第三話 壊れた過去
風が吹くたび、乾いた土の香りが舞い上がる。
この大地には、数えきれないほどの戦いが刻まれている。
血と悲鳴の記憶に満ちた土地。
そして、その中に——カイルの過去もあった。
*
「カイル、逃げて! もう無理よ!」
甲高い少女の叫びが、耳の奥で反響する。
——ユナ。
戦争で親を失い、カイルの唯一の家族だった少女。
その日、村が焼かれた。
帝国と反乱軍の衝突は、まだ子どもだった彼らの住む小さな村にまで波及し、無慈悲にすべてを奪った。
武器を持たぬ民たちは、ただ巻き込まれ、ただ消えた。
焼けた瓦礫の中で、彼女の手を引いて走った。
しかし、足元に落ちた砲弾が、すべてを分けた。
ユナの小さな身体が、鮮血に染まる。
瞳だけがこちらを見ていた。——何も言わず、ただ、微笑んでいた。
「……泣かないで、カイル。私、怖くないから」
「やめろ……喋るな……!」
「きっとあなたは、誰かの光になれる……。私……信じてる……」
その言葉を最後に、彼女の瞳は閉じた。
カイルの中で、何かが崩れ落ちた瞬間だった。
*
それ以来、彼は感情を捨てた。
“誰かの光”になんて、なれるはずがなかった。
光を信じたユナは死に、残ったのは燃え尽きた灰だけだった。
憎しみを糧に、戦場へ出た。
ただ、殺すために剣を振った。
自分自身を燃やし尽くすように、命令されなくても突っ込んだ。
生き残るたびに、自分が「壊れた道具」であることを思い知った。
「……感情なんてものは、邪魔だ」
誰にも言わず、心の奥で何度もそう繰り返した。
けれど、あの夜——
リリィの涙と、言葉と、熱。
それが、凍りついた彼の奥に届いた。
届いてしまった。
だから今、ユナの最後の笑顔が、鮮明に思い出される。
「……光、か……」
その言葉に、皮肉すら浮かばなかった。
代わりに胸に広がるのは、得体の知れない痛み。
もし、もう一度誰かを信じることができたら。
もし、もう一度手を伸ばすことができたなら——
「それが、贖いになるかは分からないけどな……」
*
「おーい、カイルー! もう朝ごはんできてるよー!」
リリィの明るい声が、丘の上から響いてくる。
振り返ると、太陽の下で金髪が揺れ、彼女が手を振っていた。
何も変わらない笑顔。
でも、それがカイルにとっては「変わり始めた」証だった。
彼はそっと、胸ポケットから小さなペンダントを取り出す。
ユナの形見。かすれた金の羽根飾りがついている。
——きっと、もう許されることはない。
——それでも、生きる意味を探してみたいと思った。
「待ってろ、バカ女」
そう言って、彼は丘を登っていく。
風が、あの日とは違う香りで吹き抜けた。