大変申し訳ございません
「クラティカ・メリナ・ド・コーラスライン!!」
あ、はい。
って、うっかり間の抜けた返答をしそうになって慌てて口を閉じる。
始めに言っておくが、この場に居合わせた人々に謝りたい。
いや、なんていうか、申し訳ない!
本当に、本当に、本当~に申し訳ない!!
いや、何が申し訳ないかって、物凄いありふれたシーンが展開している、今まさにこの状況そのものが、だ。
と、いっても、私以外にこの陳腐さに気付いている者は、友人であるレーティア・ククル・ド・キュアベアード伯爵令嬢を除くと他には誰一人としていないであろうが。
きらびやかな王宮の大広間、豪奢に着飾った貴族たち、贅を凝らした婚約披露のパーティー会場。
そんな祝福に満たされた場であるにもかかわらず、何故だか、主役の一人であるはずの私は孤独に立ち尽くしている。
目の前には見目麗しい婚約者。この国の第一皇子で皇太子。
なのにその隣には私ではない女性を侍らせ、婚約者であるはずの私を憎々し気に睨みつけていた。背後にはもちろん、彼の友人兼、将来の重鎮候補者たち。
……はい。もうおわかりですね??
わたくし、断罪されてる真っ最中です。
テンプレ過ぎてもはや芸術の域と申しましょうか??
皇子はわたくしを指差し、覚えのあるような無いような罪を、周囲の皆様方へ誇らしげに披露しておられます。その内容の半分…いや、三分の一くらいは覚えが無くもないですが、残りは全く知らないし覚えもないんですけど、はて?
「貴様の腐った性根は皇太子妃に…いや、この国の未来の国母に相応しくない!!」
ついでに婚約者が有りながら浮気していた男に、国王が相応しいか否か?を問い正したいところだけど、まあ言っても無駄なことは解っている。なにせ彼が庇い絶対的に信じるのは真実の愛のお相手だ。この世界では現実的な問題なんかより、真実の愛とやらが大切なのだから。
そう、この世界。
乙女小説の世界では。
しかしちょっと待って欲しい。
生前読んでいた恋愛小説の中に転生するとか、その登場人物に憑依するとか、そんなのもう聞き飽きて耳が拒否するくらい覚えのある展開なのだけれど、わたくしの転生したこの世界はそれらと違って少々問題があった。
この物語は、完結していない。
いや、もっと正確に言うと、書かれてすらいない。
なぜならこの世界は、わたくしが転生前に生きていた世界で、こんなのどうかしら?と考えていただけの──そう、プロットのみで終わった未執筆の小説の世界だったからだ。
わたくしは前世の世界で、しがない小説書きとして生きていた。
バイトしないと生活できない、デビュー作以外はこれと言ってヒット作もない、小説家と名乗るのもちょっとおこがましいかな??と我ながら思わなくもない…そんなレベルではあったけれど。
それでも好きな仕事に就けた喜びで、結構、充実した日々を送っていた。
ある日、友人兼担当から流行りものにチャレンジしてみない??と勧められ、じゃあ、こんなのはどうだろう??と考えていたのが今、わたくしが生きているこの世界。
タイトルすら決めていなかった、私と担当以外誰も知らないこの世界なのだ。
こんなことなら冗談半分で色々詰め込むんじゃなかった。
後悔しても後の祭りとは良く言ったもので。
「アホだねアンタ…こんな詰め込んで収拾付けられるの?」
「そこをなんとか一緒に考えてよ」
わたくしの担当編集者で、学生時代からの友人でもある彼女に呆れられながら、前世のわたくしは『転生令嬢物あるあるネタ』をとにかく思いつく限りぶち込んだ。
虐げられ悪役侯爵令嬢
実は悪女の義妹に婚約者その一を取られる
ヒロインにも婚約者その二を取られる
王太子がクズ
聖女だったのに偽聖女扱いされる
転生して人生やり直す
等々
我ながらやり過ぎたと思う。
いくらなんでも詰め込み過ぎた。
つーか、貴族の娘が二回も男に振られるって人生終わってるでしょ。
そんなまだ一行も書いてない小説だったが、纏まりさえすればそこそこ面白くなるのではないだろうか??などと自画自賛していた前世の自分を今ちょっとだけ呪い殺したい。
いや、死んだけど。
死んじゃったんだけどね??
まさか担当と一緒に車の事故で死ぬとは思わなかった。
そしてなんと、担当まで一緒にこの世界に転生するなどとは!!??
ちなみに今のわたくしは二度目の人生における断罪イベントの最中だ。
一度目の人生は断罪され、公開処刑される直前に、前世の記憶を思い出した。
その直前、付き合いのあった伯爵令嬢が呟いた一言で、わたくしは彼女の正体に気付かされたのだ。
刑場に引きずられていくわたくしを見ながら、彼女はぼそりと小さな声でつぶやいた。
「ちょっと待って…この話って、あのプロットの…」
耳にした聞き慣れない言葉に、最初はなんのことだか分からずにいた。けれど、処刑直前に前世の記憶が甦ったわたくしは、その伯爵令嬢がわたくしの元担当で友人でもあった彼女だったのだと気付いたのである。
なぜなら、基礎設定しか作っていなかったこの物語を知る者は、世界でわたくしと彼女の二人しかいなかったからだ。
「お前だったんかーい!!!!」
処刑されるわたくしが最後に叫んだのは、そんな魂の一言だったと記憶している。