この城の伝説
* * *
「この城の伝説、知ってる?」
「なにそれ?知らない。」
「知らないの?教えてあげる。この城の周りを囲む塀は、4つの塔に繋がっているでしょ?」
「東西南北に1つずつ建ってる、あの塔?」
「そうよ。あの塔ね、北の塔だけ、他の塔に比べて外側に建てられているんだって。」
「知らなかった。でも、それはどうして?」
「それがね」
———あの塔には、魔物が閉じ込められているんだって。
* * *
時は中世。広い地中海に浮かぶ小さな島の、小さな王国。資源は豊富、国民同士の仲も良く、王の政治も安定しているそんな国で、人々は農業に励み、争いごとのない平和な世の中を生きている。
笑顔の絶えないこの王国。その中心にどっしりと構えるのは、この王国の王族が住む、城。
そんな城の中で、今日も朝から戦いが繰り広げられる。
「起きてください!王子!」
「…」
そう、これは、この国の王子ルカと女中見習いハンナの、我慢比べ。
「何時だと思ってるんですか!早く起きてください!でないと私が怒られるんです!」
そう言ってハンナはルカの掛け布団を剥ぎ取ろうとする。
しかしルカも抵抗する。掛け布団を頭まですっぽりとかぶり、布団の端をぎゅっと掴んで離さない。
「寒い!」
「何言ってるんですか!もう冬は終わり!春ですよ!」
3月。凍っていた空気は少しずつ温もりを帯び始め、窓から差し込む温かな光が春の訪れを知らしめている。
ハンナは手に持っていた箒で、布団にくるまったルカをバシバシと叩いた。
「早く起きてください!お願いですから!」
「…痛いっ!わかったって!起きるからっ!」
ハンナが手を止めると、ルカは恐る恐る布団から顔を出した。
「なにもそこまでする必要ないだろ…」
「起きないのが、悪いんです!」
あまりの迫力に目を潤ませるルカとは対照的に、ハンナは彼にぷいっと背中を向けた。
今日の我慢比べは、ハンナの勝ち。
「…っていうか、なんで敬語なの」
「仕事だからです!」
あくびをしながらやっと体を起こすルカ。
「ほら、掃除するから早く着替えて広間へ行って!もう、15歳にもなってどうしてこうなのかしら…!」
ご立腹なハンナに半ば追い出されるような形でルカは部屋を出た。
「ハンナだって同じ15歳だろ」
ぼそっとそうつぶやくと、部屋の中からハンナが叫ぶ。
「あなたはもうすぐ、王になる立場なの!自覚してください、王子!」
あーあ、またその話かよ。
「それなのに、あんたは未だに私がいないと何もできないでしょ!」
「おまえだって!俺がいないと何もできないくせに!」
まったく、生意気な。
ルカの父に当たるこの国の国王は、重い病に伏している。現段階の医療で施す治療は限界であり、寿命はもってあと1年。半年前、そう告げられた。ルカはもうすぐ、一国の王とならなければならないのだ。
広間までの広くて長い廊下をえっちらおっちら歩いていると、ルカは女中たちの妙な噂を耳にした。
「ふーん。近づいてはならない呪いの塔、ね…」
彼女たちの話では、こうだ。北の塔には魔物がいるらしい。近づくと呪い殺される。今の国王は、魔物の封印に失敗したために、呪いをかけられたのではないか———
「…なんだそれ」
ルカはこの城のことを全て知り尽くしているつもりだったが、この伝説のことはこれまで一度も聞いたことがなかった。
それって、すごく…
「面白そうじゃないか!」
広間へと通じる大きな扉を目前にして、ルカはくるりと体の向きを変え、元来た道を駆け戻った。