第八話:目覚めの瞬間
警報音が鳴り響き、研究施設の床が低く震えた。
天井からスチームが吹き出し、赤い警告灯が激しく点滅する。
廊下の奥から、黒い装甲に身を包んだ戦闘兵たちが現れた。
無機質な動きで銃を構え、一斉にこちらへ向かってくる。
「……迎撃部隊か」
正一が舌打ちしながら、手にした銃を構える。
兵士たちは無言で銃を構え、攻撃してくる。
「ッチ……!」
正一が舌打ちし、すぐに銃を構える。
怒涛の銃撃音が響いた。
正一は美秀と沙羅を庇い、壁際に飛び込む。
「ここじゃ不利だ、移動するぞ!」
「でも、まだ!」
美秀が叫びかけた、その瞬間。
「もう終わりにしよう」
静かで、冷たい声が響いた。
美秀の全身が震える。
顔を上げるとあの男が立っていた。
「クロノス......!」
美秀の瞳が大きく見開かれる。
エヴァルスは薄く笑い、一歩後ろに下がった。
「やはり君の運命は決まっていた」
クロノスはゆっくりと足を踏み出しながら、美秀を見つめる。
「ゴールドメイデン。
君の能力を受けたことで、私のカースドは更に進化した」
その声には、温度も感情もなかった。
まるで時間そのものが形を成したような存在感。
正一が美秀の前に立つ。
「……お前とはここで決着をつける」
クロノスの口元がわずかに歪む。
「時間の眼、レイヴンズサイトか。
君については調べさせてもらった。
……だが、時間の支配者に届くか?
次の瞬間、空間が歪んだ。
「っ……!!」
視界が揺れる。
まるで世界が引き裂かれるような感覚。
クロノスの姿が一瞬消えた。
そして次の瞬間、正一の目の前に現れていた。
「遅い」
「クソッ……!」
正一は即座に銃を撃った。
だが、弾丸は途中で消えた。
(消えた!?
そんな未来は視えてなかった......!?
いや、違う......撃った時間自体を消されたのか......!?)
クロノスの拳が、無慈悲に正一に打ち据える。
「ぐっ……!!」
正一の体が吹き飛び、壁に叩きつけられた。
美秀が悲鳴を上げる。
「正一!!」
クロノスは、淡々と告げる。
「時間の支配……。
それが、クロノスオーダーの新たなる力。
この領域に踏み込んだ瞬間から、過去も未来も私のものだ。
お前たちの攻撃も、意識も、存在すら......この支配の中では、すべて無意味だ」
言葉と同時に、クロノスの体から淡い光が溢れ出す。
その光は空間そのものに滲み、見えない波紋となって広がっていく。
沙羅が端末を睨みつけ、必死に操作するが、顔が青ざめる。
「……ダメ、クロノスの時間領域が急速に拡張してる!
この領域の中では、私たちの時間の流れが徐々に侵食されていく……!」
沙羅の声は震えていた。
「ここにいるだけで、今が奪われる。
あと数分で私たちの存在そのものが、彼の時間に取り込まれるわ……!」
美秀は震える手でクロノスを見つめた。
冷たい絶望のような力が、確かにこの場を覆い始めているのを感じる。
(私は……どうする?
私は何のためにここに来たの?)
「さあ、ゴールドメイデン。
君の力をいただこうか......」
エヴァルスが不気味に微笑み、美秀へと近づく。
その瞬間、美秀の中に、鮮烈な光景が流れ込んだ。
フラッシュのように、過去の映像が次々と焼き付く。
「お前は単なるパーツだ」
「クロノスのための部品だ」
「感情も、意志も必要ない」
「運命には逆らえない」
嫌だ……!
胸の奥が焼けるように熱くなり、感情が一気に噴き出す。
「私は部品なんかじゃない!」
美秀は震える唇を噛み締め、絞り出すように叫んだ。
「私は……自分の意志で、ここに来た!」
その瞬間、美秀の周囲の空間が震えた。
まるで時間そのものが、彼女の意志に反応したかのように。
クロノスが、わずかに目を見開く。
「……目覚めるのか、ゴールドメイデン」
エヴァルスが驚愕の声を漏らす。
「バカな……まだ完全には仕上がっていないはず……!」
その瞬間、美秀の周囲の空間が震え、光と共に耳鳴りのような音が響く。
空間がきしみ、時間の流れがわずかに逆巻いた。
まるで、世界が美秀の意志に従おうとしているかのように。
そして、美秀の体から放たれる光が、クロノスの領域をわずかに押し返し始めていた。
美秀は強く拳を握りしめる。
「私は私の意志で戦う。
誰の道具にもならない……!」
正一が、血を流しながらも薄く笑う。
「……いいぞ、美秀。
お前の未来を、奪わせるな……!」