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第五話 誰かの希望 光の先へ

 戦いは終わった。


 だが、勝利の喜びに湧く者はいなかった。


 燃え残った森の香りと、血と鉄の匂いが入り混じる夕暮れ。

 風が吹いても、誰の心も洗い流せはしない。


 カイルは、ぼろぼろになった身体を起こし、ゆっくりと歩き出す。

 広場。そこには、仲間たちがけが人の手当てをしていた。


「……守ったんだな、俺は」


 呟いた言葉に、答える者はいなかった。

 だが、誰もがその背中を見ていた。

 かつて死に場所を求めていた男が、今、命を守るために立っていた。



 夜。

 村の片隅、小さな焚き火の前で、カイルとリリィは向かい合っていた。


 炎が、リリィの頬を柔らかく照らす。

 彼女の瞳には、もう迷いがなかった。


「カイル、あなたは、まだ“戦う理由”を探してるの?」


「……あぁ。けどな、少しだけ分かった気がする」


 彼は空を仰ぐ。

 星がひとつ、瞬いた。


「誰かのために剣を振るうってのは、別に“正義”とか“大義”なんかじゃなくていい。

 そこに立ってる“お前”がいるから、それだけでいい気がする」


 リリィの目がわずかに見開かれる。

 照れ隠しのように、彼は苦笑して続けた。


「……ったく、何言ってんだ俺。似合わねぇな」


「ううん……似合ってるよ」


 リリィは、ふっと微笑んだ。

 その笑顔は、どこか懐かしさを連れてきた。


 かつて、ユナが最後に見せた微笑み。

 それと同じ温もりを、リリィの中に見た。


「私は……カイルがそうやって生きてくれるなら、それが希望になると思う」


「俺が……希望?」


「うん。あなた自身が気づいてないだけで、ずっと誰かの光だったんだよ。

 あの日、私を助けてくれたみたいに——。

 誰もが、あなたの剣に背中を預けてた」


 カイルは何も言えなかった。

 胸の奥が熱く、痛くなる。


 だけど、その痛みはもう、傷ではなかった。


 失ったものを悼む痛みではなく、

 今あるものを大切にしたいと思える痛みだった。



 その夜、彼は一人、丘に登った。

 ペンダントを胸元で握りしめ、風に吹かれる。


「ユナ……お前の言ってた“光”ってのが、これなのかもしれねぇな」


 星空が広がっていた。

 あの日、焼け落ちた村の空とは、まるで違う。


「……俺は生きる。もう、あの日の俺には戻らねぇ。

 リリィが、そう言ってくれたから。

 だから——もう少しだけ、この世界を見てみたい」


 風が吹いた。

 ペンダントが、かすかに揺れる。


 まるで彼女が、微笑んで頷いたかのように。





 新しい朝が訪れた。

 

 ここでの戦いは終わったのだ。

 だが、痛みが消えるわけではない。

 それでも人は、生きていく。


「出発するんだって?」


 カイルが背中に剣を背負い、門を出ようとしていた時、リリィが声をかけた。


「もう、ここに未練はねぇ。……いや、違うな。

 “未練”があるから、ちゃんと歩き出さなきゃいけねぇって思った」


 彼はそう言って、リリィに向き直る。


「この剣は、誰かを守るためのものだ。未来のために使いたい。

 ……それが、きっと俺の戦う意味なんだろうな」


 リリィは黙って頷いた。

 その目には、誇らしさと少しの寂しさが混じっていた。


「一人で行くの? 」


「……いや、できれば一緒に来てほしい」


 カイルの言葉に、リリィは目を見開く。


「お前の魔法があるなら、どんな敵が出てきても負ける気がしねぇ。

 なにより……お前と一緒なら、歩く道も少しはましに思える」


 言い終えると、彼は照れくさそうに目をそらした。


 するとリリィは、くすっと笑って言った。


「……ほんと、口下手なんだから。

 でも、嬉しい。もちろん行くよ。

 だって私も、あなたのそばにいたいから」


 風が吹いた。

 ふたりの間にあった距離が、音もなく溶けていく。



 旅立ちの日。

 カイルは最後にもう一度だけ、振り返った。


 そこには、戦火を乗り越えた命と絆が残っていた。

 そして、かつて少年だった彼が“守りたかったもの”が、確かにあった。


 握る剣に、かつての重さはなかった。

 それはもう、“死”のための武器ではなく、

 “生”のための道具になっていた。


 歩き出す。

 リリィとともに。


 どこかにあるまだ見ぬ未来を、ふたりで探すために。


 光の先へ——。


 ~終~

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