第81話 公爵令嬢は先送りしたい
◇
ー夕食時。
いつもの時間に夜ご飯を食べようと食堂へ入ると、王様、エーミール王子、お父様、お母様、お兄様も既に座っていた。
「あら、お待たせしてしまいましたわ」
ルルに椅子をひいてもらい、素早く優雅に着席する。机には既にたくさんの豪勢な食事が並べられており、晩餐は好きなご飯を好きなだけ食べる形式のようだ。気分ではない物を食べなくても良いので、コースではなくビュッフェ形式のほうがありがたい。
グラスにワインが注がれ、王様が『オン コマンス』と食事の挨拶をする。
皆が一口ずつお酒を含んだ後、王様が話始める。
「さて、挙式の日取りについてだが、1か月後でも良いだろうか。婚約発表は明日にでも行おうと思う。国をあげて盛大な祭りにしよう」
1か月で準備が出来るわけがない。通常の挙式でも日取りや教会との調整、貴族達の出欠確認などしなければならないことが山ほどあるのに、本当に何を言っているんだ。お母様も同じ考えだと思い、助けを求めるべく顔をお母様へ向ける。
お母様はセンスで口元を隠しながら目で威圧をしていた。この場に后妃がいれば止めてくれただろう。挙式の準備は基本的に女性の仕事なので、王様は分かっていないのだ。
「おほほほ。一か月で準備とはなかなか良いですわね。フィナリーヌの腕を試すには良いかもしれませんわ」
お母様が王の言葉には決して否定をせず、穏やかな口調で答える。回答に皮肉が混じっているとは全く思わないだろう。
「婚約発表は早急にした方が良いかもしれませんが、挙式1か月で準備するのは、難しいと思います。まずは第1王子と聖女の仕事を引き継ぎ、国政が揺るがないようにしたいです」
エーミール王子が王様へ提言する。ありがたいいいいいい。もっとやれ!
「ふむ、それもそうだな。それではいつ頃が良いと思うか?」
「そうですね。半年後でいかがでしょうか?フィナリーヌ嬢」
急にこっちに振らないで、エーミール王子。半年でも無理。そして何より一生に一度のドレスをデザインする楽しみを奪われたくない。職人も布地も全て選び抜き、最高の式にしたい。しかし王族に反対する勇気が無い。あああ。いや、寝間着姿で現れたのだ。既に失礼な女性の片鱗を見せたのだ!いけ!自分。
「……そうですわね。何分、、経験が無いので、、、后妃様にもお話を聞いてどのように手配したのか確認してから日取りを決めたいですわ」
うまい言葉で日取り決めをかわせた気がする。
「経験者ならおるではないか。なぁ、フィーネリア殿」
全くかわせていなかった。ぐぬ。
お母様のセンスで口元を隠したまま目は閉じ、顔を少し傾ける。
笑っているような仕草だが、ものすごく怒っている。隣にいるお父様は少し震えていた。
「そうですわね、私の時はかなりこだわりましたので1年はかかりましたわ。公爵の地位に相応しい挙式にしなければなりませんでしたから」
「ほう、そうかならば1年後としよう」
お母様グッジョブです。これで1年は余裕が出来た。ドレスのデザインを考えるのが楽しみだ。
「そしてもう一つ、挙式前の男女が寝食を共にするのは、本来よくないことだが執務を早急に手伝って欲しい。順序が変わってしまうが王宮へ先に来てもらうことはできるだろうか。聖女の代わりを務めてほしい」
馬車と王宮までの距離は数時間程度だが、その時間も惜しいのだろう。
王位を継ぐ予定ではなかった、隠し子の第2王子の教育と私の教育を同時にできるのだろうか。教育に割く人手があるのかどうか。教育しないと引き継げないので、否応なしにやらなければならないだろうけれど。
「分かりましたわ。聖女の代わりが出来るかは分かりませんが、最善を尽くします」
「あぁ、助かる。聖女は各領地を視察して、問題を次々と解決していたんだ。フィナリーヌ嬢も領地問題の解決についても色々聞いている。期待しているぞ」
「王子や民の支えとなれるよう、尽力致しますわ」
元平民である聖女が各地の問題を解決できるとは以外だ。私はお父様とお母様から厳しい教育を受けてきたからこそ、色々な問題を解決してきた。風の国の難民問題や犯罪の増加問題、一部地域の5年間続いた不作による飢饉の解決などがその代表だ。
しかし聖女は教育を受けていない。それなのに問題解決する力があったとはさすが第1王子が見込んだ女性だ。学院の成績で上位争いをしていたのは伊達ではないようだ。
「王宮への移動は早めがいいでしょう。フィナリーヌは民が困っていると思うと、駆け足でどこにでも行ってしまいますから。おほほほほ」
幼い頃から家を抜け出したり、平民になった後もする気がなかったのに各国を奔走していたので何も言い返せない。たしかに王宮へ移動する日取りが遅くなると予想もつかない所へ行ってそうだ。
「それでは居住の移動は三日後とし、大きな家具や鏡台等は注文して少しずつ揃えていこう。本当に急がせてしまって悪いのお」
三日後は早すぎだが、なぜかお父様もお母様もお兄様も『ああ、それがいい』というような反応で深々と頷いている。早く出て行ってほしいのだろうか。全く。
こうして挙式の日取りや王宮への移動日程が決まった。
◇
食後、王と王子が馬車で帰るのを見送る。王と王子で別の馬車に乗って帰るようだ。アンソワ家へ来たタイミングが違うので、それぞれの馬車があるのは当然だ。
お父様とお母様が王が出立するのを見送り、先に王の乗った馬車が走りはじめた。
エーミール王子は箱馬車のドアを開け、乗ろうとしたが足を止めて、私と向かい合う。
「王宮でお待ちしてますよ、フィー」
周りに聞こえないように、顔を近づけ耳元で言う。ここは私も愛称で言い返すべきなのだろうか。いきなり言われると心臓がびっくりしてしまう。
悩んで呆けている間に王子は箱馬車へ乗り、帰っていった。
「フィナ、家へ戻るわよ」
お母様の『あんたなにしてんの』と言っているような冷えた声で、我に返る。
「はい、お母様」
王子は愛称で呼んだ時、なんだかとても嬉しそうな顔をしていた。好きではない人の愛称を呼んでいるのにあんなに嬉しそうな表情になるのだろうか。以前に好きだった人と私の姿が似ているのかもしれない。そう考えると複雑な気持ちになったが、私自身も第1王子とのことをどうしても考えてしまうのでお互い様だと思うことにした。
自室へ戻る。
「今日はなんだか色々ありすぎて疲れたわぁ」
「お嬢様、お洋服のままベッドで寝るのははしたないですわ。先程のドレスにお着替えください」
いつもの冷静な表情で、ルルが着替えを促す。ドレスと言ってるあたりが気になるが、、、。
立ち上がり、両手を広げると複数のメイドが服を脱がす。入浴後に寝間着へ着替えた。
「お嬢様、今日の昼頃と比べて表情が明るいですね。エーミール王子は良い人でしたか」
「ええ、少し気になるところはあるけど思ったよりも良い人だったわ」
「それは良かったです」
明日からまた忙しくなる。王宮へ行く準備をしなくては。アンソワ領の中心街で借りた家はそのままにして息抜きしたい時の逃げ場にしよう。挙式や内政業務の引き継ぎなど他にも考えなければならない。色々なことを考える前に眠りについていた。
主人公所持金:3銀貨79銅貨




