義也はスッキリとした感じで目を覚まして起き上がると、着替えを終えた怜奈が、洗面所からカミソリとクリームを持ってきて待っていた。

 彼女はまだ髪を束ねておらずミディアムショートヘアのままで、一瞬誰だか分らなかったがすぐに昨夜のことを思い出す。

「おはよ~義也(よし)さ~んっ!」

「おはよう…カミソリなんて持ってきて何する気だ?」

「ふっふ~んっ!義也(よし)さんのその不格好なお髭を剃ってあげようって話をしたんだ~!」

「そ、そうか…まぁ、最近まともに剃ってなかったからな…」と言いながら義也は自分の髭が伸びてきた顎を擦る。

 怜奈はティッシュを用意し、胡坐をかいて座っている義也の真正面で座って、髭の生えた箇所にクリームを塗り、カミソリで丁寧に剃っていく。

「動いちゃダメだよ~」

「分かってる…」

 愛里が出し巻き卵を作り始め、角ばったフライパンの上に卵を垂らしていると、突然、義也のスマホに着信が入った。

 口の周りにクリームがまだ残りサンタクロースみたいになっている義也はスマホを手に取ろうとしたが、怜奈がスマホを取り「私が代わりに出ておくよ~」と言って着信に出る。画面には本郷の名前が表示されていた。

「もしも~し、本郷(ごん)さんおはよ~!」

 表示されていた名前に気づかなかった義也は、その第一声を聞いてマズいと判断したが、もう通話は始まっているため、止めるのを諦めた。

 朝から本郷は気だるげな声音で話してくる。

『…なんで陽丘のスマホなのに君が出るんだ?』

義也(よし)さんは今ね~、サンタさんみたいになってるから~、クリームがスマホに付いたらアレかな~って思って」

 電話越しの本郷は、一瞬その様子を想像したのか小さく噴き出す声がし、すぐに咳払いをして話を戻してくる。

『…何をしてるかは知らんが、とりあえず用件を言うぞ。


 …中国系マフィアの一件で、どうやら一人、取り逃がした奴が居たらしい』

 その言葉を聞いて、怜奈は笑った口元のまま目を見開いて硬直した。その目には少々輝きが薄まった。

「…へ?マジで?」

「どうした?」と義也が尋ねると、怜奈はスマホを降ろして、「この前の密売取引の時に、一人取り逃したのがいたって…」と答える。

「何だと…?」

 二人の会話は愛里の耳にも届いており、玉子焼きを焼きつつ驚いた顔で振り向いた。

 怜奈は再びスマホを耳に当てて本郷と通話を続ける。

「これからどうすればいいの?」

『とりあえず、10時までに本部に来てくれ。詳細はその時に』と本郷は伝え、そそくさと通話を切った。

「あら、もう切られちゃった」

 怜奈はスマホを元にあった場所に置いて、義也の髭を剃る作業に戻った。

「何て言ってた?」

「10時までに本部に来てくれって」

「そうか…じゃあ急がないとな」

「まぁとりあえず…時間はあるし、ささっと髭剃りと朝食を終わらせよっか~」

 そう言って怜奈は再び義也の髭を剃り始めた。



 髭剃りと朝食を終え、三人はV36に乗り込んでレイブレ本部に向かった。

 ビルに入り、オフィスルームに入ると、本郷や久藤、樋上が先に待っていた。

「おう、おはよう」と久藤が手を振って挨拶してくる。

「おはよ~」

「三人揃って足を運んでくるなんて、珍しいわね」と、何も知らない樋上は冷静な口調で話す。

「えっとね~、楽しい楽しいお誕生日会してたんだ~」と、怜奈は無邪気に答える。

 怜奈がそう言うと義也は視線を本郷に移す。本郷は先程の電話の件もあり、義也達が三人同時にやってくる様子を、呆れた様な不機嫌な雰囲気を放つ眼差しで見つめてきていた。

 久藤が義也の隣に立ち、彼の口周りを見て「おぉ、こちらさんも珍しく髭剃ってきたね~」と声を掛けてくる。

「怜奈が剃ってくれたんだ…」

「へぇ~、良いな~羨ましいなぁ~。

 俺もやってくれる人が居ればなぁ~」と少し大きめの声で言いながら、隣に居る樋上をチラ見する。彼女はそれに気づいて静かに他所を向いた。

 本郷は深々と溜息を吐いてから、義也達三人に歩み寄った。

「…待っていたぞ。

 時間も迫ってる、話を進めるぞ」

「あぁ…」

 本郷はデスクの上に置いてあるノートパソコンを開き、皆にある映像を見せる。

 そこには、暁埠頭の駐車場の防犯カメラの映像が表示されていた。

 黒スーツの若い男が赤いコンパクトカーに乗り込んでいる。彼の顔に、特に倉庫に突入して戦闘を繰り広げた義也達三人は見覚えがあった。剣崎の部下の一人だと思い出す。

「コイツ、生きてたのか…」

「騒ぎに乗じて逃げ出したようだ」

「あちゃ~…」怜奈はそう呟きながらゆっくりと口に手を当てる。

 本郷はキーボードを押してこの男の情報を表示する。

 ”佐川(さがわ)直人(なおと)”。先の任務で殺害した剣崎が経営する会社に勤務しているとされているが、今は会社に顔を出さずに逃げ回っていることだろう。

「1stモニターと2ndモニターを現住所に送り込んだが、もぬけの殻になっていた。今はどちらも、剣崎の会社を監視させているが、連中はトップが行方不明になって大慌てだ。恐らく、佐川も来てないだろう」

「そうなると、もう手掛かりは…」愛里が考えられる最悪な状況を口にしようとすると、本郷はそれを遮る様に話を続けた。

「いや、まだある。

 乗り捨てられたこのコンパクトカーが、新宿の空き地で見つかった。防犯カメラの映像を辿ると、最後に動いていたのは今から1時間程前…まだ周辺からそう離れていないだろう。

 オペレーターが周辺を監視し、詩音達3rdモニターに都内を走り回ってもらっている。1stモニターと2ndモニターも合流したら巡回してもらう。

 見つかり次第、アタッカーも出動だ」

「じゃあ”いつ見つかって出動するか分からない”ってことか…」

「あぁ。とりあえず、しばらくは全員新宿区とその周辺を巡回しつつ待機してくれ」

「了解しました」「了解」「了解です!」

 各々が返事をして、皆いつでも戦闘が出来るように準備をし始める。

 するとまた本郷が、オフィスルームを出ようとした義也を呼び止める。

「陽丘…」

「…何です?」流石にまた二人のことをとやかく言われるのは少しうんざりしてきたのか、義也も少々苛立ち気味だ。

 だが、本郷もそれを理解しているし、あの二人が積極的に距離を縮めようとしてくるのを身をもって知ってしまったからなのか、「…いや、いい。これからはできるだけ、髭は剃っておけよ」と言い残し、義也の横を通って地下のモニタールームに向かって行った。



 それから皆、佐川の行方を追い続けたが、半日姿を現すことは無かった。

 日も暮れて辺りは暗くなっていき、建物の灯りが街を照らしていく。帰宅ラッシュが始まり、多数の車が渋滞で道路を占領している。

 義也達3rdアタッカーの三人は、新宿区内をV36で走り回って佐川を探していた。

 何の動きもなくただひたすら走り回っているだけであまりにも退屈で、、怜奈は間食のお菓子も尽き、後部座席で横になって欠伸をかいている。愛里に至っては助手席でうたた寝している。

 運転している義也は片手でちょくちょくスマホを開いて見てみるが、一向に連絡は来ない。

「ふぁ~~…

 流石にもう高跳びしてるんじゃないの~…?」と怜奈が気だるげに話しかけてくる。

「まだどこかに潜んでいる可能性もある。ましてや人口密集地のこの街だ。人の中に人が隠れるなら、これ以上楽な潜伏方法はない」

「ふ~ん…」



 一方、久藤と樋上は200系を人気の無い立体駐車場に停め、すぐ近くにある自販機で缶コーヒーを買って、車内で飲みながら休憩していた。

 樋上はスマホを片手にコーヒーを飲んでおり、メッセージアプリを開き、親指を駆使して文字を素早く入力している。

 誰にメッセージを送っているのか気になった久藤は、チラッと樋上のスマホの画面を覗いた。

 画面の上部に表示されている相手の名前には”水上(みずかみ)”とある。水上は樋上の知人で、レイブレの元オペレーターでもある、彼女と同世代の女性だ。

 メッセージを見ると、『今日も遅くなるから、(らん)のことをよろしくね』と樋上が送り、水上が『わかりました。お任せください』と返している。

 メッセージを送り終わると、ホーム画面に映る。壁紙には樋上が、自分と所々似ている可愛らしい幼い女の子と、顔を寄せ合って撮った写真が貼られている。この子は、まだ小学校にも上がっていない幼い女の子で、樋上凛の()()である”樋上蘭”だ。

 写真の樋上は、普段のムスッとした表情とは違い、優し気な母性を感じる笑顔をしている。

 さて、ではこの蘭という少女の父親はというと…。

「…あの子は元気にしてるか?」と、久藤は落ち着いた口調で樋上に聞いた。

 樋上はスマホの画面を消して上着のポケットに入れ、小さく溜息を吐いてから答えた。

()()()()()()()()が居た時と、変わらないよ…良い子で、すくすくと成長してる…最近サッカーにハマり始めたみたいで、水上さん()の人達と練習してて、小学校に上がったら、女子サッカーチームに入るみたい…」

「……そっか」

 二人の間に沈黙が走ると、久藤は缶に残ったコーヒーを一気に飲み干し、空になった缶をドリンクホルダーに入れた。

「…なんで俺達、こうなっちゃったのかな」

「さぁね…それに、こんなことになっても、仕事じゃコンビ組んでるっていうのも、おかしな話よね…」

本郷(ごん)さんもデリカシー無いねぇ~…」

 困った様な表情をしつつ、久藤は200系のエンジンを掛け、再び周辺の巡回に向かい始めた。



 さらにその一方で、詩音はセルフのガソリンスタンドに寄り、Z900に給油をしていた。給油口から燃料を入れ続けている間にも、辺りを見回し、佐川が居ないかを確認する。給油を終えると、再びバイクに跨り、巡回に戻る。

 すると、同じ3rdモニターである篠崎から着信が入った。ハンズフリーで応答し、走り続けながら通話する。

「こちら詩音」

『こちら篠崎。歌舞伎町で佐川と思われる男を発見した。応援を要請する』

「了解」

 やっとか…と思いながら、詩音はZ900を歌舞伎町方面へと向かわせ始めた。



 義也達の方にも、篠崎からの報告が届く。

 義也はスマホを仕舞い、まだ助手席でうたた寝していた愛里の肩を力を加減してポンッと優しく叩いて彼女を起こす。

 ハッと目が覚めた愛里は、目をこすりながら義也に聞く。

「出動ですか…?」

「あぁ。歌舞伎町で、それらしき男を見つけたそうだ。行くぞ」

「はい…!」

 義也もV36を歌舞伎町方面へと曲がらせて急行する。

 ふと、ルームミラーで後ろの様子を見ると、怜奈の表情がどうも気になった。あまり元気が無さそうで曇っている。

「…どうした怜奈?」

 彼女にそう尋ねると、怜奈は何やら不安げに語った。

「…なんか、嫌な予感がするの…」

「嫌な予感?」

「うん…なんか、胸の辺りがゾワゾワする感じもするし…

 ねぇ、詩音に電話かけても良いかな?」

「…すぐに歌舞伎町に着く。急ぐ必要ないさ」

「…そう…そう、だよね…」

 怜奈は後部座席のシートに座り込み、グロックを取り出して残弾を確認する。

「…銃は極力控えろ。街中で発砲したらパニックになる…」

「うん…一応の確認だよ…」

「…そうか」

 それを聞いて、愛里も少し不安になってきたのか、P226を取り出して残弾を確認する。



 義也達が歌舞伎町に到着する頃、久藤と樋上の乗る200系も到着した。シンボルである歌舞伎町一番街のアーチを通り過ぎ、近くの路肩に二台共停車する。

 辺りを見回すと、グレーのパーカーを着た地味なコーデをしている篠崎の姿を捉えた。

 彼も義也達に気づき目線を送り、前の方に一度小さく顎を上げる。

 その先の車二台分程の間隔の位置に、紺のジャージと黒いスラックスを着て、ジャージのポケットに手を入れて歩いている佐川の姿があった。

 義也は本郷に連絡を入れる。

「こちら3rdアタッカー、ターゲットを補足。指示を」

『了解。しばらく尾行し逃げるようであれば追え。但し人目は避けろ。以上』

 通話を終えてスマホを仕舞い、佐川の様子を目で追い続ける。


 すると、同じく佐川を目で追っていた怜奈は、不思議そうな顔で喋り始めた。

「なんかさ…

 明らかに自分が追われてる身だって知ってるはずなのに、顔とか全然隠してないよね?」

「…言われてみればそうね…」愛里もそのことが気になり始めた。

 二人の会話を聞いていた義也も、その内容を意識して顔やその周りをよく見てみる。

 そして、あることに気づいた。

 左耳に黒い小さなイヤホンが掛けられており、ジャージの襟の裏に黒いピンマイクも付けられている。

 表情も、追われている身だという自覚はあるのかソワソワした様子で、何度か辺りを見回し、薄らと汗をかいている。この辺は分からなくないが、何故だか妙な違和感を感じた。

 義也は佐川を目で追いつつ、久藤に電話を掛ける。

「久藤…様子がおかしい。近づくのは一旦よそう」

『おいおい何言ってんだよ…やっと見つけたターゲットだぞ?

 それに、ポケットに銃を入れてるかもしれない。ここでぶっ放されたら厄介だ』

 義也と電話しながら、久藤が樋上に「運転して尾行してくれ」と頼みながら200系から降車し、篠崎のもとへ向かって行った。200系の運転席に樋上が移り、200系を発進させ、手前の交差点でゆっくりとUターンし、佐川の後を追う。

「おいよせ…!ったく…」

 義也はスマホをドリンクホルダーに入れ、V36を発進させ、交差点に行かずその場でUターンをして、200系に隠れる様に走って尾行を始める。

 篠崎と合流した久藤は、彼の隣で歩き、これまでの詳細を尋ねる。

「様子は?」

「ただひたすら歩いてるだけですね…誰かと待ち合わせをしてるワケでも、探してるワケでもなさそうですし…」

「…どういうつもりだ?」


 …すると突然、佐川は立ち止まった。

 それに合わせて久藤と篠崎も立ち止まる。まさか気づかれたか…?と思いながら、久藤はいつでも走り出せるように、前に出している足にゆっくりと力を掛ける。

 そして、佐川が、ジワジワと二人の方に振り向いた。

 その表情は、恐怖の対象を目の前にしているかの様に、青ざめ、目を見開き、口が震えている。

 久藤が一瞬、足を前にした途端、佐川は前に向き直り、全速力で駆け出した。

「佐川ッ!!」

 久藤が勢いよく走り出し、篠崎もその後を追い始めた。

「あの馬鹿気づかれたわね…っ!」

 樋上は200系のアクセルを踏み込み、逃走する佐川の後を追い始めた。

 佐川は道行く人々を力強く押し飛ばし、横から飛び出した自転車に乗った男性などと衝突して倒れても、すぐに起き上がって走り続ける。

 樋上は200系を佐川を追い越し、先回りして道を塞げる場所が無いか辺りを見回した。

 すると一瞬、佐川がジャージの襟を上げて、ピンマイクに向かって何かを発している様子が見え、樋上は二度見して凝視した。

「っ…まさか近くに味方が!?」

 樋上はアクセルを踏み込んで、手前の交差点の横断歩道で佐川の前に立ち塞がろうと考えた。

 だがその時、運悪く路肩に停まっていたタクシーが発進して車道に飛び出し、樋上は200系のフットブレーキを思い切り踏み込んで急減速した。

 あっという間に佐川に先を越され、彼は交差点の横断歩道に飛び出す。歩行者用の信号は青を示していた。

 久藤と篠崎が横断歩道の手前に来ると、佐川は突然、横断歩道の真ん中で立ち止まった。

 その場で辺りを見回しており、彼は恐怖のあまり涙を流していた。


 その時だった。

 横の車道の信号は赤を示していたにも関わらず、マットブラックのカンガルーバーを装着した黒塗りのハイラックスサーフが一台、横断歩道に勢いよく進入し、真ん中で立ちすくんでいた佐川を、一切の迷いもない加速で容赦なく撥ね飛ばし、佐川の身体はボールの様に地面に叩きつけられて跳ねながら飛んでいった。

 横断歩道の前に辿り着いた久藤と篠原は、道路の上に無残な姿で横たわっている佐川の姿を目にして愕然とした。

「なっ…!?」「ウソでしょ…!?」

 樋上は佐川の様子を驚愕した見開いた目で一瞥すると、すぐに彼を轢いたハイラックスサーフの後を追い始める。

 篠崎と久藤が倒れた佐川に駆け寄り、その隣に義也のV36が道を遮る様に停車する。

 義也達も佐川の惨状を目にして唖然とした。

 義也は降車し、二人に駆け寄る。

「おい、生きてるかっ!?」

 義也が二人にそう尋ねる間に、篠崎が血まみれになった佐川の身体に触り脈を確認する。

 篠崎はゆっくりと顔を上げ、二人に小さく首を横に振った。それは、佐川の死を意味していた。

「…篠崎、ここに残って処理を頼む!」義也はそう言って、久藤と共にV36に乗り込んだ。

 再びV36の運転席に乗り込んだ義也は、アクセルをベタ踏みしスキール音を響かせながらターンし、佐川を轢いたハイラックスサーフの後を追い始めた。

 混み合う大通りの道を力強く走り抜けていこうとするハイラックスサーフの後ろに、樋上の200系が追いついた。

 その途端、ハイラックスサーフは急減速し、樋上はハンドルを右に勢いよく切って減速するハイラックスサーフを避け、並走を始める。

 ハイラックスサーフはどのガラスも規定外の濃いスモークガラスで、中の人物の姿を捉えることはできない。

 するとハイラックスサーフは200系のサイドボディに体当たりをし始める。

 樋上もお返しと言わんばかりに勢いよく200系を体当たりさせる。だがハイラックスサーフのパワーとボディの前では効果は薄く、ハイラックスサーフが更に力強く体当たりをしてきた。

 路肩に寄せられた樋上はハンドルを左に切りながら押し返そうとし、路肩に停まっている車列に火花を散らしながら接触する。

 その二台の後ろに、義也のV36が追いつく。怜奈と共に後部座席に乗り込んだ久藤は、運転席と助手席の間から身を乗り出して200系の様子を目にする。

「おいおい…アイツ大丈夫か!?」

「銃使っちゃダメ!?」と怜奈も久藤の横から顔を出して義也に問う。

 辺りの歩道を見回すと、帰宅ラッシュの影響で人通りが日中の倍以上ある。この場で発砲はあまりにも危険すぎる。

「まだダメだ…!人が多すぎる!」

 そんなことを話していると、ハイラックスサーフと200系の前に、赤信号で停車した一般車が居ることに気づき、二台はその車を左右に分かれて避ける。

 そして赤信号を無視して交差点に飛び出した二台に向かって、左側から真っすぐやってきた一般車がフルブレーキを掛けて飛び出してくる。

 その一般車が最初にぶつかったのはハイラックスサーフの左側のリアフェンダーとタイヤで、突っ込まれたハイラックスサーフは勢い余って横転し、地面を火花を散らしながら滑っていき、歩道と車道の間の段差にぶつかって静止した。

 ハイラックスサーフと衝突した一般車はそのまま止まり切れず、樋上の200系のサイドボディにも突っ込み、弾かれた200系は軽く宙に浮いて、車道の真ん中にガラス片を散らしながら車体を叩きつける。そして落ちた車線の後ろからやってきた他の一般車が、止まり切れずに200系の後ろに追突した。その影響で200系も静止する。

 辺りの大勢の一般人達がその惨状に注目し始めてざわついてきた。樋上の乗っている200系はフルノーマルで車種が車種なためか「あれパトカー?」という声も聞こえてくる。

 樋上はヨロヨロとした足取りで200系から降車する。衝突時にハンドルに頭を打ったのか額から血が流れ始めている。

 義也のV36が彼女の近くに停車し、久藤がすぐに降車して樋上に駆け寄る。激しい言い合いをする仲ではあるが、元妻でもありパートナーでもあるためか、かなり焦った様子だった。

「樋上!大丈夫か!?」

「えぇ…なんとか…」彼女はそう言って、袖で顔に垂れる血を拭う。

 義也は怜奈と愛里に「ここで待ってろ」と一言伝えてからV36から降車し、大破したハイラックスサーフに駆け寄ろうとした。


 すると、ハイラックスサーフのリアゲートが車内から蹴り飛ばされ、勢いよく地面に落下する。

 ゲートを蹴り飛ばした、黒く厚いカーゴパンツに包まれた脚の持ち主が、風通しの良くなったリアゲートから姿を現して立ち上がる。

 黒いニット帽に穴を開けた覆面を被った、大柄で筋肉質なゴツい体つきをしている男だ。


 そして彼の両手には、セーフティーが解除され、撃鉄も起こされているガバメントが一丁ずつ握られている。

 義也達はまだ拳銃に手を掛けていない。ましてや周りには多くの人混みで溢れている。

 そして、男はガバメントを握った手を、義也達に向けて上げ、引き金に力を込めた。

「__伏せろッ!!」

 義也は周りの人々に向けてそう叫んで、咄嗟にV36のボディに身を隠そうと飛び込んだ。

 男がガバメントの引き金を引き、何発もの弾丸が放たれる。

 久藤は咄嗟に樋上を庇い、彼女を抱き抱えて200系のボディに隠れようとした。運悪く、彼の背中に放たれた45口径が直撃する。

「ぐっ…!!」

「アンタッ…!!?」

 三人がそれぞれの車に身を潜めた頃、周りの一般人は悲鳴を上げながら、またスマホで動画を撮りながら、パニックになって逃げ惑い始めていた。

 義也はV36のサイドボディに身を潜めると、ベレッタを取り出してセーフティーを解除し、ボンネットに手と銃底を載せて、逃げ惑う一般人達に当たらないように、男に向けて発砲する。

 だが男も、大破したハイラックスサーフのボディに身を潜めた上、車内に残ったもう一人の、同じ覆面を被った筋肉質の男が、マイクロUZIを構えてリアゲートから上半身を出し、二台の車を狙っているのか怪しいと思えるくらいに無造作に弾をばら撒き始めていた。

 義也が咄嗟にV36の陰に身を戻すと、ボンネットに手と銃底を置いていた場所にUZIの弾丸が飛んできた。

 そしてUZIの弾丸が、二台の後ろで逃げ惑う一般人にも襲い掛かった。腕や脚を撃たれた人も居れば、背中や顔にも弾を受けてしまった人も居る。

 怜奈と愛里はV36から銃を握って降車し、義也の横で身を潜める。

「やばいやばい…!!」

「どうします!?」

「応援が来るまで耐えるんだ…!!」

 一方、久藤は200系のボディを背に座り込んでおり、樋上は腰に掛けたホルスターからP226を取り出して装填する。

 久藤は背中から大量の血を流しており、床に置いている右手の周りには、血だまりが出来ていた。

 樋上はその惨状を、クールな表情を崩して、泣きそうな顔で見つめていた。

「この馬鹿…っ!!なんでアタシを庇ったのよ…っ!!」

 彼女のその言葉に、久藤は苦しそうな息遣いを交えて答えた。

「何言ってんだよ…!君には蘭が居るだろ…!!君が死んだら、あの子はどうすんだよ…っ!!水上さん家に任せっきりはマズいだろ…?!」

「だからって…!!」

 反論しようとした樋上だったが、UZIやガバメントの弾丸が200系に襲い掛かる。

 200系は防弾仕様ではないためか、窓はあっという間に砕け散り、タイヤは片側二輪がパンクさせられ、ボディにも穴が開けられ、エンジンに弾丸を受けたのかボンネットから白煙が上がり始める。

 樋上は久藤から目を離し、中腰になって200系のボディから姿を現し、P226を男達に向けて発砲する。樋上の位置からならハイラックスサーフの車内に残っている男を真上から狙える。樋上のP226の放った弾丸は車内に残った男の頭部を貫いた。

 直後、ガバメントの男が樋上に向けて発砲する。弾丸の一つが200系のヘッドライトに直撃し、レンズと電球の破片が飛び散る。

 すると、辺りの道路の向こうから、何台ものパトカーがサイレンを鳴らしてやってくる。耳を澄ますと救急車のサイレンも混じっている。

 それを耳にした男は、ハイラックスサーフから離れて走り出し、近くのビルの間にある路地裏の中に入って行った。

「怜奈、愛里、行け!!」

「分かった!!」「分かりました…!!」

 怜奈と愛里はV36の陰から飛び出し、男の後を追って路地裏に入って行った。

 義也は久藤と樋上の方に駆け寄って、彼の惨状を目にした。

 しゃがんで彼の目線に合わせて声を掛ける。

「久藤、大丈夫かっ!!?」

「あぁ…まぁなんとか…」

「強がってんじゃないよ…っ!!」と樋上は泣きそうな声をして彼の肩を銃底を握った手で殴りつける。

「おぅっ…!!

 義也、アイツ頼むぞ…!!」

「あぁ、怜奈と愛里に追わせた…任せろ。

 樋上、彼についていてやれ」義也はそう言い残し、V36に駆け寄り運転席に乗り込み、路地裏の出口であろう方向に向かって走り出した。

 残った久藤と樋上の手前に、何台ものパトカーが到着する。降車した制服の警察官達が、ホルスターから5発式リボルバーを取り出して駆け寄ってくるが、樋上は懐から警察手帳を取り出し、彼らに見せつける。



 路地裏に逃走した男は、非常階段を登り、低い建物の屋上に飛び移って走り続ける。彼を追う怜奈と愛里も同様に飛び移って追い続ける。

 男の前方に錆びた柵があり、それを踏み越えて、それなりに距離のある向かいにある建物の屋上に飛び移る。向かいの建物の柵を掴んで屋上に登り、後を追う二人の様子を振り向いて確認した。

 怜奈と愛里は錆びた柵の前にやってきたが、愛里は向かいの建物との間隔に気づいてビビって足を止め、怜奈は走る勢いと止めず、走りながらグロックを仕舞い、柵に飛び乗って踏み台にし、向かいの建物に飛び込んだ。

 向かいの建物の柵を握ることができ、力を込めて上がろうとしたが、男は柵を握る怜奈の手に向けて発砲し、45口径弾が柵に直撃して火花を散らす。

 驚いて咄嗟に手を離してしまった怜奈は、悲鳴を上げながら落下していく。

「うわあああっ!!?」

 落下した怜奈は、真下にあった業務用の大きなゴミ箱に落ちていった。溢れる程の大量のゴミ袋がクッションになって怪我はなかったものの、彼女が落ちてきた衝撃で破れた袋から生ゴミが漏れ出し、ゴミ袋に埋もれていく彼女の全身に降りかかる。

「うぇっ!!くっさぁっ…!!」

 ゴミ箱から出ようと藻掻く怜奈を、建物の屋上で心配そうに見ていた愛里だったが、今は彼女を助けている余裕はない。

 向かいの建物の屋上から走り出した男の後をどうにか追跡しなくては…と思って、他に降りられる場所はないかと探すと、怜奈が入ったゴミ箱の近くに、白いバンが停まっていた。

 愛里は建物の屋上から飛び降り、停まっているバンの上に落下する。幸いそこまで高さがあったわけではないため怪我もせずに降りることができた。

 地上に降りると、怜奈がゴミ袋の山から顔を出した。

「怜奈!!大丈夫!?」

「大丈夫じゃないよぉ~…!」

「私は男を追うから!!」

 そう言い残し、男が逃げた方向に向かって走り出した。

 怜奈はゴミ箱から抜け出し、身体に付いた生ゴミを払いながら車道に出ると、丁度義也が運転するV36が彼女のもとに到着した。

 怜奈はすぐにV36の後部座席に乗り込む。

「愛里は!?」

「男を追った!!あっち回り込もう!!」と男と愛里が向かった方向を指差して答えた。

 義也は怜奈が指差す方向に向かってV36を発進させた。

 男は更に隣の建物に飛び移っており、建物の中に入り、下の階に降りて窓の外を見ると、今居る建物の下に愛里が到着したことに気づいた。

 男は愛里に銃口を向けて発砲し、弾丸が窓ガラスを割って愛里に襲い掛かる。愛里は降りかかってくるガラスを避けると弾丸も地面に着弾する。

 男は建物の廊下を走りながら、奥にある窓を発砲して割り、そのまま窓から飛び降りる。向かいにある建物の排水管に掴まり、そのまま握る力を弱めて滑る様に降りていき、地上に足を付けるとすぐに大通りに向かって走り出した。

 後ろから愛里が現れ、男の脚に向けて発砲するが、男の走る速度について行けず弾丸が当たることはなかった。

 男が大通りに出ると、義也のV36が交差点の奥からドリフトしながら姿を現し、こちらに向かって加速してきた。

 男はV36に背を向けて走り出す。

 愛里が大通りに出ると、義也はV36を彼女の隣に停め、愛里はすぐに助手席に乗り込む。義也はアクセルを踏み込んで再び男を追った。

 走り続ける男の前に、一台の深緑色のランドクルーザーがスピンターンをして停車し、後部座席に男が駆け込むと、ランドクルーザーは勢いよく加速した。

 義也はV36をランドクルーザーのリアバンパーの手前まで迫らせ、怜奈は運転席側の後部座席の窓を開けてグロックを再び握り、ランドクルーザーの運転手に狙いを定めて発砲する。グロックの弾丸はランドクルーザーの運転席側の窓やミラーのレンズを砕いていった。

 だがその直後、通り過ぎた交差点の横から、サンルーフ付きの黒塗りの170系クラウンアスリートが勢いよく飛び出してきて二台の後に続き、V36のリアバンパーを突く。

 愛里はV36のサンルーフを開けてP226を発砲しようとしたが、170系のサンルーフが先に開かれると、サングラスを掛けた細身で茶髪の男が上半身を現し、V36に向けてベネリM4を発砲する。放たれた散弾は、強固なはずのV36のボディと窓に風穴を開けた。

「あぶなっ!!?」

「ちょっとこれ防弾車よ!?」

「まさか12ゲージスチール弾とか!?」

「ハリウッド映画じゃあるまいし…!!」

 またベネリが発砲されると、リアの窓ガラスが完全に割られ、トランクはあっという間に蜂の巣になる。

 怜奈は後部座席の足元に滑り込み、リアシートの下に勢いよく両手を入れて何かを探り始める。

「ここに入ってた長物は!?」

「あるぞ!!弾も装填済みのはずだ!!」

 義也がそう言うと、怜奈はその物品を発見して取り出した。長く黒いケースを取り出してシートの上に置いて開けると、ダットサイトとフォアグリップが装着されたFN・SCAR-Lが姿を現し、怜奈はそれを取り出してセーフティーを解除し、フルオートに設定し、後続の170系から発砲する男の隙を伺う。

 男がもう一度発砲すると、散弾はV36の運転席側のテールランプを撃ち抜く。

 男がベネリのコッキングを始めたその途端、怜奈は身体を起こし、ベネリを握る男に向かって引き金を引く。170系のサンルーフの上からでは怜奈の様子が見えなかったのか男は驚愕し、直後SCARから放たれた弾幕が襲い掛かる。胴体には防弾チョッキを着ていたのか血が出る様子は無かったが、弾丸は男の頭部にいくつもの風穴を作った。

 撃ち抜かれた男が車内の者に引っ張られて車内に戻される頃、後ろから何台ものパトカーが追いついて来ていた。

 だが170系のリアウィンドウが車内から蹴り破られ、男が持っていたベネリを別の誰かが持ち、後を追うパトカーに向けて発砲し始めた。強力な散弾は瞬く間にパトカーのフロントに穴を開け、ガラスを突き破って警察官に着弾する。運転手が撃たれて制御を失ったパトカーはスピンして横向きになると、そこに後続のパトカーが追突し、更に後ろのパトカーが停まり切れずに乗り上げて勢いよく横転した。

 三台を避けて次々とパトカーがやってくるものの、ベネリから放たれた弾丸はパトカーのタイヤを撃ち抜き、撃ち抜かれたパトカーは体勢を崩して路肩に逸れていき、歩道の端に停められていた自転車や花壇に乗り上げて横転し、また更に後続のパトカーが追突する。

 ランドルクーザーの前方では検問所が設置されて、何台もの一般車が足止めを喰らっているが、ランドクルーザーはアクセルを緩めることなく突破し、その後ろをV36と170系も続く。生還したパトカーも後に続いていこうとするが、ベネリの弾丸が再び襲い掛かり、先頭を走っていたパトカーの運転手が撃ち抜かれて、道を塞ぐ様に横向きにスピンして停車し、他のパトカーの行く手を阻んでしまった。



 一方、詩音はZ900を走らせ、本郷の指示で三台のもとへ向かっていた。

『たった今、検問所が突破された上、パトカーが破壊され道を塞いでいる。迂回していけ』

「了解!」

 詩音は検問所が設置された道に出ないルートに曲がっていった。



 義也はV36のアクセルを踏み込んで、走り続けるランドクルーザーの助手席側につける。ランドクルーザーはV36に向かって体当たりをしてくる。

 すると、ランドクルーザーの助手席の窓が開かれ、ベネリを持った男が姿を現し、義也達に銃口を向ける。

 義也は咄嗟に急ブレーキを掛けたが、それと同時にベネリの引き金が引かれ、放たれた散弾がボンネットを突き破る。

 減速していくV36に追い打ちをかけるように更にもう一発散弾が放たれ、V36の二つのヘッドライトは砕け散り、エンジンにも直撃して白煙が上がる。

「しまった…!!」


 そして、V36の前方に、一台の一般車が迫っていた。

 白煙で前が見えない義也はそれに気づかず、V36は一般車と勢いよく衝突して宙を舞い、ルーフを地面に叩きつけられて静止した。

 ランドクルーザーはそのまま走り去っていき、170系はV36の後ろで停車する。

 義也達三人は、リアウィンドウがあった場所から這い出る。三人共飛んできたガラスで血や傷で塗れている。怜奈はSCARを持ったままだ。

「大丈夫か…!?」

「いった~いっ…」「とりあえずなんとか…」

 三人が銃に手を掛けて立ち上がると、大破したV36のエンジンルームから火が上がり始め、追突された一般車の乗員はすぐに降車し、大急ぎで離れた歩道に走って行こうとする。


 だが、170系の窓が開かれ、そこからベネリを構えた男の姿が見えた。明らかに逃げ惑う一般人を狙っている。

 愛里は咄嗟にP226を構え、「やめろぉっ!!」と叫んで引き金を引いた。P226の弾丸はベネリを持つ男の目を突き破り、撃ち抜かれた男はベネリを地面に落として車内に倒れ込んだ。


 その時だった。

 170系のボディの陰から、スポーツサングラスを掛けた黒髪で痩せ型の男が姿を現した。彼の手にはガバメントが握られており、その男はすぐに愛里に銃口を向けた。

 それに気づいた義也は、すぐに愛里を引き戻そうとした。


 だが遅かった。

 ガバメントから放たれた二発の弾丸は、銃声でよくやく気づいて振り向いた愛里の左の脇腹に一発と、心臓があるであろう左胸に命中した。

「…え…?」

 一瞬自分の身に何が起こったのか理解できなかった愛里の身体を、45口径弾が、血飛沫と共に彼女の背中から飛び出してきた。

「「__!!?」」

 唖然としている怜奈、一気に力が抜ける様によろけて倒れようとしている愛里を、抱えようと駆け寄る義也。

 倒れる彼女を全身で受け止めた義也は、彼女をV36の陰に連れ込んだ。

「おい愛里!!大丈夫か!!?しっかりしろ!!」

「愛里…!!」

「あっ…あっ…」

 愛里の被弾した場所から大量の血液が溢れ出し、愛里の意識が次第に遠のいていくのを感じた。

「愛里…愛里っ!!!」

「愛里!!しっかりしてっ!!愛里…っ!!」

 必死に呼びかける二人だったが、ふと視線を上げると、V36のガソリンタンクが破損してガソリンが漏れ出していることに気づいた。おまけに今エンジンルームには火の手が上がっている。

 義也は愛里を抱き抱え、怜奈と共にV36から離れようと駆け出した。

 やがてV36の炎が漏れたガソリンに着火し、その途端激しい爆発が起きた。大破したV36と追突された一般車は瞬く間に炎に包まれた。

 爆発の勢いが収まると、170系は燃え盛る二台の横を通り抜け、自分の脚で走り続ける三人に向かってスピードを上げてきた。

「まずい…!!」

 怜奈は後ろ向きに走りながらSCARを構え、170系に向かって乱射する。SCARの弾丸は170系のヘッドライトを砕き、フロントウィンドウやタイヤにも命中するが、パンクすることもなく、ガラスも割れない。

「あぁダメだ…!!」

 死を悟ったのか、怜奈が絶望を目の当たりにした様な表情をした。


 だがその時、燃え盛る二台の横から、篠崎のノートオーラが飛び出してきた。

 ノートオーラは170系の助手席側のフロントフェンダーに体当たりし、170系のサスペンションを折り走行不能にさせた。

 停車したノートオーラの運転席から篠崎が降車し、助手席に置いていたピストルグリップのイサカ・M37を手に取り、170系の車内に向けて発砲した。

 二発撃ち込むとガラスが割れ、車内の者達が銃を向けようとするが、それより先に篠崎がコッキングを終えて発砲する。

「くたばれぇぇぇっ!!!」篠崎は怒号を上げながらイサカを撃ち続けた。

 それに乗じて怜奈も正気を取り戻し、SCARを車内に向けて撃ち込んだ。

 防弾の窓とはいえ強度には限りがある。撃ち続けられると弱まっていき、やがて穴が開き始め、車内に居る者達を橋の巣にし始めた。

 二人の銃の弾が空になり、辺りが一瞬静かになると、怜奈は運転席のドアをこじ開けて車内を確認した。

 車内に居る者は、先程サンルーフからベネリを撃っていた男を含めて四人で、皆死んでいた。

 篠崎は回り込んで三人に駆け寄ってきた。

「間に合ってよかった…」と彼は言うが、愛里の様子を見て一変して、あまりの驚愕で目を見開き、口を震えさせながら言葉を続けた。

「っ……!?あ、愛里さんは…!!?」

「まだ息はしている…だがすぐに病院に連れて行かないと…!!」

「じ、じゃあ、早く乗ってください…!!」と、篠崎はノートオーラに駆け寄り、後部座席のドアを開けた。

 義也は愛里を抱えたまま後部座席に乗り込み、怜奈は篠崎のイサカを受け取って助手席に乗り込み、篠崎はすぐに運転席に乗り込んで、大破した170系を押し込んでから、半分外れて地面を擦るフロントバンパーを気にすることなく、大急ぎで病院に向かい始めた。

 後ろからパトカーや救急車のサイレンが聞こえてきて、大破した一般車の乗員が、身を潜めていた建物の陰から現れ、サイレンの鳴る方へと向かって行った。



 一方、ランドクルーザーの前を先回りしていた詩音は、T字路の交差点を通り過ぎていくランドクルーザーを見つけ、その後を追い始めた。

「本郷さん!!敵の車を発見しました!!尾行します!!」

『わかった…気をつけてくれ。

 3rdアタッカーは撤退した。応援は暫く回せないから、耐えてくれ』

「…分かりました」

 詩音は通話を切り、前方を走るランドクルーザーに集中する。

 そのランドクルーザーの後部座席に座っている、生き残った覆面の男は、覆面を脱いで床に放り投げた。

 顔の左側に大きな斬りつけられた様な古傷のある、アジア系の中年男だった。

 彼はチラリと後ろを見た。詩音の尾行にはとっくに気づいているようだ。

「…このままアジトに向かえ」男は運転手にそう命令し、運転手はそのままランドクルーザーを走らせ続けた。



〇チャプター9.パラベラム



 義也達が駆けつけた病院は、緊急の患者で溢れていた。歌舞伎町周辺で銃弾を受けた人や、カーチェイスに巻き込まれた人が次々と運ばれてくる。

 幸いそれより先に大急ぎで駆けつけてきた義也達は、無事愛里を病院に預け、手術を受けてもらった。

 愛里は、命に別状はなく、弾は体内に残っておらず、左胸に受けた弾丸も、心臓には当たっていなかった。

 手術が終わり、病室に運ばれてようやく落ち着いた頃には、0時を過ぎ日が変わっていた。

 愛里はまだ麻酔が切れておらず起きる様子はない。

 三人は愛里の病室におり、義也は窓の前で腕を組みながら立ち、怜奈はベッドの横に置かれていた椅子に座りながら愛里の手を取って彼女を心配そうに見つめ、篠崎はベッドの柵を掴んで立っている。

義也と篠崎はこれまでの状況を話し合っていた。

「さっき本郷さんから報告が入りました…

 一般人1名、警察官3名が死亡…

 連中が乗ってた車は八王子で乗り捨てられて、詩音くんが引き続き尾行しています…

 久藤さんは、とりあえず一命を取り留めたみたいですけど…当分は動けないでしょうね…」

「佐川はどうなった?」

「即死ですよ…

 はぁ…リーと剣崎の一件は、一応これで解決するって思ったのに…」

「アイツら何者だ?」

「分かりません…新しい勢力でしょうか?」

「だとしても…目的はなんだ?」

「…佐川を利用して、僕らレイブレを襲ったとしか、考えられませんね…」

「私達、誘い出されたってこと?」横で聞いていた怜奈がそう尋ねてきた。

「おそらく…そこらの警察とはできることが違いますからね…あれだけの武装をする連中からしてみれば、僕らは邪魔でしかない…」

 すると、病室の扉がノックされた。義也が「どうぞ」と言うと扉が開かれ、普段着を着ている敏生が入ってきた。敏生は真顔で、入室すると、痛々しい傷を顔にまで負って寝込んでいる愛里を、寂し気な眼差しで見つめる。

 三人の間に緊張が走る。

 敏生は義也の前で立ち止まり、義也は深々と頭を下げた。

「申し訳ありません…俺がもっとしっかりしていれば…」

 謝罪をする義也の肩を、敏生は優しく叩いた。

「顔を上げろ…気にするな」

「しかし…」義也はゆっくりと顔を上げる。

「この仕事を続けてれば、いつかこういうことが起きるものだ…」

 敏生はそう言って、義也の目を真っすぐ見つめた。

 口ではそう言っているものの、目を見ればわかる。愛する一人娘が、こんな姿にされたという悔しさを感じ取った。

 怜奈は椅子から立ち上がり、「どうぞ…」と敏生に促して、敏生は静かにその椅子に座り、眠り続ける愛里の顔を見つめた。

 義也は怜奈と篠崎の肩を掴み、「行こう…今は二人にしておいた方が良い…」と言って、三人でトボトボとした足取りで病室を静かに出ていった。

 廊下に出た三人は、壁に付いている手すりに寄りかかって話しを続けた。

「…これからどうします?」と、篠崎は義也に尋ねる。

 義也は、今やるべきことを理解していた。

「詩音君がアジトを突き止めたら、アジトに突撃だ」

 それを聞いた怜奈は大きく首を縦に振った。

 だが、篠崎はあまり賛成する気は起きないようだ。不安げな顔をして二人を見る。

「…2ndアタッカーは実質壊滅、3rdアタッカーはこの状態…1stアタッカーでは対処できる相手じゃない…戦力が不足しすぎてますよ…」

「それでも、俺は行く。

 連中を潰す…」

 義也はそう言い残し、病院の出口に向かって歩き出した。その後ろから、怜奈も真剣な眼差しを据えて、彼の後についていった。

 一人残った篠崎は、電話が出来る場所に向かった。

 公衆電話などがある休憩スペースに着き、スマホを取り出して本郷に電話を掛ける。

「…もしもし、篠崎です。状況は?」

『連中はまだ移動してる。これから神奈川に入るだろうな。

 そっちは?愛里の様子は?』

「愛里さんはとりあえず安静にしてます…

 …義也さんと怜奈ちゃんが、連中のアジトに乗り込んで潰す、って…」

『……そうか。分かった』

「僕はどうしましょう?」

『こちらの指示が出るまで待機だ。

 愛里と敏生さんについてやってくれ…』

「…分かりました」

 本郷から通話が切られ、篠崎はスマホを仕舞って、愛里の病室に戻ろうとした。

 すると、病室から敏生が出てきたところだった。手には病室に置かれていた花瓶を持っている。水を汲むつもりなのだろう。

 彼は篠崎を見つけると、篠崎に歩み寄ってきた。

「本郷から何か指示を貰ったか?」

「とりあえず…お二人を見ながら待機、と…」

「…そうか」



 一方。敵を尾行していた詩音。

 ランドクルーザーを乗り捨てた彼らは、人気の無い林道に、事前に用意していたであろうごく普通の街乗りSUVに乗り換え、再びどこかへ向かっていた。

 詩音はまだ尾行が気づかれていないと思い込んで、慎重に後を追っている。

 やがて神奈川との県境を抜け、次第に建物が増えていく。

 街の中を走り続けて辿り着いた先は、一軒の高層ビルだった。まだ工事中なのか、所々ビニールシートが拡げて掛けられており、機材なども置かれている。

 彼らの車はビルの中に入って行き、詩音は尾行を止めて道を逸れ、バイクごと隠れられる場所に移動してから停まり、本郷に電話を掛ける。

「連中は建設中のビル内に入って行きました。GPSで場所を特定して、義也さん達に送っておいてください」

『分かった』

「これから潜入して、中の様子を探ってきます」

『あまり無茶はするな…尾行に気づかれていないという保証はないぞ』

「…このまま放っておくわけにもいきません」

 詩音は通話を切り、バイクのエンジンを止めてヘルメットを脱いでバイクの上に置き、忍び足でビルに向かって行った。



 レイブレ本部に戻ってきた義也と怜奈は、大きいボストンバッグを持って、すぐにビルの三階に上がっていった。

 ビルの三階は、レイブレの任務による押収品の一部などが納められている。

 だが三階へ繋がる階段の手前で、本郷が腕を組みながら壁に寄りかかって立っていた。

「…何してるんです?」

「お前らが来るのを待ってた」

 そう言って本郷は組んでた腕を解き、壁から離れて二人の前に立った。

「…三階の押収品より、もっと良い物があるだろ」と言いながら、本郷は真下を指差す。

 その仕草を見て、義也と怜奈は思い出した。


 ビルの裏の倉庫に回り、先の任務で押収したコンテナが積まれている大型トラックに駆け寄る。

 義也と怜奈がコンテナの扉を開け、すぐに中に飛び移り、木箱を開けていく。

 二人が取った拳銃は、45ACP弾を使用できるグロック41で、延長マガジンがセットに納められていた。二人はそれぞれ二丁ずつ所持する。

 義也が取った長物は、リーも剣崎に紹介され愛里も奪って使っていたH&K・MP5だ。

 怜奈はストックの長さを調整できるモデルのMP5を二丁手にし、ストックを限界まで縮める。

 二人は手榴弾も上着のポケットに入るだけ入れ、残りのポケットにはそれぞれの銃が対応している弾丸が入ったケースを押し込んでいった。

 銃は身体に掛けたりできない物はバッグの中に入れる。

 武器を調達し終えた二人がコンテナから降りると、本郷は義也に向かって何かを投げてきて、義也は片手でそれをキャッチした。車のスマートキーだ。

「足はそれを使え」

「あぁ…助かるよ」

 義也は本郷に歩み寄り、お互い目を真っすぐ見つめた。

「…それじゃあ、行くんだな」

「行くさ。ケリを付けないと…」

「他の奴も連れて行かなくていいのか?」

「少数で行った方がリスクは少ない。連中もきっと、自分らのアジトに乗り込むなら、大勢で来ると思ってるだろうしな」

 話し合う二人の間に怜奈が割って入ってくる。

「それに、私達3rdアタッカーだからね!やってやるよ!」

 それを聞いた本郷は、しばらく黙り込むと、フッと鼻で笑って答えた。

「…そうだな。

 …さっき、詩音君が連中のアジトと思われる場所を突き止めて、今潜入中だ。すぐに向かってくれよ…何かあったら大変だからな…」

 そう言って、彼は怜奈を静かに一瞥した。詩音が彼女の、唯一血の繋がった人物でもあるためだろう。

「…分かった」

「…まぁ、せいぜい頑張れよ」

「あぁ…突入して一時間、連絡が無かったら…後は頼んだぞ」

「…いつでも準備しておく」

 義也と怜奈は、本郷が渡してきたスマートキーに対応している車があるであろう倉庫の外へと向かって歩き始めた。

 背を向けて歩いていく二人に向けて、本郷は「幸運を祈る」と言い残し、彼も二人に背を向け、モニタールームへと向かって行った。

 倉庫の外に出ると、渡されたスマートキーに間違いなく対応しているでろう真新しい車が停まっていた。キラキラと輝きを放つ、鮮やかなワインレッドのボディカラーをした、V37型スカイランだ。フロントバンパーの形状とデザインは後期のもの、つまり最新型というわけだ。

 二人は武器を入れたバッグを後部座席に置き、運転席に義也、助手席に怜奈が座る。

 義也はプッシュボタンでエンジンを掛け、V37を発進させる。

 怜奈がスマホを開き、本郷から送られたアジトの場所を記したデータを開いて、座標をナビに入力し案内を開始させた。



 ビル内に潜入した詩音。ブーツ内に隠したグロックを手に握りながら、換気ダクトの中に入り連中の動向を探る。

 しかし誰も、先程の件に関する話をしておらず、銃を横に置いてトランプなどで遊んだり、テレビでアダルトビデオを観ながらマスを搔いていたりと、ひじょうにだらけた様子ばかり見受けられる。

 ダクトの出口を見つけ、辺りに人が居ないことを確認してから降りて、警戒しながら進んでいく。

 ビルの上部に進んでいくと、広い部屋を見つけた。施工途中の柱に身を潜めて部屋を見渡す。

 天井が高く、窓も大判で、部屋の奥には小さなバーが作られており、バーテンとして動いている不潔そうな大柄の太った男が居る。部屋の中央には、連中が一同に集まった際に座るであろうソファが多数置かれており、何人かの男達が銃を片手に座ったり寝転がったりしている。


 そして、先程のバーの客席である赤い椅子に、一人の男が座っている。癖のあるボサボサとした金色の伸びた髪をし、口の周りに髭を蓄えており、赤いよれたワイシャツを着て白いスラックスと革靴を履いている。ワイシャツの胸ポケットにはタバコの箱とジッポライターが入れられている。

 ワイシャツのボタンは掛けておらず、ワイシャツの下に据えている、細身ではあるがそれなりに鍛えられているであろう筋肉が垣間見える。

 彼は球体の氷を入れたグラスに、バーテンにスコッチを注いでもらい、スコッチに氷の冷気が行き渡ると、彼はスコッチをグイッと顔を上げて勢いよく一気に飲み干した。

 グラスをテーブルに置くと、上を向いたままフーーッと深々と一息吐いてから、ゆっくりと顔を降ろした。

 すると、部屋の反対側にある扉が開かれ、そこから一人の男が姿を現し、バーに居る男に向かって歩いていった。黒髪のスポーツ刈りをしている、背の高い若い男だ。

「”ホー”、なぁホー」と彼を呼ぶ。

 ホーと呼ばれた男は、グラスから手を離すと、ワイシャツの胸ポケットからタバコとジッポライターを取り出した。タバコはどうやら日本では売っていない銘柄のようだ。タバコを一本咥え、ジッポライターで火を点け、一息吐いて副流煙をグラスに吹き付ける。

 彼を読んだ男はバーテンに「ビールくれ」と言ってから、テーブルに手を置いて彼の方を向いて話す。

「なぁホー。もう出ちまおうぜ?ここでダラダラしてるのも飽きたぜ」

 ホーはタバコの灰を床に落として、渋い声音をして言う。

「そう焦るな”チェン”。()()は絶対ここに乗り込んでくる。

 俺の予想だと…今夜」

「そんなに早くか!?」

「あぁ…」そう言ってホーはまたタバコを口にする。

 チェンと呼ばれた若い男は、バーテンから冷えたビールが入ったビンを手渡された。

 二人の会話に集中している詩音は、ホーという人物がこれまでレイブレの任務などで関わっていたか思考を回転させるが、初めて見る男…全く心当たりが出てこない。

(何者だ…アイツ…)


 その時、詩音は背後から気配を感じて思わず振り向いた。

 そこには、先程義也達を襲った、あの大柄な男が、冷酷な眼差しで詩音を間近で見つめて立っていた。

 ホー達の会話に集中しすぎていたとはいえ、ここまであっさり見つかるなんて…一瞬そう考えたが、そんなことを深々と考えている余裕は無い。

 詩音は咄嗟にグロックを構えようとしたが、男は詩音の腕を力強く振り払ってグロックを落とさせ、腹に一発重たい膝蹴りを喰らわせ、よろけた詩音の片足を掴んで持ち上げた。

「がっ…は、離せ…っ!!!」

 詩音の苦しむ声に気づいて、ホー達が一斉に振り向く。

 ホーはゆっくりと口角を上げ、気色の悪い笑顔を浮かべて、タバコを咥えて立ち上がり、詩音の方に歩いてきた。

「おやおや、”フェロン”。もう捕まえたのか?」

 フェロンと呼ばれた大男は、手から抜け出そうとする詩音を持ったままホーに歩み寄る。

「隙があったもんでね」

 そう言って更に腕を上げ、詩音と目線を合わせる。

 ホーは詩音の顔を覗き込んで、じっくりと彼の顔を見た。何やら疑問に思うことがある様子だ。

 彼はタバコの煙を、詩音の顔に吹き付ける。詩音は思わず煙を吸ってしまい咽てしまった。

「…コイツ、男か?女か?」

「どうだろうな…」

 フェロンは詩音の、黒革に包まれた股を、掴む様に触った。詩音は性器を一瞬強く握られたことで驚いて思わず「ひゃっ…!」と高い声を上げた。

「…付いてる」

「へぇ~…男か…随分可愛い顔してんじゃん」

 ホーはそう言いながら、詩音が腰に巻いている黒革のウエストポーチを取り外し、ポーチの中から彼のスマホを取り出した。

「おぉ、あったあった。

 これで、君のボスが君の居場所を知ることができる、そうだな?」

 ホーに質問された詩音は、口を力強く閉めて他所を向いた。

「…まぁいい。これは預かっておくよ~」

「何が目的だ、お前ら…!」詩音がそう尋ねると、ホーは一度嘲笑う様な笑い声を上げてから答えた。

「おいおい、こっちの質問には答えないで自分の質問は答えてもらえると思ってんのか?全く…」

 ホーは詩音の手を掴み、グローブを脱がし、スマホの指紋認証を解除させる。

 そして詩音のロック解除されたスマホを持ったまま、再びバーカウンターに向かいつつ口を開いた。

「チェン、”ジョー”。アイツを相手してやれ。

 お前ら好みだろ?あぁいうの」

 それを聞いたチェン、バーテンのジョーは、「分かってるねぇ~」と言いたげにニッコリと笑い、詩音に歩み寄った。

 二人は詩音の顔をマジマジと見つめる。その二人の視線は、まるで餌を前にした肉食獣の様な恐ろしさを感じた。

「良いねぇ…今まで見てきた中でもトップクラスに良い…」

 フェロンは詩音を床に落とし、ジョーが詩音の両脇から腕を入れて持ち上げる。

 ジョーの不潔さは見た目だけではなく体臭も同様のようで、彼の身体から豚小屋の様な臭いを詩音は感じ取った。

 ホーはスマホの画像フォルダを漁っており、怜奈や怜奈と共に映った写真が納められている。どれも彼女は愛らしい無邪気な笑顔を見せていた。

「これ君のおねーちゃん?この子も可愛いねぇ~」

 すると、フェロンがスマホの画面を覗いてきた。

「…この女、さっき居たぞ」

「こいつもレイジング・ブレイカーの一味か?」

「えぇ。

 フッ…無様にゴミ箱に落ちてゴミまみれになったアホな女だ。思い出しただけでも笑いが込み上げてくる」

「へぇ~、見て見たかったなそれ」

 二人の会話を聞き、詩音の逆鱗に触れる部分もあってか、彼は酷く怒り狂って、ジョーの腕を振りほどこうとより一層力強く藻掻いた。

「ッ~~!!!離せっ!!!離せよぉっ!!!ぶっ殺すッ!!!お前ら絶対に…ッ!!!このッ!!!」

 必死に暴れる詩音だったが、ジョーの脚に後ろ足で蹴りを入れてもビクともせず、ただ為すすべなく、下の階へと連れて行かれるのだった。

 ホーは詩音に聞こえるように大きな声で言う。

「安心しろ少年!お前のおねーちゃんは、そう簡単に殺しはしないさ!

 俺の部下にたっぷり()()()もらってから、息の根を止めてやるさ!!次におねーちゃんに会えるのは、天国…いや、地獄の入り口でだ!!ハッハッハッハッハッ!!!」

 ホーはそう語って、高笑いをしながら歩いていく。



 神奈川との県境を越した義也達。

 そこに本郷から電話が入り、ハンズフリーで応答する。

「どうした?」

『様子がおかしいんだ…

 詩音君からの連絡が途絶えて、彼のスマホのGPSも、同じ場所をグルグルしている…』

 それを聞いた怜奈は、愕然とした。

 嫌な予感が止まらず、想像もしたくない事が次々と脳裏を過り出していく。

 顔は次第に青くなっていき、身体が震え始める。

「へ…?」

『義也…急いでくれ…』

「…分かってる」

 義也は通話の終了ボタンを押し、運転に集中する。

 怜奈は呼吸が次第に荒くなっていく。震えた手で身体を抱きしめる。

 彼女の目には、ジワジワと涙が溢れ出そうとしていた。

「やだっ…やだよ…っ!!詩音…っ!!」

「…まだ捕まったとは限らない。諦めるな」

「…う、うん…そうだよ…ね…詩音が、捕まるわけ…ないよね…」

 一旦落ち着いた様に見えるが、怜奈は不安が全く解消されなかった。

 そして詩音だけでなく、愛里のことも気にかかる。

「…ねぇ義也(よし)さん…愛里、大丈夫だよね…?弔い合戦になったりしないよね…?」

「…アイツなら大丈夫だ…アイツも、詩音も…きっと…」

 気休めでそう言っていることを、怜奈は確信していた。

「…義也(よし)さん…私、怖い…っ!」

 再び震えてきた口でそう告げる。

「また…家族を失いたくない…!!仲間も…もう誰も、大切な人を、失いたくないよ…っ!」

 泣き叫ぶ怜奈の頭に、義也はそっと片手を置いて、優しい力加減で撫でた。

「…俺もだ」

 義也は撫でる手をハンドルに戻し、V37のアクセルを更に踏み込んで、よりスピードを上げ、詩音のスマホのGPSが示す場所に向かって行った。



 敏生はしばらく愛里のベッドの隣で座っていたが、歳のせいか、この時間は起きていられない。コーヒーか何かを摂らなければと思って立ち上がり、廊下に出た。


 すると、愛里が、ゆっくりと目を開けた。


 廊下では、篠崎が壁に寄りかかっていた。敏生は彼に声を掛ける。

「ちょっと売店に行ってくる…愛里を見ててくれ…」

「分かりました…」

 敏生は一階にある病院の売店へと向かって行き、篠崎は愛里の病室に入った。


 すると、窓が開いていた。カーテンは夜の冷たい風であおられ、部屋はかなり静かだった。


 ベッドに目をやると、そこに寝ているはずの愛里の姿が無かった。

「…はっ!!?」

 売店に向かっていた敏生だったが、大慌てな様子の篠崎が駆けつけてきた。

「どうした?」

「あっ、愛里さんが消えました…!!」

 それを聞いて敏生はキョトンとした。寝たきりのはずの我が子が、少し目を離した隙に消えたという出来事をすぐには理解できなかった。

「…何?」



〇チャプター10.拠点攻略



 義也と怜奈は、詩音のスマホのGPSが示している建物に辿り着いた。辺りに人気は無く、街灯の光が点々と地面を照らしているだけだ。

 義也はV37を隠す場所を探すためゆっくりと走っていくと、詩音のZ900が停まっているのを発見し、その隣に停めてエンジンを切る。

 二人は降車し、持ってきた武器を身に着ける。怜奈はMP5にベルトを掛け、二丁とも頭から通してベルトを身体に掛ける。

 グロックの装填を終え、義也は怜奈の方に顔を向けて言う。

「いいか怜奈…お前は詩音の安否を最優先に行動しろ」

義也(よし)さんは?」

「俺は、いつも通り動く…」

 そう言って義也は怜奈に背を向け、ビルの正面の入り口に向かって歩き始めた。

 怜奈もその後ろを歩いていく。

 建物の敷地内に入ると、二人は敵の見張りが居ないか探るために機材や車両の陰に身を潜めて辺りを見回す。

 幸い見張りは外には居ないが、ビルの入り口のガラスの向こう側に、恐らく拳銃やナイフなどの隠しやすい武器を所持しているであろう見張りが二人立っていた。

 怜奈は手前の外壁に固定されているダクトの入り口を発見した。蓋も外されており、詩音が開けたと察せられる。

 とはいえ、仮に詩音が本当に捕まっていたとしたら、この場所も連中は注視しているという可能性もある…だが怜奈は他に正面入り口以外の侵入スポットを見つけられなかったため、そこを入って行くしかない。

「私はあそこから入ってくる…

 義也(よし)さんも気をつけてね…」

「あぁ…無事を祈ってるぞ…」

 怜奈は忍び足で義也のもとから離れ、ダクトの入り口に入り、段差などを利用して登って行った。

 怜奈がダクトの中に姿を消すと、義也はゆっくりと立ち上がり、右手に持つグロックを握る力を強めて、正面の入り口へと歩き出した。



 捕えられた詩音は、ジョーに抱き抱えられてどこかに連れて行かれていた。その間にも、ジョーの脂ぎった臭く汚い手が、詩音の身体や顔を必要以上にいやらしく弄ってくる。

 詩音は、ホーが居た階より数階下にある、物置の様なゴチャゴチャとした部屋に連れ込まれた。部屋の真ん中だけはある程度片付けられ、一つの拘束台としての機能も備えられた、黒革のシーツが敷かれたベッドが置かれていた。

 詩音はベッドに寝かされ、起き上がろうとしてもジョーに両腕を押さえつけられ、その間にチェンが部屋に積まれた機材の中を漁り、黄色と黒のカラーリングの細い縄を見つけて取り出し、懐からナイフを取り出して必要な長さだけを切って持っていき、詩音の両手足を拘束台に固定させるように巻きつける。

 縄で巻きつけられた詩音は脱出をすることができなくなった。ジョーも詩音から一度離れ、ズボンを降ろす。

 ジョーは気色の悪い笑い声をして詩音に語りかける。

「久しぶりの上物な男の子だ…ヘヘッ、いい気分だぜ」

 その傍らでチェンはナイフを仕舞って代わりにスマホを取り出し、カメラアプリを起動して録画を始め、レンズを詩音に向け彼の全身を映す。

 ジョーはベッドに上がり、詩音の下半身の上に身体を載せる。そして詩音のスーツ越しの平らな胸や、女の子の様な細いくびれをまた擦り始める。

「ひっ…!!や、やめろ…っ!!」

 詩音は思わず高く悲痛な声を上げるが、その声は二人をより興奮させた。


 その頭上にある天井に、ダクトの通気口がある。

 ビルに侵入し、彼らの居る階にまで登りつめてきた怜奈が、ダクトの中で静かに匍匐前進をしながら詩音を探していた。

 詩音の声を聞いて動きを止め、声のした方へと向かって行く。

 やがて三人の居る部屋の真上に辿り着き、通気口の柵から中の様子を見下ろす。

 ジョーは詩音の上で四つん這いになり、彼の顔を荒い息を立てながら見つめる。そして詩音の頬に顔を寄せ、頬や耳を舐めようとする。詩音は顔を青くしながら嫌そうに顔を逸らしてジョーの舌から逃れようとする。

「やめろ…っ!!気持ち悪い…っ!!」

 詩音の目に、恐怖で沸き上がった涙が溢れ、黒革のシーツの上に零れ落ちる。


 その光景を目にした怜奈は、身体の奥から、強い怒りが込み上げてきた。額に青筋を浮かべ、拳を握り締める。


 ジョーは上半身を起こし、パンツの真ん中の穴から、自分の肉の棒を取り出そうとした。

 その時、怜奈が通気口の柵を勢いよく蹴り落とした。落下してきた柵はジョーの頭に激突して床に転げ落ち、ジョーは突然の激痛に悶えてベッドから転がり落ちる。

 チェンは何が起こったのか分からぬまま天井にスマホのレンズと共に向くと、怜奈が開いた通気口から飛び降り、床に倒れ込むジョーを踏み台にして着地し、唖然としながら撮影を続けるチェンに飛び掛かる。

 チェンのスマホを持つ手を蹴り飛ばし、追い打ちを仕掛ける様に彼の腹に拳を打ち込む。チェンのスマホが壁に向かって飛んでいって当たり、床に落ちて画面が割れる。それと同時にチェンの身体も床に転げ落ちる。

 踏み台にされたジョーは怒りを露わにながらユラユラと立ち上がる。

「このアマ…!!!俺を踏み台にし__」

 何かを言いかけたジョーだったが、怜奈が振り向いたと同時にジョーの頭に向かって横から勢いよく蹴りを叩き込んだ。ジョーは吹き飛ばされ、積まれた機材の上に落下する。

 怜奈は深く重い「ハーーーッ…!」という息を吐きながら、よろけながら立ち上がるジョーに、凶器的な殺意を向けて歩み寄る。

「私の可愛い弟に…その汚い手で触るなッ!!!」

 そう叫ぶ様に言って、怜奈はジョーの顔面に固く握り締めた拳を入れた。

 ジョーは更に機材に頭をぶつけて脳震盪を起こし、口や鼻から血を流しながら意識を失っていった。

 怜奈は詩音の方に振り向き、革ジャンの内側に仕込んだサバイバルナイフを取り出して駆け寄った。

「詩音…!!今縄を切るから…!!」

「う、うん…!」

 怜奈は詩音を締め付ける四か所の縄をナイフで切り落とし、詩音はすぐにベッドから降りると、怜奈はすぐに彼にギュッと抱きついて、涙ぐみながら言った。

「うぅ~…心配したんだよ~…!!」

「ご、ごめん…でも、もう大丈夫だから…ありがとう…」

 二人は抱き合うのを止めて、怜奈は詩音の身だしなみを確認した。

「銃は…取れらたよね」

「うん…」

 怜奈はグロック41を一丁取り出し、詩音に手渡した。

「武器を取り返すまで使って」

「これ45口径じゃん…」

「そっちの方が威力強くていいでしょ?」

「そうだけど…まぁいっか」

 詩音はグロックのスライドを引いて装填し、怜奈と共に部屋の扉を開け、辺りを見回した。

 すると、通路の向こうで敵の男達が慌てている声が聞こえてきた。

「一階だ!!急げ!!」「ホーに伝えろ!!客人がお越しだとな!!」

 その話の内容からして、義也も戦闘を始めた様だ。

 ふと、詩音が怜奈に尋ねた。

「義也さんと愛里さんは?」

義也(よし)さんは、多分アイツらの話からしてまだ一階に居るっぽい…

 愛里は…」

 怜奈は言葉を詰まらせた。3rdアタッカーの一人がやられるとなれば、詩音も連中に対して戦闘を躊躇するかもしれない。

 だが血の繋がった弟だけあって、怜奈のその様子を見て察した様だ。

「…とにかく行こう。

 ボスは上の方に居る」

「そうだね…とりあえず、義也(よし)さんと合流しないと…」

 二人は通路に出て、極力足音を立てないようにしつつ、グロックを構えて歩いていく。

「そしたら、詩音は外で待機だね」

「え…?」

「だって、詩音はモニターだからね…戦闘は、私と義也(よし)さんに任せて、何かあった時のために準備してて」

「…分かった」

 二人は下に通ずる階段を見つけ、下の階へと降りて行った。



 義也はグロックを構えながら、ビルの入り口に忍び歩きで近づき、ガラスの扉の前まで到達すると、勢いよく扉を蹴り飛ばした。

 その直後、見張りの男二人が咄嗟に拳銃を取り出して扉の方を向くが、その間にも義也はビルの中に素早く侵入し、最初に右手側に居る男の顔面に一発、即座に左側に銃口を向けて心臓と頭を撃ち抜いた。

 グロックにはサイレンサーを付けていないため、銃声は遠くにまで響き渡る。

 通路の奥から敵の男達がそれぞれの武器を持って襲い掛かってきた。

 ガバメントを持った男が走りながら発砲してくるが、走ってるせいもあってなかなか義也に着弾しない。義也は一瞬立ち止まってその男の胸部を狙って発砲し、グロックから放たれた45口径の弾丸が、男の心臓を突き破って身体が崩れ落ちようとすると、仕上げに頭部にも一発撃ち込んだ。

 更に倒れ込んだ男の後ろからグロック19を構えてる男が居たが、義也は即座にその男に照準を合わせて引き金を引き、左目と左頬が弾丸を突き抜けて男の顔面を半壊させた。

 十字の分かれ道に到達した直後、右手側からサバイバルナイフを持った男が現れてナイフを持った腕を振るうが、義也はその腕を左手で受け止め、右手に握ったグロックの銃口を男の腹に当てて引き金を数回引いて腹の風通しを良くすると、左手の力を抜き男が倒れると男の頭部に一発打ち込む。

 更に先を進んでいくと、ドラム缶の山や運搬途中の積み上がった機材などが端に置かれている通路に出た。

 直後、物陰に隠れていた男が上半身を現してイングラムを乱射してきた。義也は咄嗟にドラム缶の山の陰に飛び込み、イングラムがリロードを始めるのを待つ。

 だがその間にも、通ってきた通路から敵が次々とやってくる。義也は今グロックに入った残弾を全て彼らに向けて発砲すると、空になった弾倉を抜き、その弾倉を手前に居る男に投げつけて怯ませる。投げた弾倉は男の鼻を直撃し、男がよろけてる間に義也はグロックを仕舞って即座にMP5に切り替え、セーフティーを解除し、フルオートに設定し、男達に向けて弾丸をばら撒く。

 通ってきた通路からやってきた敵達を全員倒したと同時に、イングラムのリロードが始まったのか後方からの発砲音が止んだ。義也はドラム缶の山の陰から飛び出して、イングラムを持った男が身を潜めている機材の上に飛び乗り、そのままMP5の銃口を下に向けて引き金を引く。

 リロード中だった男が穴だらけになると、義也は死体を飛び越えて着地し、MP5を構えたまま先に進んでいく。



 通路を進み続けている怜奈と詩音は、早速敵の集団との交戦を繰り広げていた。

 怜奈は通路の端に積まれている木箱を勢いよく登っていき、その先で立っている男に真上から飛び掛かり、男の両肩に靴底を踏みつけて、額に銃口を当てながら押し倒し、床に倒れ込むのと同時に引き金を引く。

 すぐに顔を上に向けると何人もの男達が迫って来ていた。怜奈の後ろから詩音がグロックで援護射撃をし、怜奈は撃ち殺した男の肩をスターティングブロックの様に扱って勢いよく走り出し、迫りくる男達を二人がかりで倒していく。

 更に下の階に通ずる階段を見つけて、先行して進んでいく怜奈だったが、壁の角から突如として現れた、アンダーレールにナイフを装着したガバメントを持つ巨漢の男が、怜奈のグロックを握る腕を蹴り飛ばし、グロックは怜奈の手中から飛び出して床に落下し、直後彼女の顔面に銃口を向けた。

 グロックが手から離れてしまった怜奈は咄嗟に身を屈めて男のガバメントを持つ腕を握りつつ片足で飛び上がり、男の首に両足を掛け、クロスさせて締め上げる。

 男は締め上げてくる怜奈にガバメントの銃口を向けようとしたが、咄嗟に駆け付けてきた詩音が放ったグロックの弾丸がガバメントを弾き飛ばした。

 怜奈は男を締め上げたまま後ろに重心を掛け、男はよろけて共に階段に倒れていく。怜奈は咄嗟に身体を男の前に素早く交わして、男は背中から階段の段差に倒れて転がっていき、身体の節々を強打していく。やがて階段の踊り場に到達すると、男は何度も頭を強く打ったせいで首の骨を折って気を失っていた。怜奈は仕上げに、予備として持っていた普段から使っているグロック17を取り出してセーフティーを解除し、男の眉間を撃ち抜いた。

 そうしている間にも、下の階から次々と男達が上がってくる。怜奈は撃ち倒した男から即座に離れると、詩音が階段の太く平らな手すりに尻と足底を付けて、怜奈から受け取った、そして彼女が先程落としたグロックの二丁を構えて手すりを滑りながら降りていき、上がってくる男達に向けて容赦なく発砲し続ける。上がってきた男達はあっという間に制圧され、踊り場に着地した詩音に怜奈が駆け寄り、落としたグロックを受け取った。

「ひゅ~、ユンファみたいでカッコイイ~!」

「無駄話してる場合じゃないよ!行こう!」

「そうだね!」

 二人は再び階段を下っていく。



 義也は位置的には三階であろう場所にまで登っていた。ガラス張りの壁の向こうには、敵達の車や工事の車両などが駐車されている、地上にある広い駐車場が見える。

 グロックを構えながら進んでいくと、ガラスの壁の向かいにある白塗りの木製の扉が突如として破られ、そこから飛び出してきた男が義也に体当たりを喰らわせた。義也はそのままガラスの壁に叩きつけられた上、ガラスは砕け散り、義也は真下に停まっていた白いバンのルーフの上に落下した。幸いそこまで高い階ではない上背の高い車の上ともあって軽傷で済んだが、体当たりをしてきた巨漢で色黒の男が飛び降りてきた。義也は咄嗟にバンから降りると、巨漢の男はバンのルーフ上に着地する。バンのルーフはあっという間に酷く凹み、窓ガラスが四散する。

 立ち上がってバンから離れ、開けた場所に出た義也だったが、直後、横からライトも付けずに迫ってきたセダン車に気づく。咄嗟に受け身を取って敢えてセダン車に撥ねられ、コンクリートの地面に叩きつけられると倒れ込んだ状態のままグロックを構えてセダン車のタイヤを撃ち抜く。セダン車はサイドターンをして再び義也を轢こうとしたようだが、グロックの弾丸がタイヤを破裂させ制御が効かなくなり、セダン車は他の駐車車両に激突して静止した。

 飛び降りてきた巨漢の男が義也の胸倉を掴んで、彼の顔面を殴りつける。義也は男の脚にグロックの銃口を当てて発砲し、男はよろけて全身の力が抜け、男の手から離された義也は彼を蹴り飛ばす。そこにもう一台の敵の車がやってきて、運悪く巨漢の男を撥ね飛ばした。フロントはひしゃげ、フロントウィンドウに男が転がり込んでガラスを割り、着地した義也は運転手目掛けて発砲し、弾丸は運転手の頭に突き刺さって、この車もまた制御を失って、ルーフが潰されたバンに衝突して静止する。

 先程タイヤを撃たれて駐車車両にぶつかったセダン車の運転席から、また敵の男が現れ、義也に向けてイングラムを乱射する。義也は咄嗟に、近くに停まっている泥まみれのダンプカーの陰に飛び込み、グロックのリロードを行う。

 すると、ダンプカーの下から、ピンの抜かれた手榴弾が転がってきた。イングラムを持った男が転がしてきたのだ。義也はすぐにダンプカーから離れ、手前に停まっていた車に飛び上がってボンネットを踏み越えて、再び開けた場所に出る。その途端、手榴弾は炸裂し、ダンプカーと義也がボンネットを踏みつけた車は爆発に巻き込まれて大破した。

 開けた場所に出た義也はすぐにイングラムを構える男に向けてグロックを発砲する。男は近くに停まっている車に隠れ、また手榴弾を懐から取り出してピンを抜き、義也の方に投げつけようとする。

 だがその直後、体当たりで割れたガラスの壁の穴から、怜奈が手榴弾に向けてMP5を発砲した。弾丸は男の顔や腕、そして手榴弾に命中し、炸裂した手榴弾は男と、彼が身を隠すのに使っていた車を吹き飛ばした。

 義也は怜奈の方を見る。彼女の後ろに詩音が姿を見せたことに気づき、義也は「よくやった」と言わんばかりに小さくグッドサインを見せた。怜奈はそのハンドサインに目いっぱいの笑顔とピースサインを見せて応えた。


 義也は自分が作り上げた死体まみれの道を再び駆けつつ、怜奈と詩音と合流した。詩音が無事な様で、義也は安堵の息を漏らした。

「無事でよかった…」

「えぇ…」

「詩音くんは、ひとまずここを出て待機だ。

 本郷さんが心配していた。急いで連絡してやれ」

「はい…!

 あとは任せます!」

 詩音は二人に背を向け、建物の出口へと向かって行った。

 詩音を見送った二人は、今度はホーが居る場所へと向かい始めた。

「詩音から敵の話は何かあったか?」

「ボスの名前はホー、だって。目的は分かんないって」

「そうか…まぁ何はともあれ、倒すのには変わりない。行くぞ」

「うん!!」怜奈は詩音の無事を知ったのもあってか、かなり元気になっていた。



 ホーはまだバーで酒を飲んでいる。詩音にバーテン役を回したため自分で酒瓶を取ってグラスに氷を入れて注いでいる。

 すると、部下の一人である男が駆けつけてきた。

「ホー!!敵はさっき捕まえた男のガキ含めて三人だ!!」

 それを聞いてホーは眉間に皺を寄せた。

「はぁ?じゃあ乗り込んできたのは二人か?もっと大所帯で来ると思ったんだがなぁ…

 …まぁいい。全員始末しておけ」

「分かった!!おいお前ら、行くぞ!!」後ろに居た部下の集団に男は言い放って、そのまま下の階へと向かって行った。



 義也と怜奈は、順調にビルを制覇していった。ビルの中間地点まで登りつめ、道中の敵達を次々と葬り去っていく。

 やがて敵の数が激減していく。これまで作り上げた屍の道に積み重ねられた死体の山がそれを物語っていた。

 用意してきた銃は弾丸が尽きた物もあり、二人はそれぞれ敵の死体が持っていた銃を持ち出して使っている。義也はガバメントの弾丸を抜き取ってグロックの弾倉に入れ、MP5からモスバーグ590Mマグ-フェドに持ち替えている。怜奈はグロックを捨て二丁のガバメントに、MP5から二丁のイングラムに持ち替えている。

 義也がモスバーグ、怜奈がイングラム二丁を構えながら、更に上に通ずる階段を登り始めたその時、上階から弾幕の嵐が降り注いだ。

「危ないッ!!」

「きゃぁっ!!?」

 先行していた義也は咄嗟に怜奈を覆いかぶさるように抱き抱えて階段を勢いよく降りていく。

 上階から、ドラムマガジンを装着したH&KG36二丁を、それぞれ片手で持ちながら悠々と歩くフェロンが、ゆっくりと降りてきた。

「ちょこまかと…しぶとい連中だ…」フェロンはそう呟きながら、鋭い眼光で辺りを見回す。

 そして再び二人を視界に捉えると、即座に銃口を向けて乱射する。二人は二手に分かれて逃げ、義也はフェロンから見て右手側にある機材の山の陰、左手側にあるドラム缶の山とフォークリフトの陰に身を潜めた。

 フェロンが階段を下り終えて二人の間に立つと、怜奈は上の方にあるドラム缶を片手で押して落とす。その直後、フェロンは怜奈の方にG36を乱射する。ドラム缶に次々と風穴が開いていき、怜奈はフォークリフトの陰に身体を隠す。

 その間、怜奈に気を取られているフェロンに向け義也が彼の後方からモスバーグを発砲する。だがフェロンに放った弾丸は背中、ごく一部が首を掠ったものの、主に被弾した背中には防弾チョッキのプレートが弾丸を防いだ。

 フェロンは振り向くと同時に、義也に向かってG36を乱射する。身を隠すのに使っていた機材が破壊されていき、やがて風穴が開いて義也の頬や肩を掠める。

 怜奈はフェロンが自分に背を向けている間に、フォークリフトの隙間からイングラムを乱射するが、数発撃つと運悪くイングラムは給弾不良を起こして詰まり、更に放った弾丸はフェロンに当たらなかった。

「うっそ…__」

 その直後、フェロンは再び怜奈に向けてG36を乱射する。フォークリフトの燃料タンクが被弾してガソリンが漏れ出て、他の弾丸がボディと接触して発生した火花がガソリンに降り注いで引火する。

 それに気づいた怜奈は咄嗟にフォークリフトから離れると、ガソリンは爆発して炎に包まれ、爆風が怜奈の後方から襲い掛かり彼女の身体を吹き飛ばす。

「あぁっ…!!」

 床に叩きつけれられた怜奈はイングラムを手放してしまい、彼女の身体は壁に叩きつけられる。

 フェロンはG36の弾丸が尽きてマガジンをG36から自重で落とすが、その直後、義也がハチの巣になった機材の山から飛び出し、モスバーグを彼に向けて乱射する。フェロンはモスバーグの弾丸を胴体に受けるが、こちらもプレートで防がれる。

 義也のモスバーグも弾丸が尽き、彼はフェロンに向けてモスバーグを投げつけ、そのまま床を滑りながらフェロンの脚を蹴り飛ばそうとする。フェロンは投げつけられたモスバーグを弾くと同時にG36二丁を迷いなく手放し、迫りくる義也の蹴りの脚を両手で掴んで持ち上げ、彼を床に力強く叩きつけた。

「がっ…!!」

 そして彼の脚を握ったまま、彼を壁に向かって投げつけた。義也の背中に、壁の角がめり込む。床に落ちた義也は背中からの激痛に悶え、苦し気な吐息を上げる。

 怜奈は身体の節々から伝わってくる激痛に耐えながらも立ち上がり、二人の方に駆け寄り、義也が投げつけたモスバーグを拾い上げ、野球のバットの用に銃身を握って、フェロンの後頭部にストックを叩きつける。だがやはりフェロンはびくともしない。

 もう一度彼の後頭部を叩きつけようと振りかぶったが、フェロンは振り向きもせずに、再び迫りくるモスバーグのストックを片手で受け止め、勢いよく引っ張ると、怜奈の身体がフェロンの真横に行き、フェロンはモスバーグを手放し、真下に来た怜奈の背中に強烈な肘打ちを喰らわせる。

「ぐぁっ…!!」

 怜奈が勢いよく床に叩きつけられ、フェロンは彼女の頭を踏みつけようとする。その脚を義也が飛びついて掴み、フェロンは義也を振り払おうとする。

 すると、振り払われようと揺すられた影響か、はたまた義也が意図的に落ちやすくしたのかは不明だが、義也のベレッタが彼の上着から抜け、怜奈の手元に落ちる。

 それに気づいた怜奈はすぐにベレッタを手に取って握り、セーフティーを解除し、即座に銃口をフェロンに向ける。向かった先はフェロンの顎の下だった。

 その瞬間怜奈は引き金を引いた。9mmの弾丸はフェロンの右頬を抉り、更にもう一発発砲すると、今度は彼の右肩、そして更にもう一発が、防弾のプレートの無い首の関節部分に命中し、フェロンの首から赤黒い血潮が噴き出した。

「がぁ゛ぁ゛っ゛…!!!」

 怜奈に三発、それも二発身体を抉る様な威力を与えられたフェロンは流石に怯み、血が噴き出す首の傷口を両手で押さえ、大きな隙が生じる。義也は床に足を付け、全身の力を両腕に込めて、フェロンの身体を持ち上げる様に上に向かって引っ張り、彼の身体を床に倒す。

 フェロンは突然、血まみれの左手を背中に回すと、服の下に隠していたH&K USPを取り出し、義也の顔面に向けようとしたが、怜奈がそれに素早く対処し、ベレッタの弾丸をフェロンの腕に喰らわせる。その弾丸は、プレートの入っていない関節部分に命中して貫通した。

 腕を撃ち抜かれたフェロンは全身の力が抜け、USPを落とし、重々しい呻き声を上げると、プツリと意識が途切れた。

 辺りに静寂が訪れると、義也はフェロンの脚から手を離し、彼の脈を測る。首からの出血が酷すぎるためか、絶命していた。

 義也は立ち上がり、怜奈に駆け寄り手を差し出す。

「立てるか?」

「うん…!」

 怜奈は義也の手を取って立ち上がり、息絶えたフェロンを冷たい眼差しで見つめると、フェロンが落としたUSPを拾い上げる。

 義也はフェロンの衣服を探り、弾丸が詰め込まれたG36の予備弾倉を抜き取り、G36一丁を拾い上げ、空の弾倉と交換する。

 準備が終わると、二人は上に繋がる階段を見つめる。

「…そろそろ、ボスのおでましかな?」

「そうだな…行くぞ」

 義也が堂々とした足取りで先導し、階段を登り始める。怜奈も彼の背中を追って、階段を上がっていった。


 その後ろから、おぼつかない足取りをした人物が、二人の後を追うように歩いていることに、誰も気づいていない。

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