第83話 公爵令嬢は日常を楽しみたい5
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馬車がアンソワ領の中心街へ到着する。中心街は3つの話題で持ち切りだった。1つは聖女が第1王子を殺害した件、もう1つは英雄である冒険者フィーナがアンソワ家の令嬢だった件、そして王に隠し子がいた件だ。第2王子シエラールとの婚約する件よりも、愛妻家で知られた王に隠し子がいた事実の方が国民にとっては衝撃だったようだ。元々王子と公爵家は婚約するものだと国民も思っていたので、それが普通という反応だった。
いつもの冒険者フィーナとしてのウィッグで来たら民衆に囲まれてしまいそうだ。ルルのアドバイスで、風の国の時に付けていた銀髪のウィッグをもらっておいて良かった。ロングヘアだが、地方貴族の娘が馬車で中心街へ来るのはよくあることだ。
「馬車ってずっと乗ってると腰が痛くなるわねぇ」
ドリアドが背伸びをする。胸が強調されて周囲の男性達はドリアドの胸に釘付けになる。
「木だと大変そうだな。私は水だからなんともないな」
アンディーンがドリアドの言葉に答える。精霊の成分で、自身への影響も変わるようだ。
「フィーナちゃん、今日は一人で行動させて貰うわ。美男子ゲットしてくるー!」
ポケGOのようなノリでイケモンを探しに行った。
「フィナ、あそこ行こ」
サラマンディアがワインショップを指差す。あそこは光の国中の色々なワインが集められた高級ワイン店だ。いつでも行けると思い今まで足を運んだことがなかったが、これからアンソワ領へ来ることも少なくなるだろうと思い、アンソワ領の有名店や人が多い観光スポットを周ることにした。
「うん!行こう!」
サラマンディア、グノム、ミノム、アンディーン、フウ、ルルと一緒にワインショップへ入る。
(わしもおるんじゃぁぁぁ)
店内には等間隔にワインボトルが並べられていた。木製の棚に飾られ、ワインボトルは中身があるわけではなく、水だと注意書きがされていた。ラベルに書かれている産地や品種を見て、気になったワインを注文すると、地下から熟成されたワインを持ってくる仕組みのようだ。
「わあ!キレイ」
ひとつひとつ、ライトに照らされたワイングラスは瓶の中で光を反射させキレイな輝きを放っていた。
「これ、飲んでもいいの?」
フウが指を刺した先には、ワインが試飲できますと書かれていた。透明なガラス瓶に入っている白ワインを飲みたそうにしていた。光の加減次第では薄い黄色にも見える。とても透明に近いフウの目の色と似ていた。
「お注ぎしましょうか」
マスターが小さなグラスに白ワインを注ぐ。フウは注がれたワインを両手で持って飲み始める。子どもがお酒を飲んでいるように見えるが、私よりうんと年上だ。サラマンディアとアンディーンと私の分も注いでもらった。
「すっきりとしていて飲みやすいな」
アンディーンが店主に言う。たしかにすっきりとした飲み口の爽やかな白ワインだった。
試飲後、並べられたワインの中から貴腐ワインを探す。ずっと飲みたいと思っていたお酒だ。最高峰の甘美と称される高級ワインだ。糖度が極めて高いブドウから造られる白ワインで、濃厚な甘さと芳醇な香りが特徴だ。主に食後に楽しむデザートワインとして光の国では親しまれている。
「フィナ、これ飲みたい」
サラマンディアが黒い瓶に小さな長丸の白いラベルが張られたワイングラスを持ってきた。あぁ、まさしく探していた貴腐ワインだ。
「ちょうど探してたワイン!」
「こちらのワインください」
「3銀貨になります」
さすが高級ワインだ。材料となる葡萄は5銅貨で買えるのに、高級ワインに変身すると60倍の金額となる。3銀貨は家紋を見せてアンソワ家へ請求するよう伝える。
「ありがとうございます。こちら保管はとても冷たい場所で、コルクを開けた場合は、その日中に飲み切ってください」
「わかりましたわ」
ワインをルルが受け取り、ワインショップを出る。今日の夜ご飯がとても楽しみだ。
皆で昼食を食べた後、賃料の請求書を王宮へ送る手配や買い出しをした。ルルがほとんど手配を済ませてくれた。荷物を一度馬車へ置いてくると、ルルとは少しの間だけ別行動をすることになった。
「ねぇ、あそこ行ってみたい」
フウが指を刺したのは、鐘のある高台「時計草の丘」という観光名所だった。高台の地面には、10枚の白とピンクの花弁が描かれている。その花弁の上に3本の骨組みで作られたアーチ型の建物があり、その建物に大きな鐘がぶら下がっているのだ。
建国神話にも出てくる話で、一緒に鐘を鳴らすと女神から祝福を受け、聖なる愛で結ばれるという伝説がある。
現在では鐘を鳴らすことができるのは神官達だけで、貴族を含めた国民は鳴らすことは出来ない。荘厳な鐘を見るだけの観光スポットだ。
そんなところにフウが行きたいと言うのは少し意外だった。
◇
高台に到着する。日が傾き強いオレンジ色の光が辺り一帯を照らす。光に照らされた中心街の町並みはとても美しく思えた。日も落ちてきたからか、時計草の丘に人はあまりいなかった。丘で吹き抜ける風は少し強く、銀色の髪がなびく。
「あれ、フィーナちゃん!」
後ろからドリアドの声がしたので振り向く。ドリアドは運ばれていた。車輪のついた椅子の上に座り、その椅子を貴族と思われる青年が引っぱっている。
「ドリアド様、こちらが時計草の丘でございます」
「ありがとう♡今日はここまででいいわ」
ドリアドは青年の手を取り、椅子から降りる。精霊なのに令嬢がエスコートをされているような優美さがあった。ドリアドをよく見ると首や耳に装飾品が増えている。
「坊ちゃま~」
後から執事と思われる男性が息を切らせながら走ってきた。
「ふぅはぁ。坊ちゃま、どこの馬の骨とも分からぬ者についていってはなりませぬー。そろそろ帰りますよ」
執事はそう言うと、人力車の上に乗り、息をついてお茶を飲む。貴族の青年が人力車を引っ張って帰っていった。関係が謎すぎる。逆じゃないの!
「フィーナちゃん!今日は大漁よ!服も買ってもらっちゃった♡」
中心街には高級店も多い。必要なものは従者に買いに行かせるので貴族はあまりいないはずだ。そんな中でよく労働をしてくれる金持ちの美男子を見つけられたものだ。
「ドリアドはかなり楽しめたようね!街へ来て良かったわ」
「フィーナちゃんも聖なる愛と出会うために、あの鐘を鳴らしに来たの?」
「ううん。フウがここに来たいって!あと探すための鐘じゃなくて愛を誓うところだと思うんだけど」
「えー!!フウと愛を誓いに来たのー!」
ドリアドが思ったよりも大きな声を出す。
「フウは風と遊びに来ただけだよ」
風と戯れながらフウが答える。
「ここは良い風が吹くところだな」
アンディーンも丘の風が気持ち良さそうだ。
「フィナは聖なる愛が欲しいの?」
サラマンディアがじっと目を覗き込み聞いてきた。
「ふぇえっ!い、いや私とはもう無縁かな?」
昨日、結婚相手が決まったけれど、政略結婚で愛情は無い。好きだった人から婚約破棄をされてしまった。
「そうなのぉ?なら僕が一緒に鐘を鳴らそうか?」
ミノムがいたずらな笑顔を浮かべながら聞いてきた。両腕を後ろに回し、上目遣いで覗き込むポーズを取る。意図的かどうか分からないがとてもあざとい。
「ミノムとは鳴らす必要ないぜ」
グノムが言う。
「えぇなにそれ~。お兄ちゃんがフィーナと鳴らすから、僕とは鳴らさなくても大丈夫って言いたいのお~」
「ばっ!ちがっ!」
グノムがミノムを追いかけ、ミノムは笑顔で逃げる。
「フィーナちゃん、私と鳴らす?」
ドリアドも笑顔を浮かべながら聞いてきた。
「そんなに鳴らしたいのか?ならば一緒に鳴らすか?フィーナ」
アンディーンも聞いてきた。
皆してもう!アンディーンは天然かもしれないが、他の皆は絶対反応を見て楽しんでる!
「結婚式や特別な式典の時に、神官が鳴らすものなのよ!私たちは鐘を鳴らしちゃいけないのよ!もう!」
ゴーン!ゴーン!ゴーン!
強い風が吹き鐘が動いたのか、大きな鐘の音が響き渡る。
「鳴らしちゃったぁ!」
フウが笑顔で現れる。強い風を起こしたのか、飛んでいたら鐘にぶつかったのか分からないが鳴らしてしまったものは仕方がない。
「「ずるーい!僕達も」」
精霊達は柵を超えて、鐘の方へ行く。
「ちょっと!待って、怒られるでしょ!皆紋に戻しちゃうよ!」
「フィーナちゃん、鐘を鳴らしたからって誰かが死ぬわけじゃないんだから、許してあげて」
た、たしかに死ぬことはないけれど。子どもの頃は私もよくいたずらで鳴らしてはいけない鐘をならしていたのを思い出す。精霊達は人ではないので今日くらいは自由にさせてあげよう。
「フィーナも来て」
風の精霊に持ち上げられ、空を飛ぶ。鐘の下にぶら下がっている紐を皆が持っている。いや引っ張り合って奪い合っている。
「みんな同じ方向にひっぱらないと鳴らないよー」
自然と笑顔がこぼれる。いたずらをしていた子どもの頃に戻ったみたいだ。
「せーので右にひっぱるよ!せーーの!」
いきおいよく右にひっぱる。
アンディーンとサラマンディアは鐘の紐を左に引っ張り、グノムとミノムは私と同じ方向に引っ張っている。それぞれの向きがバラバラだからか、皆倒れ込んでしまった。下敷きはアンディーンで、そのうえに皆が折り重なるように倒れ込む。
「キャー、こんなところで皆に襲われるなんてぇ!!」
ドリアドは相変わらずだ。聖なる愛から一番遠い気がする。
「誰だ!鐘を鳴らす不届き者は!衛兵に突き出してやる!」
「「わぁあ!逃げろ!」」
グノムとミノムが一斉に叫ぶ。風の精霊が皆を持ち上げ、丘から中心街へ飛び降りる。
「うわああああああああ」
アンディーンが予想外の声を上げる。自分の感覚で飛べないのが怖いのだろうか。
地面にあたる直前に体が浮かびゆっくり降り立つ。降り立った先の町民から拍手喝采を浴びた。
主人公所持金:3銀貨79銅貨




