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過去1 アダンク


18年前


――アダンク


パドゥレ国の森の奥にある、小さな村アダンク。

村の歴史は数百年前にさかのぼる。

魔術師や回復師が修練の場として訪れていた神聖な場所。

その修練中に恋に落ちた者たちが、国に戻ることなく生活をし始め、今のアダンクが出来たと伝えられている。

いまでは魔術を習う者も減り、アダンクは薬草作りで有名な村になっていた。

他国からこの森を訪れて暮らす者も増え、神聖な場所であるという事さえも、おとぎ話のようになっている。


その村で10年ぶりに子供が生まれた。

両親は、アダンクで修業をしていた魔術師の子孫同士のストラール夫妻。

純粋なこの村の子孫というのは珍しいのだが、本人たちはまったくその意識がなく、普通の暮らしを送っていた。

生まれたのは元気な女の子で、二人にとって初めての子供だった。

女の子は麦穂色の髪に美しい青紫色の瞳をもっていた。


10年ぶりという事もあり、村の長老イリヤをはじめ、村の住むほとんどの人が夫妻の家に集まっていた。

祝いの言葉が飛び交う中、突然部屋の窓が開け放たれ、強い風が吹きこんだ。

すぐに風は収まったが、部屋にいた者たちは一斉に息を呑んだ。

生まれたばかりの子供の傍に、精霊が立っていたのだ。

誰もが初めて見る美しい風貌。

なめらかな金色の髪は眩く輝き、透き通った白銀の瞳は見る者すべてを引き込んだ。


『ラウラ、我がいとし子に祝福を』


その場にいた全員の頭の中に、その声が響いた。


「ラウラ! ラウラだって」

「まあラウラ、なんて素敵な名前」

「美しい名前だわ」


周りが口々に名前を呼ぶと、静かに眠っていた赤ん坊(ラウラ)が、まるでその声に応えるかのように楽しげな笑い声をあげた。

精霊は、愛おしそうにラウラの頭を撫で、額に口づけをした。


『成長につれ形は変化する』


精霊はそうストラール夫妻に告げた後、静かな風とともに姿を消した。

夫妻が慌ててラウラを見ると、ベッドの上で眠るラウラの腕には、美しい青紫色の宝石がはめ込まれた腕輪が輝いていた。


アダンクは村の成り立ちの性質上、精霊にまつわる伝承や昔話が多い。

森の奥にはいまでも精霊が棲んでいると噂されていたが、姿を目にした者はなく、もちろん祝福を受けたという話もなかった。

それが、ラウラは名前と祝福の言葉だけではなく、贈り物まで与えられた。

この話は国王のもとにまで駆け巡り、アダンクに住む者には「秘匿の令」が出されるほどの騒ぎになった。


精霊の言葉のとおりラウラが5歳になった時、腕輪はブレスレットへと形を変え、10歳になった時にはネックレスに変化した。

村人たちは奇跡だと歓喜していたが、ストラール夫妻は、周りの言葉に惑わされることなく、普通の娘としてラウラを育てた。

国王から下された令のおかげで、ラウラのことはアダンクの村だけに留められていた。


ラウラの生まれた国では、300年以上聖女は確認されておらず、竜と同じく想像上の存在だと考える者が増えていた。

しかし、精霊の加護を受けたことを知っている村人は、成長するラウラに対して「きっと特別な力を持っているはずだ、もしかすると聖女なのでは?」と噂する者もいた。


ラウラが10歳の誕生日を迎えてから、一週間経ったある日。

突然、国からの使者が二人、勅書を携えてアダンクにやってきた。

一人は国王に仕える宮廷官、もう一人は魔術財団の副団長を名乗った。


勅書の内容は、ラウラを国立の魔術財団にあずからせてほしいというものだった。

『精霊の加護を受けた者は、聖女の可能性がある。このまま放っておくわけにはいかない』という、国王からの命であった。


あまりの身勝手な内容に、ストラール夫妻は困惑した。

ただ、王の命であるため断ることは出来ない。

そんな両親を見て、小さなラウラは戸惑っていた

ラウラ自身も10歳になり、精霊に祝福された自分のことを理解できている。


もしわたしが聖女なら、父や母、この村を幸せにできる。

偉い人達が言うように、魔術財団に行けば、それが叶うかもしれない!


小さな少女の胸に、決意の風が吹き抜けた。


「わたし、行きたいです」


ラウラは使者に向かって、力強くはっきりした声をあげた。

不意を突かれた夫妻は驚き、母親はラウラの体を抱き寄せる。

二人の使者は笑顔を見せ、曇りのない眼差しを向けるラウラに、恭しく頭を下げた。


ラウラの父親は、この状況を村の長老イリヤに伝えるべく家を飛び出した。

数分後、長老イリヤを抱えた父が戻ると、複雑な表情のラウラの母が机を見つめていた。

机の上には羊皮紙が数枚並べられ、その隣には国王の宮廷官が一人、静かに立っている。

魔術財団の副団長を名乗った女と、ラウラの姿は見えなかった。


「ラウラは?」

「今自分の部屋に、女性の使者の方と……」

「部屋に?」

「えーお前さん達、話の前にわしを下ろしてくれんか」

「あっすみませんイリヤ様」


ラウラの父は、抱きかかえていた長老をゆっくりと下ろした。

その動きに合わせて、宮廷官は深く頭を下げる。

長老が書類に視線を移すと、宮廷官は小さく頷き「では、これよりこの文書を読み上げさせていただきます」と声をあげた。


文書の内容は、ラウラが15歳になるまでの五年間、王宮にある魔術財団で修練を行うことについて書かれていた。

ラウラ専用の住居はもちろん、衣類や生活に関するものはすべて国から支給。

魔術の勉強だけでなく、読み書きやダンスなどの一般教育も行われ、ラウラには何不自由ない暮らしが約束されているという内容だった。


「そして、こちらが重要です」


宮廷官は声のトーンを少し落とした。


「王家と教会に残された古い記録には、15歳時の魔力量が『聖女』認定において大きな意味を持つと示されており、そのため、修練の間は家族と離れることが求められ、五年間の里帰りや面会は禁じられる」

「そんな! 五年もあの子に会えないなんて!」


ラウラの母親が席を立った。宮廷官はそんな母親の目を見て、大きく頷いた。


「わかっています。そして、これは強制ではありません。クルト陛下からもそう仰せつかっています」

「……」


額に力を入れ、黙り込んでしまったラウラの母親を、同じ様な表情で父親が見つめている。

空気が張り詰める中、部屋の扉が勢いよく開いた。


「お母さまお父さま、わたし大丈夫よ」


明るい声で、ラウラが部屋に飛び込んできた。

麦穂色の髪は綺麗に編み込まれ、見たことがないワンピースを着ている。

ワンピースの胸の部分には、王家の象徴であるクローバーが刺繍されていた。

ラウラと一緒に部屋に入ってきた魔術財団の女性の衣服にも、同じ刺繍が施されていた。


「五年なんてあっという間だわ、全然平気よ。わたし、自分のことを知りたいの!」

「ラウラ……」

「ねえ、イリヤ爺さまはどう思う?」


両親はそれ以上何も言えず、村の長老イリヤも言葉を失った。

10歳になったばかりのラウラの瞳は、希望に満ちた輝きで満たされている。

そんな少女に対して否定の言葉を口にすることはできず、優しく頭を撫でることが精いっぱいだった。

沈黙の中、宮廷官が口を開いた。


「では、こちらに署名をいただいてもよろしいでしょうか?」


ラウラの両親は文書に視線を落とし、静かに頷いた。


それからの展開は驚くほど早く、瞬く間に事が進んだ。

必要なものは国から支給される為、ラウラの荷物は小さなカバン一つ。

出発の準備は簡単に整い、あとはこの村を離れる日を決めるだけだったが、「明日になったら行きたくなくなっちゃうかも……」というラウラのその一言で、すぐにアダンクを旅立つことになった。


突然のことに、母親は力いっぱいラウラを抱きしめ、昼食用にと用意していた焼き立てのパンを持たせた。

父親は、ラウラが小かった頃のように、片手で抱えて馬車まで送った。

いつの間にか騒ぎを聞きつけた村人が、ラウラの家の周りに集まっていた。


「お母さま、お父さま。絶対に聖女になるからね! イリヤ爺さま! 皆待っててね!」


馬車に乗ったラウラは、キラキラした瞳で両手を振り続けた。

その首元には、誕生日に新たな形に変化した精霊の贈り物(ネックレス)が輝いていた。



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