初ログイン
「変な翻訳サイトかませたんじゃ・・・と、始まってるや」
降り立ったのはどこか西洋の片田舎を思わせる町だ。
中世ヨーロッパ。ファンタジーの王道の世界観が眼の前に広がっていた。
振り返れば噴水があり、人々が祈りをささげている。
どうやら中央広場的な場所らしく込み合っている。というかキャラが重なって変なミュータントになってる。
「人多っ。なにこれ邪魔だな」
「やぁ、初めて見る顔だね。僕はペーター。この町の自警団員さ。困ったことが」
「人いないとこ行こっと」
芋洗いしている噴水を離れて人のいない広めの道にでる。
わだちがあるから馬車や荷馬車が通る道なのだろう。まっすぐ進むと緑に並んだ麦畑らしきものが見えた。
わたしはそこを道なりに進みながら自分のステータス画面を開く。
名前 シィリエ «銀色の月»
種族 ハーフエルフ
職業 狩人
年齢 15
・スキル
弓Lv1
弓精霊Lv1
・スキル
裁縫Lv1
木工Lv1
・スキル
野駆け 鷹の目 精霊の友
うん。よしよし、だいたい設定通りだな。
たぶんこの『弓精霊Lv1』と『木工Lv1』がランダムでついたやつだろう。精霊がハーフエルフの。木工が職業のランダムスキルだ。けれどわたしのしたかったことに、どちらも則した選択がなされている。弓使いに弓精霊。器用さがほしいところに木工である。
すごくありがたい。
「ふひひ、当たりだわ~♪」
スキップしながら歩く。しかし流石フルダイブ型。"スキップしながら歩こう"と考えればこのとおり、スキップしながら歩けるのである。
思考がゲーム内の行動に直結する。
今の電脳機器は一昔前の人間からすれば驚きのハイスペックであった。
「よし、さっそく外で試し撃ちといくかな!」
モンスターが出るのは町の外だろう。予想通り道なりに行くとマップが切り替わりマップ下の表示が"カイナ町"から"カイナ西"に変わっている。
マップには自分の点しかない。モンスターや他の・・・おそらく今日から始めたプレイヤーは表示されないらしい。
「お、あそこにプレイヤー」
少し先の丘に二人組の貧相な装備の人影がある。
わたしと同じ茶色のもさい服を着ているので、たぶんプレイヤーだろう。
彼らを認識するとマップに緑のポチが二つ現れた。
なるほど、認識すれば表示されるわけか。
彼らはしゃがみこんで草を引っこ抜いている。
伝説の『薬草採集』だろう。
わたしはモンスターを狩る。
見れば遠くにウサギみたいなのがピョコピョコしている。マップでは赤のポチだ。
「魔物かなー。よーし撃っちゃうぞ~」
近づきつつ武器を探す。
武器。武器を。
「・・・どこだ?」
あれー?武器がない。腰にも背中にも、いや、背中には矢筒がある。なので弓もあるはずなのだけど・・・?
「ないぞ。あ、なんか走ってきてる?」
ウサギがピョコピョコ走ってきていた。
かわいい
そしてわたしは死んだ
※STRにペナルティーを受けました
※100G落としました
「はっ!、痛いけどあんまり痛くない!?」
町の入り口である。脇には緑に繁った麦畑が風にそよいでいた。
「死因は装備の確認不足だわ・・・」
確認は大事だ。そもそも弓がない狩人とかがおかしい。普通は説明あるのでは?
ぶつくさ文句を言いつつアイテム欄まで開けて確認する。
『薬草×3』しか入っていない。弓がない。
「ショートカット・・・にもない。あ、ショートカットに精霊ボタンがあるな」
押してみる。やった精霊だ!初精霊だ!
と思うじゃん。
弓だった。
わたしの目の前に精霊っぽい弓が浮かんでいた。
うっすら透明な、青から緑に光る弓。羽なのか左右斜め上方向に突起っぽいのが出てる。
「おー・・・これが弓かぁ」
ちょっとカッコいい。
でも思ってた精霊とは違うな。
精霊として見ると動きがないけど弓として見れば特別感があって良い。
わたしは空中に浮かぶ精霊を手にとり、その感触を確かめた。
軽い。
まるで羽根をもってるようだ。
矢をつがえて離れた位置に立つ木に向けた。
弓を引き
放つ
ヒュ と矢がなだらかな弧を描いて木の幹に刺さる。
ふっ
「ふふ、ふふふはふはっ」
いいじゃないか。すごくいい。
お姉さん気に入ったよ。
わたしは矢筒にある矢を次々つがえ、撃っていく。
どんどん刺さる。一発撃つごとに細かく修正、つがえ、撃つ。より美しく、より正確に。
なるほど、これは楽しい。
実際の弓矢ではこんな簡単には当たらないのだろう。けれどここは思考を読んで動きをアシストしてくれるゲームの世界。
思考を鮮明にすれば応えてくれる世界だ。
筒の矢がなくなるまで撃つ。矢は回収すれば使えるのかな?木に刺さった矢を引っこ抜いて確かめる。
«石の矢»
ダメージ+2 耐久値8/10
石でできた鏃の矢
ふむふむ。一射で2減るのか。撃つで1、着弾で1かな。
無限に撃てたりしないのはちょっと残念だな。
今度は弓を見る。詳しく見る。
«精霊弓»
攻撃力6 rank E
低級精霊の弓
なるほど?
ハーフエルフではなくエルフならランクの所がもう少しいいランクだったのかもしれない。
まぁわからないが。弓には耐久値がないっぽい。スキルで出すからだろうか。
耐久値がない代わりに───おや?
「いた?痛い?や、し、死ぬっ死んじゃう!」
身体の違和感に気がつくと、いつの間にかHPが減っていた。MPは赤く、空っぽなのが伺える。
«精霊弓»は出している間MPを消費する。MPがなくなった場合はHPで代用される。
「なんて考察してる暇はないっ返還!返却!リターン!リリース!」
そのどれかが効いたらしく、弓はどっかに消えた。
「あー、死ぬかと思った」
まだろくに戦闘してないのに2デッドする所だったわ。流石クソゲーの名を冠していない。
よし、戦闘だ。実際の戦闘で使ってみよう。
と言うことで、やってきましたカイナ西。
わたしは宿敵のウサギを見つけ弓を呼び出した。
「うーん、正面じゃなくて左手に出ないかな・・・ん?出来る?出来そう?」
精霊弓は意思があるらしい。わたしの左手に寄り添いそこに留まる。
はーん、便利だわ。
よし、ウサギ
わたしは死んだ
※STRにペナルティーを受けました
※200G落としました
「死因はのんびりしてたせいだね」
わかってる。大丈夫だ。問題ない。
精霊を呼び出す。
よし、左手に出るね。
違和感なく左手に収まっている。
もしかしてショートカットボタン押さなくてもいける?あ、いけるんだ。
ならもう一度
わたしの意思に応えるように、ス、と手のなかに現れる。いいね、すごくいい。
これならクソウサギに負けないだろう。
さぁ、狩りの時間だ
1
1
1
1
「全然ダメージ出ないじゃないか!」
ウサギを見つけてダメージを与えて、奴がこちらにやってくるまでに合計4ダメージ。
ウサギの体当たりを喰らうと1デッド。
・・・あれもしかして強い?ウサギ強い?
ウサギの突撃を避けて弓をしまい、殴り付ける。
2
おい
弓弱いぞ。
攻撃力6はどうした?ダメージ+2は?
く、の、うりゃ、うりゃ、ボディーだ、チンだ、どうだ、このっ
狩人とは肉体言語で闘う職業だと理解した。
※???を倒しました
※ウサギ肉
「ふぅ、わたしにかかればこんなもんよ。弓を使わなければ余裕だあ」
えー、こんなに弓ビルドなのに弓使わないのか。
ちょっと再チャレンジしよう。
※???を倒しました
※ウサギ肉
肉ばっかだな。
うん。
弓だめだ。
全然ダメージが出ない。
いや、距離のアドバンテージがあるからそれはいいのだが、結局接近戦を強いられる弓師というのはどうなのか。近接スキル必須なのでは・・・。もしくは壁か。
ちょっと相談しよう。そうしよう。
プレイヤーリストからフレンド登録を出し、聞いていたプレイヤーネームを入れる。
※クロウド login
※みぃた off
ゲーオタだけインしてるな。
選択してフレンド申請をする。通った。
『へろー姉だが』
『椎姉ぇ』
『今はシィリエだよ。ちょっと聞きたいんだけど』
『何さ』
『精霊弓って知ってる?』
『げ』
げとは何か。いきなり不穏な予感なのだが。
弟はクローズドβテストからやっていた先行プレイヤーだ。今日から始めたわたしとは違いこのゲームに深い知識がある。ゲーオタだし。半ヒキだし。
その弟が「げ」である。
『あー、姉ちゃん、精霊武器はオープンテストの時にやらかしてるんだよ』
『やらかしてる?』
要約すると精霊武器とは精霊が扱えない半端な種族が使う、劣化性能のモノらしい。
自動で魔術相当のスキルを使ってくれるのが精霊なら、こちらで魔術を乗せて使うのが精霊武器だ。魔法剣のイメージに近い。
わたしの精霊弓だとアロー系統の魔術を弓で撃てるらしい。
さて、その精霊武器だが育てるには通常の武器を大量に合成?喰わせる?とその1/100のステータスを得られる。木の弓(攻撃力6)なら100本で攻撃力が+6増える。
これが問題でお金を持った連中が町々の装備品を全部買い占めてしまったらしい。
遅れてプレイしていたプレイヤーたちが強くなれずモンスターも倒せず、先行者はどんどん先行して遊べることになった。
プレイヤー間格差ばかりが広がった問題に運営も重い腰を上げ、精霊武器は大幅な弱体化をされた。
具体的には1/100だったものが1/1000になったのだ。
千本集めれば武器が数値分強くなるよ、ということ。そのお金で新しい武器を買った方が数倍強くなるよね!となって今では精霊武器は見せプレイ用の趣味武器、マニアだけが使うネタ武器という扱いになったのだそうな。
『しかも弓だよね?弓は他の武器よりも数値が低いんだよ。”初心者の剣”が8、”初心者の弓”が5。これを一万本集めた時の差がわかる?30できる。その30差を埋めるのに何本の弓が必要になると思うよ。そう考えると弓で精霊武器はかなりはずれの部類だよ』
『ええと?』
『ハズレ武器だってこと』
『6000本だね!』
『計算機使えよ』
ダイブ中だし持ってないよ!・・・ないよね?
しかしそうか。使えない武器なのか。実はわたしもそんな感じがビンビンしていたのだ。1ダメージが見えた時点でアレ?てな風に。
『誰でも気が付くわ』
しかしそっかー・・・よさげな装備だと思ったのにそっかー・・・
これには姉もちょっと困った。
スキルもいい感じに弓よりだしキャラもそれっぽくできているしで弓で遊ぶつもりだったのだけども、一日目にして進路変更を余儀なくされたようだ。
『姉ちゃん、精霊弓って種族スキルで取ったのか?ランダムのやつ』
『え?うんそうだけど』
『なら噴水で変更できるぞ』
変更が可能だという弟にくわしく話を聞けば、あぁなるほど。
ランダムで取れたスキルは噴水や泉、井戸などの水属性オブジェクトで水を飲むと変更ができるのだそうだ。
ゲーム開始時にいた噴水前の人込みはそれだったのだ。みんなほしいスキルのために水を飲みあっていたらしい。
初期の重要なスキルがランダムってことにこのゲームの評価が思い出されるね。
しかしよく枯れないものだ。武器屋も武器無限に置いてくれればすむ話なのにな。
まぁオススメされたように噴水に行ってみようと思う。
わたしは弟に感謝を送りフレンドチャットを切った。奴と話しすぎるとゲームのネタバレがひどい。やってないことや知らないことを試してみて体験するのだってゲームの醍醐味なのだ。なのでゲーオタ弟は適度に距離をとっておくのが好ましい。
あのままだったらオススメスキルとか取るべきスキルとか言い出していただろう。危なかったくわばらくわばら。
今度こそわたしのフィーリングに合うスキルを探しに行こう。
■オープンβテスト 広く参加者を募集してやるテスト。人数の多い状況での負荷テストなど。これが始まるとまもなく本稼働が来るとワクワクする。テストからそのまま間を開けずに開始になることもある。