第四話 決意の剣
乾いた風が、大地をなぞるように吹き抜けた。
平穏な朝。
だが、その静けさは突然に破られた。
「敵襲だッ! 全員、武器を取れ!!」
斥候の怒鳴り声が響いた次の瞬間、森の奥から黒煙が上がった。
地面が震え、獣のような咆哮とともに敵の奇襲部隊が姿を現す。
漆黒の装甲、赤い目。——機械と魔法の融合兵。
「くそっ……! まさか、ここまで来るとは!」
カイルは剣を手に取り、即座に前線へ向かった。
——そのときだった。
「きゃっ……! リリィ!!」
背後から、少女の悲鳴がした。
振り返ると、斜面から転げ落ちたリリィが、一体のグレイヴ・ハウンドに狙われていた。
目の前の敵か、背後のリリィか。
判断は、一瞬だった。
「……っ、あああああああっ!!」
カイルは叫び、脚を逆方向へ蹴り出した。
その剣は、一秒でも遅ければ届かなかっただろう。
だが彼の剣は、唸りを上げて獣の首を断ち切る。
金属が破裂する音とともに、グレイヴ・ハウンドは沈黙した。
リリィは地面に尻餅をつき、呆然とカイルを見上げていた。
「カイル……あなた、どうして……」
「うるせぇ……何でだとか、俺が一番分かんねぇよ……!」
彼は荒く息をつきながら、リリィの腕を引っ張り立ち上がらせた。
「下がってろ。次は、守れないかもしれねぇから」
そう言い残し、カイルは振り向きざまに剣を構える。
怒涛のように押し寄せる獣たち。その先頭に立ち、彼は一人きりで立ちはだかった。
*
剣が、風を切る。
数の差は歴然。だが、カイルの剣筋には迷いがなかった。
かつては、誰のためでもない。
ただ、自分の痛みを埋めるためだけに剣を振った。
だが今——
「俺は……もう、見捨てねぇ」
血に濡れた手で、彼は過去を断ち切る。
自分自身が踏み越えた屍と悲しみを超えて、
ようやくたどり着いた、“守りたい”という本能。
次々と押し寄せる敵を斬り裂きながら、彼の背中は誰よりも大きかった。
「前線、下がるな! カイルが壁を作ってくれてる!
リリィ! こっちは任せて、魔法支援を頼む!」
味方の声が飛ぶ。
そして、リリィの声がそれに重なる。
「分かった! カイルの背中は、私が守る!!」
彼女の両手から放たれた光の魔法が、前方を照らす。
炎と雷が、敵を焼き払う。
まるで彼女の決意と感情が、そのまま魔法となって放たれているかのように。
そして、カイルの剣がそれに重なる。
一閃。鋼を断ち、敵を穿つ。
それは、“絶望に抗う者”の剣だった。
*
戦いが終わったころ、丘の上には夕陽が沈みかけていた。
倒れたカイルのそばに、リリィが駆け寄る。
血に染まった服。傷だらけの身体。
けれど、その表情にはどこか安堵があった。
「……なんだよ、その顔。泣いてねぇで、笑ってろよ」
「……うん。でも、泣いてもいい時もあるんだよ」
リリィがそっと、カイルの手を握る。
あの日、ユナが届かなかったその手を。
今、誰かが繋いでくれている。
カイルの胸の奥で、何かがまた、静かに熱を帯びた。