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過去2 聖女の力


王立魔術財団に到着した馬車は、ラウラを乗せたまま広い庭園の片隅へ着いた。

少し早くなる胸の鼓動を押さえ、ラウラは馬車を降りる。

目の前には、水晶が敷き詰められたとても小さい池があった。

風が吹いているにもかかわらず、まるで氷が張っているかのように水面は動かない。

日が差さない場所にある為か、水晶もくすんで見えた。


「ようこそ、王立魔術財団へ」

「……よろしくお願いします」


水晶の池の周囲に、魔術財団の団長や魔術師たちが集まっていた。

緊張するラウラに、「では、その水面に手をかざしてみて」と、長い髭を蓄えた男が言った。

どうやらこの男は団長で、この池では魔力が調べられるようだ。


集まった視線の中、ラウラは不安を感じながら水面に手をかざした。

凍ったような水面は、何の変化もない。

その結果に、そこにいた全員が目を見開いた。

ラウラを財団に連れてきた女性は、あきらかに狼狽えている。


これは、あまり良くない状況なのでは……ラウラがそう思った瞬間、池の底にある水晶が虹色に輝き始めた。

周囲が突如として騒然となった。


水面の揺らぎは手をかざした者の魔力量。

つまり、ラウラの魔力はほぼ無いという結果となる。

しかし、水晶の輝きは魔術師としての資質を表し、発光の強さや色彩が鍵となる。

いままで白い光が最高だと認識されていたが、虹色に輝くものは誰もが初めて目にする光景だった。


その場にいた魔術師達は、口々に何か言いあい、あきらかに興奮していた。

副団長を名乗った女性が、ラウラの肩に優しく手を乗せた。

周りの状況に、ラウラは自分がここに来る決断をしたことが間違っていなかったと安堵した。

この結果は、直ちに国王に報告された。

ラウラの修行は内密に進められていたが、いつしか「300年ぶりの聖女出現」という噂が国中に広まっていた。


それから、5年の月日が経った。


魔術財団団長であり、特別治癒師であるランプロスのもとで、ラウラは15歳になるまで勉強を続けた。

呪文や詠唱、古文書の読み書き。

さらには、魔力をあげるための食事に、身体的能力をあげるための鍛錬。

普通なら覚えるのに10年以上はかかると言われている呪文を、ラウラは5年の間ですべて暗記した。

護身術を修得し、弓や短剣の技術も身につけた。

毎日畑を耕し、自分の手で薬草を育て、薬の調合を行った。

ラウラが育てた薬草は、他のものとは香りや色の濃さが違っていた。

その薬草で普通の回復薬を作ると、完全回復薬と同等のものになり、毒消しなどは、ほとんどの毒に対応した。

どんな薬を調合しても、何十倍もの効果を得られた。

これにはランプロスもとても驚き、それを嬉しく思ったラウラは、王室の為にと、貴重な万能薬を毎日作っていた。


だが、それだけだった……。


15歳の誕生日。

この場所に初めて来た時と同じ、小さな池の前でラウラは手をかざした。

水面はぴくりとも揺れず、それでもやはり水晶は虹色に輝いた。

その場で立ち会った者は、皆目を伏せた。


5年間の修行は、終わりを迎えた。

ラウラは、聖女どころか魔力さえなかったのだ。


魔力を持って生まれた者は、年々その力が増加するのが当たり前とされていた。

しかしラウラの魔力量は、5年の間まったく増えることがなかった。

10歳の時にこの財団に連れて来られた日と、何一つ変わらなかった。

期待を込めて伸ばし続けたラウラの麦穂色の美しい髪は、背中を超えるほどの長さになっていた。


ただ、薬草作りと薬の調合に関しての能力は飛びぬけていたのは間違いなく、国王はラウラに『このまま特別治癒師の元で薬師として働いてくれないか』と提案してきた。

普通の賃金の倍以上、自分専用の家も用意してくれるという条件だった。

ラウラは首を横に振った。


王宮で勉強をしている間、周囲の人たちは優しく、特に師であるランプロスには魔法以外にもたくさんのことを教わり、ラウラは深い尊敬の念を抱いていた。

だからこそ、父や母の為と思って始めた修行が、教えてくれる師の為に「聖女にならなければ!」という思いに変化していた。


それなのに、魔力が無かった……。

これは今後の努力でどうなるものでもないということを、ラウラはわかっていた。

悔しくて、悲しくて、自分自身に落胆した。

大好きな両親、村の人達、国中の人達に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

師であるランプロスに顔を合わせるのが辛かった。

自分のことが大嫌いになった。

王宮を離れる日、「君は私の愛弟子だ、いつでも待っているよ」と、優しい言葉をかけてくれたランプロスに対し「精霊の加護なんて欲しくなかった」と、別れの挨拶もせずにラウラは王宮を後にした。


魔術の勉強の終了は、ラウラの両親、そして村の人たちに伝えられていた。

ラウラは真っ直ぐ村に帰ることが出来ず、一旦城下町の宿に泊まることにした。


部屋に入ってすぐ、詰め込んできただけの荷物を拡げ、机の上にぶちまけた。

ランプロスから渡された貴重な本は、いまは表紙を見る事さえ辛く、自然とため息が漏れる。

皆と一緒に撮った写真、初めて育てた薬草の押し花、丸薬に粉薬。

それらを一つ一つ確かめながら、丁寧に鞄に詰め直す。


机の上に最後に残ったのは、小さな布張りの宝石箱。

これには、ほんの数日前までつけていたネックレスが入っている……。

生まれてから、肌身離さずにいた『精霊からの贈り物』だ。

自分に魔力が無いと思い知らされたあの誕生日の夜、ラウラは初めて『贈り物』をはずした。

まだ身に着けていないことに慣れず、つい首元を触ってしまう。

ラウラは小さなため息をつきながら、宝石箱を持ち上げた。


その時、違和感を覚えた。

ネックレスにしては重い……。


『精霊からの贈り物』は、今までに二度、形を変化させている。

それが起こるのは、毎回ラウラの誕生日だ。


ラウラは耳元で宝石箱を振り、カタカタと鳴る音を確認した後、蓋を開けた。

あの日までネックレスだった『精霊からの贈り物』は、青紫色の石が揺れるイヤリングへと形を変えていた。


「可愛い……」


ラウラはイヤリングを鏡の前で着け、決心した。

村には帰らず、誰も自分を知らないところに行こうと……。


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