過去4 15歳のラウラ2
「全然かまわないよ、僕が先に雑談をしたのがいけないんだ。では、簡単な自己紹介でもしてくれるかな」
「はい、ありがとうございます。私はラウラ・ストラールと申します。学校を卒業したばかりですが、薬草の知識と治療薬づくりには自信があります」
「ほう……では、これは?」
男はそう言いながら、突然胸ポケットから薬草を取り出した。
少し萎れているが、特徴ある葉の形をしている。
あれは毒消し薬を作る基本の草、ヴェレ草だ。
「ヴェレ草です。毒消しの元になります。痺れを取る薬にも使われます」
ラウラは迷いなく答えた。
「では、これは?」
今度はズボンのポケットから薬草が出てきた。
これも少し萎れているが、めまいに効く薬草だ。間違えようがない。
それにしてもこの人、何でポケットに薬草入れてるの……。
「ガラ草です。めまいや疲労回復薬にも使われます」
「では、これ……あっ」
ズボンの後ろポケットに手をいれた男は、驚いたような声をあげた。
困ったような表情で眉を下げ、差し出してきた手の上には、ほぼ粉末になった薬草らしきものが載っている。
机の周りに鮮やかな色の粉が舞い上がる。
ラウラは自然と頬が緩んだ。
「それはルチニですね。橙色の葉はすぐ乾燥して粉末状になる性質があります。ルチニ自体に特に効能は無いのですが、少量を混ぜると口当たりがよくなるので、いちばん使われている薬草かもしれませんね」
「凄いよ、全部正解だ。この萎びた葉っぱでよくわかったね、それにルチニも……」
「ルチニはサービス問題になってましたよ、ふふふ」
「頼もしいね、君ならどこでも働けるよ。そうだ、時間は大丈夫かい? 実技もいいかな?」
「はい、もちろんです! よろしくお願いします」
身を乗り出して瞳を輝かせたラウラに、男は目を細めて頷いた。
「では、ちょっと待ってくれるかな」
「はい」
元気に答えるラウラに男はまた頷き、本がたくさん積み上げられた机の上からバトラーズベルを見つけ出して、一振り鳴らした。
ベルの余韻の中、すぐに部屋の扉がノックされた。
「フィデリオ様、失礼いたします」
「えっフィデリオ様? ってバルウィン侯爵!」
ラウラは驚き、大きな声をあげた。
その声に、フィデリオも驚いた顔でラウラを見た。
そして、ハッとしたように胸に手を当てて頭を下げた。
「これは失礼した、挨拶するのを忘れていたようだ。フィデリオ・バルウィンだ」
「申し訳ございません。まさかバルウィン侯爵とは知らず……」
「いやいいんだ、名乗らないうえにこんな格好だから仕方ない。謝らせてばかりだな、気にしないでくれラウラ」
「ありがとうございます……あの、お洋服が粉まみれですっ!」
「あっ!」
粉々になっていたルチニの橙色が、フィデリオの真っ白なシャツを染めていた。
胸元には手の跡がくっきり残り、袖や襟にも橙色の模様が散っている。
フィデリオはラウラと目を合わせ、照れたような困ったような表情で眉を下げた。
この人が、噂のフィデリオ・バルウィン侯爵だったなんて……。
想像していたより全然若い、しかも驚くほどの美形だわ!
肩まである深い焦げ茶色の髪は、光に透けてキラキラしてる。
長い睫毛に切れ長の薄青色の瞳は、夏の夜空みたいで吸い込まれそう。
この美しい顔に、優しく低い声……。
あーもうっ、なんだか急に緊張してきたーほっぺた熱いー。
ラウラがその場でもじもじしていると、フィデリオは思い出したように入り口に向かって声をかけた。
「そこにいるのはセルジュかい?」
「はい、フィデリオ様」
「いまからそちらに向かう女の子を、調合施設まで案内してもらえるかな」
「かしこまりました」
山積みの本の向こうから、執事であろうセルジュという男の声が聞こえた。
「というわけでラウラ。バタバタしてすまないね。いまから調合施設に行って回復薬を一つ作ってきてほしい。薬草は国内で一番そろっているから安心していいよ」
「はい! ありがとうございます」
「では、僕はずっとここにいるからね。時間は気にしないで自由にやってくれて構わない」
「はい、では失礼いたします」
ラウラが頭を下げると、フィデリオは橙色に染まった指先で手を振った。
その美しい笑顔に戸惑いながら、ラウラは本の間を抜けて部屋の入り口へと急いだ。
扉の前には、金色のモノクルを付け、髪を綺麗に撫でつけた神経質そうな顔の男が立っていた。
自分の父親くらいの年齢だろうか? ラウラがそんなことを考えていると、男は軽く会釈をした。
「はじめましてラウラさん。私はバルウィン家の執事のセルジュと申します」
「ラウラ・ストラールです」
「では、施設にご案内いたします」
再度頭を下げ、背筋をピンと伸ばした執事は、優雅な姿勢で前を進みはじめた。
無駄なことは何一つないといった動きに、バルウィン家の格式の高さがうかがえる。
ラウラは緊張で心臓がバクバクしていた。
王宮以外の施設に行くのってはじめてだわ。
バルウィン家に併設された調合施設ってどんなのかしら?
どんな器具を使っていて、薬草はどれだけ揃えているんだろう?
さっき、国内では一番と言ってた……もしかして畑もあったりするの?
王宮でのことはあまり思い出したくないけど、それでも薬草を育てるのは楽しかった。
調合が久々に出来るのよね……やっぱり嬉しい!
執事の後ろを歩くラウラの胸の鼓動は、いつの間にか期待へと変わっていた。