第五話:運命の反逆者
倉庫の静寂を破るように、遠くでサイレンの音が響いた。
正一は銃をホルスターに収めながら、沙羅を睨む。
「……このままここにいるのはマズいな」
沙羅は無表情のまま頷いた。
「ええ、エントロピーはあなた達を血眼になってさがしているはず。
見つかるのは時間の問題ね」
正一は美秀に目を向けた。
彼女は俯いたまま拳を握りしめている。
その肩は小さく震え、今にも崩れそうな危うさを纏っていた。
(……相当ショックを受けてるな)
無理もない。
自分が作られた存在であり、クロノス完成のための部品だと告げられたのだから。
その上、これまでの人生が偽りだったとまで。
「おい、早乙女美秀」
美秀はビクッと肩を震わせ、ゆっくり顔を上げる。
その目は揺れていたが、どこかに決意の光が宿り始めていた。
「……私は……部品なんかじゃない。
……私の人生は、偽りなんかじゃない」
震える声だったが、その言葉には確かな力があった。
正一は美秀の肩を強く叩き、ニヤリと笑った。
「当然だ。
だからこそ、お前の意思で決めろ。
逃げるのか、戦うのか」
美秀は強く拳を握る。
沙羅が、どこか柔らかい微笑を浮かべた。
「そうね。
それを証明するのはあなた自身よ。
......あなたなら、きっと」
「その前に、ここを出るぞ」
正一は二人に向かって言い、倉庫の出口へと歩き出した。
その瞬間、殺気が走る。
正一は即座に銃を抜き、美秀を背後へ下がらせた。
空気が張り詰める。
倉庫の入口に、一人の男が立っていた。
以前戦った、重力を操る男だった。
「グラヴィタス……」
沙羅が警戒しながら名を呼び、後ずさる。
(エントロピーの中でも屈指の戦闘力を持つ。
重力操作のカースドを持つ男......)
グラヴィタスと呼ばれたその男は一歩、静かに足を踏み出し、手を前へとかざした。
「......ッ!」
正一は反射的に美秀を抱え、横へ跳ぶ。
次の瞬間、二人がいた場所が音もなく押し潰される。
床も、壁も、空間そのものが重力で捻じ曲げられていた。
正一は、すかさずグラヴィタスへ向けて弾丸を放った。
だが、グラヴィタスは一歩も動かない。
手をかざし、弾丸を空中で止めた。
(……重力の壁か!?)
その弾丸は、まるで世界に見放されたように停止した。
次の瞬間、捻じれた空間ごと、正一へ向けて跳ね返された。
「ッ!」
正一は咄嗟に身を翻し、紙一重で回避する。
鋭い音を立てて弾丸が背後の壁を穿った。
グラヴィタスは静かに呟いた。
「ゴールドメイデンを回収する」
その視線が、美秀を捉える。
美秀の体が震える。
「抵抗は無駄だ」
正一は銃を構え直し、低く呟いた。
「……そいつはどうかな」
グラヴィタスが冷たい瞳で正一を見た。
「SDのレイヴン、貴様は排除対象だ......!」
次の瞬間、空間が重く歪んだ。
全身を押し潰す重力の奔流が押し寄せる。
「来るな、美秀!」
正一は即座に美秀を弾き飛ばし、自らはその場に踏みとどまる。
未来視で、見えていた。
(重力の中心を見誤れば一撃で終わる。だが、あの一点だけが抜け道だ)
グラヴィタスの重力操作は強力だが、完璧ではない。
手のひらで制御するがゆえに、空間のどこかに死角が生まれる。
それを瞬時に見抜く。
正一の目が細められる。
数秒先の未来が流れ込む。
(俺の能力、レイヴンズサイトなら......)
脳裏に鮮明に描かれる未来の光景。
3秒後、グラヴィタスの最大出力が放たれる。
その瞬間、やつの肩がわずかに揺れる。
(……撃つなら、そこだ)
「上から潰しに来るか。
だが、悪いな。」
正一は、死地に足を止める。
「その未来は見えていたぜ」
正一はあえて動かず、グラヴィタスの出力が最大になるその瞬間まで待った。
普通の人間なら耐えきれず、動いてしまう。
だが、正一は違った。
未来視だけじゃない。
場数と経験が、動くべき瞬間を教えてくれる。
「今だッ!」
未来の映像通り、正一は地を蹴る。
まるで重力を滑るように、ただ一点の抜け道へ飛び込む。
「無駄だ」
グラヴィタスが重力を再展開するが、正一の動きは一瞬早い。
「その未来は読めていたぜ」
正一は間合いを詰め、至近距離で銃口を突きつける。
1秒後、グラヴィタスが反応する未来。
だが、その1秒で撃ち抜ける。
「悪いな、俺の勝ちだ」
銃声が響く。
弾丸は重力壁の発生前に、グラヴィタスの身体を撃ち抜いた。
グラヴィタスの動きが止まる。
正一は息を荒げながら、銃を下ろした。
「力任せじゃ勝てねぇんだよ……。
勝負を決めるのは、どこで動くかだ」
美秀が呆然と正一を見つめた。
「……どうして、まるで相手の動きがわかっていたような動き……」
正一は鼻で笑う。
「レイヴンズサイト。
数秒先の未来が視える、俺の能力だ」
「未来が……」
「だが、視えただけじゃ意味はねぇ。
問題は、その未来をどう選ぶかだ」
正一の言葉に、美秀は息を呑んだ。
沙羅は静かに呟く。
「……さすがレイヴン。
SDの中でも、戦闘センスとカースドの適正は群を抜いてるって噂は本当だったのね......」
そこで、沙羅はほんのわずかに視線を落とし、続けた。
「だから、私はあなたに託したの。
……あの子を……絶対に」
正一は美秀を見つめる。
「……お前が部品かどうかなんて、他人が決めることじゃねぇ。
この先どう生きるかは、お前が決めろ。
どんな存在でも……選ぶことだけは、誰にも奪わせねぇ」
美秀は驚いたように正一を見つめる。
「俺はそうやって生きてきた。
だから……お前も、もう誰かの言いなりになるな。
俺も協力する。
一緒に、未来を選ぶんだ」
その言葉に、美秀の目には確かな決意が宿った。
「……エントロピーを倒す。
私の意志で」
正一はニヤリと笑い、拳を軽くぶつけた。
「上等だ。
早乙女 美秀は部品なんかじゃねぇってことを証明してやろうぜ。
運命を全部ぶっ壊してな」