( ´ ▽ ` )ノ( ´ ▽ ` )ノ( ´ ▽ ` )ノのお話
契約結婚そして裏切れば命が、妹の不始末。恐怖の一族と結婚をしたソフィアの物語
公爵令嬢が英雄を破滅させ再び手に入れるまでのお話 ―もう逃がしませんわ。― エルデシア視点 のお話に出て来る人物設定と繋がっておりますが、単体で楽しめます。
「このわたくしに、ワインをひっかけるだなんて、なんて無礼なのかしら。」
レルト王国のとある夜会。
その声にソフィアは青くなった。
ワインを引っかけたのは、自分の妹であるリリアーネ・シュトラス伯爵令嬢。
可愛らしく我儘に育てられた妹はそれはもう、困った振る舞いが多くて、悩みの種だった。
両親はそんなリリアーネを甘やかしてばかり。
リリアーネだって16歳。いい加減に分別を覚えてもいい年頃である。
自分の妹があろうことか、レルト王国の宰相の娘であり、ミルデウス女公爵であるエルデシアの自慢の銀のドレスに赤ワインを引っかけたのだ。
ソフィアは真っ青になってすっ飛んでいった。
謝らなくては…自分の妹があろうことかエルデシア様にワインをっ。
ソフィアが、慌ててエルデシアに謝る。
「妹がとんだ粗相をして申し訳ございません。」
エルデシアは扇を手に、ソフィアを睨みつけて。
「まぁ、副将軍夫人ソフィア様。貴方の妹でしたの。」
「はいっ。わたくしの妹がっ。エルデシア様の大事なドレスを。弁償させて頂きますから。」
「我がミルデウス伯爵家からそのような金を出すつもりは無い。」
振り返ってみれば、夫であるグリドス副将軍が両腕を組んで立っていた。
いかつい顔に太い眉。鍛え抜かれた身体のこの男は、レルト王国の副将軍グリドスである。
歳は45歳。
ソフィアはグリドス副将軍の元へ嫁ぎ、後妻になっていた。
グリドスはミルデウス宰相の弟である。ミルデウス公爵の持っていた伯爵位を継ぎ、伯爵となっていた。
公爵家はミルデウス宰相の娘、エルデシアが継いで女公爵となっていたからである。
このミルデウス一族は、レルト王国の実権を握り、国を思うように動かしていた。
ミルデウス宰相の妹は前王妃マリー。彼女は未だに社交界で権力を持っており、それはもう恐ろしい一族なのである。
ソフィアがそんな恐ろしい一族の一人、グリドス副将軍に嫁いだのは契約だ。
彼は最初の妻を不貞により斬り殺しており、次の妻は身体を壊して病院行きになりそこで亡くなった。
ソフィアは三人目の妻として嫁いだのだ。嫁いだ時は18歳。そして二年経った今は20歳。45歳のグリドスとはだいぶ歳が離れている。
契約結婚の内容は、シュトラス伯爵家の借金を肩代わりする代わりに、ソフィアが3年以内に男の子の跡継ぎを産み、他にも社交から屋敷の管理までミルデウス伯爵家の役に立つ女性として認められる事。3年の間に跡継ぎが出来ず、認められなかった場合は離縁をという契約だった。
「売られたのよね。お父様お母様に。二人はリリアーネさえいればわたくしの事なんてどうでもいいんですもの。」
だから、諦めて大人しく嫁いだのだ。
グリドス副将軍は怖かった。
軍の全権を握っていて、時には汚い仕事もやり、歯向かう連中は平気で殺す。
恐ろしい男として評判だったのだ。
それでも、ソフィアは嫁いでから頑張って来た。
必死に屋敷の事を執事に教わり、週に一度、グリドスが求めて来る妻としての行為も耐えた。
実家の借金を肩代わりされていたので、逃げる訳にはいかなかったからだ。
もし、逃げでもしたら…
どうなるのか、考えただけでも怖かった。
嫁いでから2年経つ。何とか追い出されずにやって来た。
後は男の子を産まなければならない。出来る気配がないのが悩みの種だ。
そんな自分の苦労も解らずに、ミルデウス女公爵にワインを引っかけるなんて。
背後では夫のグリドス副将軍が、金を支払わないと言っているし、わたくしはどうしたらいいの?
リリアーネはニコニコ笑って、
「エルデシア様がぶつかってきたのではないですか。私は悪くないです。」
エルデシアはリリアーネを睨みつけて、
「そもそも16歳がワインを飲んでいいと思っているのかしら。」
「少しぐらい大丈夫だからって、お姉様が。」
ソフィアは真っ青になった。
すぐ、都合の悪い事はソフィアのせいにする。リリアーネは困った妹なのだ。
「違います。わたくしはワインを勧めておりません。」
グリドス副将軍はエルデシアに、
「金は出したくはないが、我妻の妹がしでかした事だ。仕方がない。弁償しよう。」
エルデシアは背を向けて、
「叔父様からお金を取る訳にはいかないわ。今度から気を付ける事ね。次は無いわよ。」
ぞっとした。
次は無いという事は、次は消されるという事だ。
リリアーネに向かって、
「命が惜しかったら、二度とエルデシア様に近づかないで。お願いだから。」
リリアーネは首を傾げて、
「向こうからぶつかって来たのよ。私は悪くないわ。」
「向こうが悪くなくても、謝りなさい。ともかく謝るの。命が惜しかったら、いいわね。」
「ルイード様ぁ。お姉様が虐めるっ。」
リリアーネが縋ったのが、ルイード・ギリス公爵令息。歳は18歳。最近、社交界に顔を出して女性達を夢中にさせている金の髪の美男子だ。
リリアーネもそれはもう夢中になって、憧れの人のルイードにしがみついた。
ルイードは眉を寄せて、
「私に頼られても困るな。私は誰とも付き合う気は無いのに。」
ソフィアはリリアーネの手を引き、
「これは失礼致しました。リリアーネ。ルイード様を困らせるのではないわ。」
「お姉様の意地悪。私の恋を邪魔する気?自分は年上のオジサンと結婚したからって、羨ましいのね。」
「違うの。ルイード様はっ…」
マリー前王妃が真っ黒なドレスに真っ赤な扇を手にして現れた。
「煩いのう。何を騒いでおる。」
エルデシアよりも怖いマリー前王妃。
ルイードはマリー前王妃の前に跪いて。
「今宵もお美しく、マリー前王妃様。」
「ルイード。今宵も麗しいのう。」
にこやかに、ルイードを見るマリー前王妃。
ソフィアはリリアーネを抑え込み、そしてズルズルと引きずって行った。
「お姉様ぁ。ルイード様がっーー。」
「駄目よ。ともかく、ルイード様は駄目っ。」
疲れた。このどうしようもない妹には疲れ果てた。
遅れて来た両親に妹を押し付け、グリドス副将軍と馬車に乗り、夜会の会場を後にした。
「申し訳ございません。グリドス様。」
夫、グリドスに謝れば、グリドスは、
「まったく困った身内よの。もし、これ以上、問題を起こすというのなら。」
「あれでも妹なのです。どうか勘弁して下さいませんか。」
「だったら手紙を書く事だ。警告の手紙をな。」
「書きます。解りましたわ。」
屋敷に帰り、自分の部屋に戻ってメイド達に手伝って貰い着替える。
大きな鏡を見てため息をついた。
疲れ切った顔。
まだ20歳だというのに、ちっとも若々しくなく、美しくもないわ。
地味な茶の髪も嫌い。頬がこけたこの顔も。
ああ、美しくないといけないわね。
副将軍夫人として恥ずかしくないようにしないと。
妹リリアーネに手紙を書いた。
―ルイード様には近づかない事。何故なら前王妃マリー様のお気に入りだから。
エルデシア様には決して無礼を働かない事。
一番、怖いのはマリー前王妃様である。
エルデシア様よりマリー前王妃様の方が容赦はない。
命が惜しかったら、マリー前王妃様を怒らせるような事はしない事。―
この手紙を実家のシュトラス伯爵家に使用人に持って行かせた。
しかし、更にこの妹が問題を起こすとは思いもしなかった。
3日後、夫のグリドス副将軍が昼間だというのに屋敷へ戻って来て、
「まずい事になった。お前の妹リリアーネを、王宮の中庭で処刑する事となった。」
「お父様やお母様は何と言っているのですか?」
「お前の両親がどうこう出来る問題ではない。マリー前王妃に食ってかかったそうだ。ルイード様を自由にして差し上げてと。」
「王宮の中庭へわたくしを連れて行って下さい。命乞いを。マリー前王妃様にしとう存じます。あれでもわたくしの妹ですから。」
「そう言うと思って馬車の用意をしておいた。マリー前王妃は私の妹でもある。口添えをしてやろう。」
いつも不愛想な夫である。
食事の時も屋敷の事を指図する以外に会話はない。
褥を共にするときも愛の一つも囁かない。
跡継ぎをもうける為だけの行為。愛も何もなかった。
だから夫であるグリドス副将軍が口添えをしてくれると言った事に驚いた。
「ああ、有難うございます。参りましょう。」
王宮の中庭へ行けば、妹リリアーネが騎士二人に押さえつけられていた。
両親であるシュトラス伯爵夫妻は真っ青になって、その様子を見ている。
マリー前王妃は駆けつけたソフィアとグリドス副将軍に、
「命乞いか?わらわに無礼を働いた娘。首を斬って当然であろう。兄上。兄上とて不貞を犯した妻を庭で斬り殺したではないか。わらわは同様の事をしているまで。」
そう、グリドス副将軍は一番最初の妻を殺しているのだ。
リリアーネは泣きながら、
「私は悪くないのっ。ルイード様を助けてあげようと…」
ルイードが中庭に入って来て、マリー前王妃の傍に行き、その頬にキスをする。
「私はマリー前王妃様の為なら。私はマリー前王妃様の物です。」
「嬉しい事を言ってくれる。ルイード。」
ソフィアは頭が痛くなった。
妹が余計な事を言ったが為に…
グリドス副将軍は呟いた。
「不貞を犯した妻を許しておけるはずはない。妻は私が留守の間に男を連れ込んでいた。
妻の首を庭で斬って殺し、男の方は切り刻んで犬の餌にした。妻の死体は実家へ送り返す必要があった。切り刻みたかったが仕方がない。私を裏切った者はただではおかぬ。二番目の妻も私が殺した。毒を盛って。贅沢好きな妻だった。伯爵家の金を好き勝手に使った。だから殺した。病に見せかけるように上手く…ソフィア。そなたとて私を裏切るようなら殺す。」
ああ…この人は何度も妻に裏切られて傷ついて来たんだわ。
ソフィアは急に夫に対して愛しさを感じた。
「私は裏切りません。ミルデウス伯爵家の為に、貴方様の為に尽くしてきたじゃないですか。これからも尽くしたいと思います。」
マリー前王妃に向かって、頭を下げ、
「本当に御無礼申し訳ございません。どうか、妹の命だけはお許し願えないでしょうか。」
伯爵夫妻も叫ぶ。
「おおおっ。前王妃様、お願い致します。」
「リリアーネの命だけはっ。」
マリー前王妃はソフィアの傍に行き、
「兄上も良い妻を貰ったようじゃの。お前はわらわを裏切らぬか?わらわを、そして兄を…ミルデウス一族を裏切らぬか?それならば、そちの妹の命を助けてやろう。そうじゃの。修道院へ行かせるがいい。」
リリアーネは泣き叫んだ。
「嫌ですっ、リリアーネはルイード様と結婚するのっ。」
ソフィアは近くの騎士に、
「ハサミをお借り出来ますか?」
ハサミを借りると、妹のリリアーネの長い髪をジャキジャキとバッサリと短く切ってしまった。
「何をするの?お姉様ぁ。」
「首を斬られなかっただけでも有難いと思いなさい。マリー前王妃様。二度と妹はこの王都の地をまたがせません。シュトラス伯爵家の領地の修道院へ行かせることと致します。わたくしは一生、マリー前王妃様に忠誠を誓いますわ。後、1年、グリドス様との間に男の子を成さなければわたくしは離縁されます。そうしたらマリー前王妃様。わたくしを使用人として雇って頂けますか?」
強い覚悟を見せねば妹の命は助からない。
マリー前王妃は満足そうに、
「そうじゃの。そこまでの覚悟を見せられたら、考えてみても良いが。」
グリドス副将軍は慌てたように、
「契約を伸ばして欲しい。お前はまだ若い。後、5年は頑張れるだろう。」
意外だった。
愛を感じなかった夫からこんな事を言われるなんて。
まっすぐソフィアはグリドス副将軍の顔を見る。
そして断言した。
「私は裏切りませんわ。契約ですもの。契約を伸ばしたいと言われるのなら、マリー前王妃様の所へ来るのが遅くなります。マリー前王妃様。構いませんか?」
「ああ、わらわは構わぬぞ。兄上がこの女との跡継ぎを期待しているというのなら、兄上の妻だ。わらわが口出しする事ではないわ。」
ソフィアは頭を再びマリー前王妃に下げる。
「有難うございます。」
何とか妹の命は助ける事が出来た。
こんな出来の悪い妹でも、殺させる訳にはいかない。
グリドス副将軍の、マリー前王妃の孤独というものが痛い程伝わって来た。
信頼出来る人が傍に欲しいのね。わたくしは信頼出来る人になれるかしら。
グリドスを愛しているかどうか解らない。だが、必死にミルデウス伯爵家の為にそしてグリドスの為にソフィアは尽くした。
その甲斐あってか、グリドスからの愛を感じるようになった。
美しい赤い薔薇の花束が部屋に届けられたり、王都の美味しいお菓子が届けられたり、
「でも、お菓子は最近食べたくないの…何だか胸がムカムカして。」
グリドスにそう言うと、グリドスは、
「それはもしかして子が出来たのではないのか?」
「子供が?」
男の子だったらずっと、この家にいられる。
ソフィアは必死に祈った。
どうか男の子でありますように。
しかし、翌年生まれたのは女の子だった。
このミルデウス伯爵家は男の子を跡継ぎに求めている。
グリドス副将軍は軍の実力者だ。先々、跡継ぎは武勇に優れた軍の実力者になって欲しい。
その思いがあるのだ。
ソフィアは失望した。
でも、グリドスは、
「なんて可愛い娘だ。小さくて愛しくて、ああ、可愛い。よく産んでくれた。有難う。」
いかつい顔をくちゃくちゃにして、娘をそっと抱き上げた。
その様子を見ていたソフィアは強く思った。
ずっとこの人と娘と共に家族として生きていきたい。
この家を出ていきたくない。
「父上、母上。お花が咲いてまちゅ。ちょうちょも飛んでまちゅ。」
小さな娘が蝶々を追いかけていく。
あれから3年経った。
二人目の子が出来る様子がない。
とある日、ソフィアは夫グリドスと共に呼び出された。
王宮にである。
娘を乳母に預け、出向けばマリー前王妃と、ミルデウス宰相、女公爵のエルデシアの三人が待っていた。
ミルデウス宰相はグリドスの兄である。
宰相はグリドスに、
「跡継ぎが出来そうにないな。その女は離縁して次を探した方が良いのではないのか?」
エルデシアも、
「そうよね。叔父様は男の子が欲しいのでしょう。でしたらソフィアは離縁したら如何?」
マリー前王妃も、
「わらわの使用人になりたいと言っておった。だったら、その時ではないのか?」
王国の実力者達に責められてソフィアは泣きたくなった。
娘とグリドスと離れたくない。娘は新しく迎えた妻が育てる事になるであろう。
自分は不貞や浪費をしたわけではないのだ。
以前、言った通りマリー前王妃の使用人として雇われるであろう。
グリドス副将軍は皆に向かって言ってくれた。
「私はソフィアと別れるつもりはない。男の子が必要なら娘に婿を取ればよいだろう。」
エルデシアがオホホホと笑って、
「そう言うと思ったわ。叔父様。ソフィアに惚れていますもの。ね。」
ミルデウス宰相も、
「お前がそう言うなら好きにしろ。確認したかったまでだ。」
マリー前王妃も、
「ミルデウス伯爵家の為に、兄上の為に。ソフィアはよくやってくれている。わらわの下に来るよりも、これからもしっかりと伯爵家を支えてやってくれ。」
ソフィアは嬉しかった。
グリドスの手を握り締めれば、強く握り返してくれて。
「やっと信頼できる愛しい妻に巡り合えた。これからもよろしく頼む。」
「わたくしこそ、よろしくお願い致しますわ。」
ソフィアはその後もグリドスとミルデウス伯爵家の為に尽くした。
ソフィア28歳の時に待望の男の子が生まれ、グリドスを始め、宰相や前王妃達を喜ばせた。
その息子が若くしてレルト王国の騎士団長になった時には、グリドスはすっかり老いて、寝たきりになっていた。
ソフィアはつきっきりで看病をした。
マリー前王妃も、ミルデウス宰相もとっくに亡くなっていたが、エルデシアは夫ユリウスと共にいまだに社交界に君臨しその息子は宰相になっている。エルデシア達は王妃となった我が娘を強く後押ししてくれている。
ソフィアはグリドスの耳元で囁いた。
「貴方、安心して下さいな。息子も娘も立派にミルデウス一族を盛り立てていってくれていますわ。」
「ああ、そうだな。全てお前のお陰だ。聞きたかった事がある。」
「なんでしょう?」
「お前は私と結婚した事を後悔していないのか?私は人殺しだ。恐ろしかっただろうに。」
そっとグリドスの手を両手で握り締めて、
「貴方の孤独が解った時から、貴方の事を愛しておりますわ。わたくしを妻に選んでくださって有難う。愛しております。グリドス様…」
「こちらこそ有難う。ソフィア。愛しているよ。」
愛しい夫の手を握り締めて、ソフィアは思った。
結婚する時はどうなる事かと思ったけれども、とても幸せな人生だったわ。
それは全て夫のお陰。周りにいた人達にも可愛がって貰えた。
わたくしはなんて幸せ者か。
「わたくしはとても幸せでしたわ。有難うございます。グリドス様。」
眠りにつく愛しい夫の手をそっと握り締めた。
その後、ソフィアは息子や娘達の行く末を見つめながら、長生きをし、可愛い孫達に囲まれて幸せに暮らしたと言われている。