第五話 誰かの希望 光の先へ
戦いは終わった。
だが、勝利の喜びに湧く者はいなかった。
燃え残った森の香りと、血と鉄の匂いが入り混じる夕暮れ。
風が吹いても、誰の心も洗い流せはしない。
カイルは、ぼろぼろになった身体を起こし、ゆっくりと歩き出す。
広場。そこには、仲間たちがけが人の手当てをしていた。
「……守ったんだな、俺は」
呟いた言葉に、答える者はいなかった。
だが、誰もがその背中を見ていた。
かつて死に場所を求めていた男が、今、命を守るために立っていた。
*
夜。
村の片隅、小さな焚き火の前で、カイルとリリィは向かい合っていた。
炎が、リリィの頬を柔らかく照らす。
彼女の瞳には、もう迷いがなかった。
「カイル、あなたは、まだ“戦う理由”を探してるの?」
「……あぁ。けどな、少しだけ分かった気がする」
彼は空を仰ぐ。
星がひとつ、瞬いた。
「誰かのために剣を振るうってのは、別に“正義”とか“大義”なんかじゃなくていい。
そこに立ってる“お前”がいるから、それだけでいい気がする」
リリィの目がわずかに見開かれる。
照れ隠しのように、彼は苦笑して続けた。
「……ったく、何言ってんだ俺。似合わねぇな」
「ううん……似合ってるよ」
リリィは、ふっと微笑んだ。
その笑顔は、どこか懐かしさを連れてきた。
かつて、ユナが最後に見せた微笑み。
それと同じ温もりを、リリィの中に見た。
「私は……カイルがそうやって生きてくれるなら、それが希望になると思う」
「俺が……希望?」
「うん。あなた自身が気づいてないだけで、ずっと誰かの光だったんだよ。
あの日、私を助けてくれたみたいに——。
誰もが、あなたの剣に背中を預けてた」
カイルは何も言えなかった。
胸の奥が熱く、痛くなる。
だけど、その痛みはもう、傷ではなかった。
失ったものを悼む痛みではなく、
今あるものを大切にしたいと思える痛みだった。
*
その夜、彼は一人、丘に登った。
ペンダントを胸元で握りしめ、風に吹かれる。
「ユナ……お前の言ってた“光”ってのが、これなのかもしれねぇな」
星空が広がっていた。
あの日、焼け落ちた村の空とは、まるで違う。
「……俺は生きる。もう、あの日の俺には戻らねぇ。
リリィが、そう言ってくれたから。
だから——もう少しだけ、この世界を見てみたい」
風が吹いた。
ペンダントが、かすかに揺れる。
まるで彼女が、微笑んで頷いたかのように。
新しい朝が訪れた。
ここでの戦いは終わったのだ。
だが、痛みが消えるわけではない。
それでも人は、生きていく。
「出発するんだって?」
カイルが背中に剣を背負い、門を出ようとしていた時、リリィが声をかけた。
「もう、ここに未練はねぇ。……いや、違うな。
“未練”があるから、ちゃんと歩き出さなきゃいけねぇって思った」
彼はそう言って、リリィに向き直る。
「この剣は、誰かを守るためのものだ。未来のために使いたい。
……それが、きっと俺の戦う意味なんだろうな」
リリィは黙って頷いた。
その目には、誇らしさと少しの寂しさが混じっていた。
「一人で行くの? 」
「……いや、できれば一緒に来てほしい」
カイルの言葉に、リリィは目を見開く。
「お前の魔法があるなら、どんな敵が出てきても負ける気がしねぇ。
なにより……お前と一緒なら、歩く道も少しはましに思える」
言い終えると、彼は照れくさそうに目をそらした。
するとリリィは、くすっと笑って言った。
「……ほんと、口下手なんだから。
でも、嬉しい。もちろん行くよ。
だって私も、あなたのそばにいたいから」
風が吹いた。
ふたりの間にあった距離が、音もなく溶けていく。
*
旅立ちの日。
カイルは最後にもう一度だけ、振り返った。
そこには、戦火を乗り越えた命と絆が残っていた。
そして、かつて少年だった彼が“守りたかったもの”が、確かにあった。
握る剣に、かつての重さはなかった。
それはもう、“死”のための武器ではなく、
“生”のための道具になっていた。
歩き出す。
リリィとともに。
どこかにあるまだ見ぬ未来を、ふたりで探すために。
光の先へ——。
~終~