★第64話 公爵令嬢は日常を楽しみたい3
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痛い、痛い、痛い。胸が痛い。
婚約者の白い目が、友人の白い目が、痛い。
胸が苦しい、熱い。
苦しんでいる私を全ての人間が嘲笑っているみたいだ。
ー翌日。
すごく嫌な夢を見た。どんな夢だったか全く覚えていない。ただ胸に残る異様な熱さが嫌厭の情を彷彿させる。
体が重い。起き上がりたいが、うまく動かせない。
ゆっくりと顔だけを右に向けると、アンディーンが隣で眠っていた。
「!?」
サラマンディアと一緒に寝ていたはずが、アンディーンになっている。
アンディーンは右手を私の胸の辺りに置き、床に座り、ベッドに突っ伏して眠っていた。
アンディーンの寝顔はとてもキレイだ。髪の水滴が光に反射し、透明に輝いている。長い髪が揺れると、楕円の光達も一緒にゆらゆらと動き、現実感のない光彩を見せる。
触れない光につい手を伸ばしたくなる。
「キレイ……」
声が出てしまった。
ゆっくりとアンディーンの顔が起き上がる。光のツブも動き始めた。
一つの楕円の光から腕が生える。これはタマだ。
「何してるのタマ」
「誰がタマじゃ」
「起きたか、フィナリーヌ。そなたかなりうなされていたぞ」
うなされていた私を心配して一緒に寝てくれたのだろうか。ちょっと嬉しい。
顔が近いので少し距離をとりたいが、体が重く思うように動かない。
「心配してくれてありがとう。ちなみにどうやって出てきたの?」
「それはのぉ、『アンディーン、水』と白目を向きながら寝言を言って呼び寄せたのじゃ。プスー」
なにその状況、可愛さの欠片もない。そんな寝顔を見られたのかと思うと急に恥ずかしくなってきた。右に向けていた顔を左に向け、表情を見られないようにする。
窓の外を見ると、少し黒い雲で空が覆われているが、雨は降っていなかった。
さて、サラマンディアはどこにいったのか。
しばらくしても体が動かないので、自分に光治癒をかけてみる。
「光よ、癒す力となれ。光治癒」
少し体が軽くなった気がする。
布団を触ると、寝汗をかいたのかかなり湿っていた。自身が着ていた服も、ぐっしょり濡れている。悪夢を見たせいだろうか。
掛け布団をめくると幼女が出てきた。体が少し大きくなり成長している!
体を揺らし、サラマンディアを起こす。
「起きて、サラマンディア」
「まらねむいのらぁ~」
ツーサイドアップの触角が、びよ~んと動いている。動いている触覚も眠そうな表情も可愛いらしい。
「サラマンディア、戻れ」
念のため、紋に戻そうとしたけど反応しない。
サラマンディアは布団をひっぱり、再度寝ようとする。
精霊に『朝はちゃんと起きなさい』というのも変な気がしたので、そのまま放置して朝ご飯を食べることにした。
ルルが25銅貨で買ってきた朝ご飯を机の上に並べる。
「フィーナちゃん、もしかしてサラマンディアと産んじゃった?」
「そんなわけないでしょ!」
間髪入れずにツッコむ。
「冗談よ、そんなに威圧しないでよぉ。アンディーン」
ドリアドはなぜかアンディーンを宥めた。
「威圧はしておらん。ただやつは昨日、無意識とは言えフィーナを焦がしていたのだ。そのくせノウノウと寝よって」
「だから寝起きに胸が熱かったんだぁ。冷やしてくれてありがとう」
サラマンディアと添い寝をしたことで、低温火傷のようになっていたらしい。ドリアドが苦手な理由もうなずける。
「そういえばタマって一人で光治癒使えないの?」
アンディーンが冷やさなくても、光の精霊の力で治るのではと考える。
「そちが唱えないと使えんのぉ」
自由に魔法が使えないのは不便そうだ。
「これ、にゃあに~?」
いつのまにか机の横に幼女がいた。目が半分しか開いておらず、ちょっとやる気がなさそうだ。足をぷるぷるさせながら背伸びをして、ご飯を覗き込んでいる。頑張ってる感じがぐっとくる。サラマンディアと違ってご飯が好きなのかな?
「サラマンディアちゃんも食べる?」
サラマンディアは勝手にお皿の中から、ポテトを1つ取り、口に頬張る。本当に精霊は自由だ。
「僕のポテト~」
グノムがしょんぼりしている。
しょんぼりしたグノムをミノムがなでなでして慰めている。可愛い。
「ディアちゃん、こっちお食べ」
サラマンディアに私のご飯をあげようとしたが、首を振られ断られた。ご飯はお気に召さないらしい。
ベッドの上へ行き、ゴロゴロと転がり一人で遊んでいる。
昨日は甘えてきたが、わりと一人が好きなようだ。そこはサラマンディアと似ている。
食べ終わった後、弁当(25銅貨)を買い、馬車乗り場へ向かった。
◇
「このまま進めば、本日の夜には到着予定です」
御者が到着予定を案内する。
行きのときより、早い到着だ。お兄様が手配した御者なので、値段の高い良い馬を準備したのだろう。
馬車の中では、私の隣にディアちゃんが座り、向かいにルルが座っている。
ルルの隣に座らせようとしたが『こっち』と言って、私の隣に座った。
アンソワ領の中心街が見えてきた。中心街を抜け、森の中にあるのが、邸宅だ。
馬車の窓が冷たくなる。気温が下がったようだ。空もどんよりとしている。
中心街の入口で雨が降り始め、瞬く間に豪雨となった。
「やー」
離れて窓の外を見ていたディアちゃんがギューと横にくっついてきた。めちゃんこ可愛い。赤ちゃんの時も雨が降り始めたら離れるのを嫌がっていた気がする。雨が嫌いみたいだ。
「フィーナ様、申し訳ございません。このまま森を行くのは難しそうです」
「かまいません。お送りも中心街までで結構です。ここからは自力で帰れますから」
雨宿りも兼ねて、借りた自分の部屋で一泊することにした。
中心街の途中で、家賃を支払う。先月分、今月分、来月分で3銀貨を支払った。残金は11銀貨24銅貨だ。
中心街の少し外れにある借家の前で馬車を降りた。
主人公所持金:10銀貨74銅貨(▲朝ご飯25銅貨、昼ご飯25銅貨、家賃3銀貨)




