あー彼女がほしいでごわす
俺は先んじてギザギザ直毛男に告げる。
「待ってくれ、このコンビニの物はもう要らん、諦めるよ」
「そうかい?」ギザギザ直毛男が歩を止める。
「ああ、あんたに全て譲るよ。俺は他を探すから」
「そうかい全く、欲張らないってのは本当に大切だな」
「それで、その代わりというわけでもないんだが、少しお話ししても良いかな」
「話?」
「ああ少しでいいから情報交換できないかと思うんだけど」
「なるほど情報交換か。それなら、先ずはあんたの好きな女のタイプを教えて貰おうか」
「え、えーと、それは」予想外の会話に当惑してしまう。
「俺は強い女が好きだ。例えば残像剣を使えるくらいにな。倒したらすぐ刺すもぎゃあ!」奇声をあげてギザギザ直毛男がまたもこちらへ踏み出してくる。そして何故か木刀の素振りを始めた。
威嚇だろうか、あまりに意味不明過ぎる。駄目だこりゃとりあえず逃げよう、とアクセルを開けた。思い切り前傾姿勢でフロントの浮き上がりを抑えて急発進、連続してギヤを上げ小細工不要で逃げていく。
「待ってくれ! ずっと前から好きだった! 愛してる結婚してくれ!」
マジ意味がわからん。
「好きだーーーッ!」
ギザギザ直毛男の絶叫があたりに響く。国道へ逃げ込む前に横目で見ると、口元を歪ませてなんだか楽しそう。誂われたようだ。いろんな意味で危ない男だ。残念だが今回は諦めよう。今更引き返したりしないが、面白い奴ではある。
遠くの民家の窓に人影が動く。日光を避けて潜む感染者だろう。
太田川沿いにハンターカプを走らせながら次の探索を考える。まだ日は高い。風が少し強くなったか。あと2時間は探索できそうに思える。
郊外の田園地帯なので、コンビニは大抵幹線道路沿いにあり、既に略奪されたものが殆どだ。今回諦めたコンビニは本当に稀な掘り出し物だった。ホームセンターや小学校など大きな建物にはバリケードが築かれて誰かの縄張りになっている。そして、その半分以上が感染者によって壊滅状態にある。安全な狩り場はもう無いと言ってもいい。
大きな建物には多くの人間が逃げ込むが、軍隊や警察でもなければ集団を完全に制御できるものではない。ちょっとした外出、ちょっとした閉め忘れ、夜間の騒音、仮に避難者が百人いれば1人くらいは間違える。感染者の侵入を許してしまう。人が増えるほどリスクは跳ね上がる。だから1人が良いんだと言いたい。
そうやってしばらくハンターカプを走らせたが、良さそうな狩り場が見つからない。仕方ないと方向転換、帰途に着いた。同じ道は避ける。古い街並みのある県道を経由する。車が電柱にぶつかって大破していた。車内は血塗れだが無人。電柱は傾き、切れた電線が垂れている。焼け落ちた民家もある。4階建てくらいのマンションが幾つかあるが、荒らされた痕跡が見られる。
ところで愛車たるハンターカプには名前がある。毎度ハンターカプと呼ぶのも面倒くさい。愛車の名前はツンデレアスカ号だ。とあるロボットアニメが元ネタなのは言うまでもない。今の状況で、まともに動く乗り物はとてつもない貴重品だ。できたら赤く塗りたい。
古民家の前を通り過ぎた時、いきなり二階のガラスが割れ、感染者が眼の前に落ちてきた。半裸の若い男だ多分。
「うげっ!」
咄嗟のハンドル捌きで回避、埃を巻き上げジャックナイフターン、対面の路肩にぶつかる前にウイリーで前輪を逃がし、おっとっと、となんとか停車。
「ギエァーーッ! ギエッ! ギエッ!」
日差しを受けて感染者がのたうち回り、前後不覚でも日陰を探して転がり回る。と、不自然な体勢から突然こちらへ飛び掛かってきた。
「マジかよこのクソハゲ!」
瞬間アクセル全開、しかし感染者の手がツンデレアスカ号の後輪を掴み、異常な衝撃に自分の身体が投げ出されてしまう。背中から路肩の凸部に落ち、めり込むような衝撃に肺から空気が抜ける。リュックサックのおかげで助かった。急いで起き上がり向き直る。感染者の手がツンデレアスカ号の駆動部に巻き込まれている、これはダメージがあるぜド畜生。
「よくもアスカを!」
今のセリフ我ながらアニメっぽいな。
感染者が自分の手を引き千切りそうな勢いでもがいている。俺は愛用の鉄筋を大きく振り、そいつの首筋を一撃で叩き折り黙らせてやった。念の為、頭にもう一撃叩きこんでおく。
駆動部から感染者の手を引っ張りだしツンデレアスカ号の様子を見る。
「アスカしっかりしろ、傷は浅いぞ」
しかし、ひと目見て落胆した。チェーンが変形、伸びている。キックするとエンジンがかかった。異音は無いが専門家じゃないんだ。走ってみないとわからない。その前にチェーンだけは交換する必要がある。
山の家に帰れば予備チェーンと工具があるが、ここから歩いて帰るのは一日仕事だ。近くのバイク屋を探すべきか。この辺りにそんな店があったかどうか、全く思い出せないけれど。
つまるところ、今日はこのあたりに泊まるしかないわけだ。
電波補正されない腕時計を見ると午後3時。
胃の中に重たいものが転がり落ちるような気持ちだ。久しぶりの状況だが大丈夫、これくらいのアクシデントなら何度もくぐり抜けてきた。武器はあるし、非常食や飲み物もある。
あたりの気配を探るも静かなものだ。近くの民家を眺めるに人影は無い。先程の騒ぎに反応が無いなら、他の感染者はいないと思う。ツンデレアスカ号を古民家の庭木の陰に隠しておく。
数件先に鉄筋二階建ての白壁の民家があった。古くとも頑丈そうだ。2階の窓が割れている。庭は雑草に埋もれ、誰か使っている痕跡も無い。良さそうだ。そんな気持ちで室内へ歩を進める。無論土足だ。フローリングは埃とカビに塗れて、何かの獣の足跡があるも古い。薄暗い室内は静かなものだ。多少気を緩めて歩いていくと、何か寝そべっていたのが立ち上がった。四足獣だデカい。ここはコイツの縄張りだったのか。ぶふん、と唸る音がした。
ヤバい猪だ! いきなり突っ込んできた! 避けろ! 少しは人見知りしろってんだよ! 昼寝してたんなら返事をせんか!
危うく躱して階段を2階へ駆け上がる。
ドシン! 元気いっぱい猪が壁に突っ込んだ。
猪に階段は登れない筈だ。しばらく階下で唸っていたが、また静かになった。諦めてくれたか。窓から飛び降りて逃げることも考えたが助かった。
気を取り直して室内を眺めると、今度はバカでかいスズメバチの巣が天井の隅にぶら下がっているのに気付いてまたもドキッとする。
今更だが息を殺して注視する。何も出てこない。この巣は空き家だったようだ。巣の下には蜂の死骸がたくさん落ちている。
壁面には小枝と唾液て作られた燕の巣もあったがコレも空き家。
この部屋の窓は開かれており風雨が吹き込む。陽の射す窓際には雑草が生え、床には衣服や雑貨が散乱している。黒を基調としたセーラー服があった。市内の有名私立高校のものだ。元は若い女性の部屋だったらしい。ハヤト命と描かれた、変色した団扇が転がっている。机には教科書類、それに恋人だろうか同年代の男との写真が飾られていた。今時の可愛らしい子だ。
2階には部屋が3つ、物置が1つあった。全て見回り、天井裏も一応見て、ようやく警戒を緩める。大きくため息をついた。
疲れた。
女の子の部屋にあった本棚からラノベを取り出す。よく知らないがタイトルだけで選んだ。
「もう許さない。わかってんの? あたしと結婚する以外の選択肢は無いんだからね。大好き結婚して、一生のお願い、もう我慢できないボスケテ馬鹿」
声にすると笑ってしまう。平和な時代を実感として回想した。