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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
第一部 ハルトマン領陥落
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第11話 反撃剣

 ファルミは強い。

 

 それは紛れもない事実だ。

 

 負傷して屋敷に運ばれた仲間と違い、ファルミは真に外の悪夢と戦い、生き抜いた。


 最終防衛術式が作動できるまで三時間。


 彼の傍にはもはや誰一人立っていなかった。


 城塞の外側にありったけの油をぶちまけて燃やしたおかげで関節型アルトゥスはよじ登ることが叶わなかったが、坂道を踏み潰して押し寄せる異形の群れに、ファルミはただ一人で立ち向かった。


 祝福。


 それは西大陸において、神に選ばれし人間しか使えない能力。長い詠唱をせず瞬間に魔法が発動でき、あるいは魔導では説明できないような現象を引き起こす。


 生来『気』の流れを操る術を心得るファルミは、ものの表面に気を付着させ流転することができる。

 

 身に纏えば防衛術式の昏睡効果から逃れるのは無論のこと、刃に付着して高速振動することで物体を両断するぐらい造作もなかった。


 屍の山を築き、血で坂を染める。あの時、ただ一心に刃を振るい、初めてファルミはサルースの言葉が分かったような気がした。


『ファルミ、精鋭は全部連れていったからこそ、きみは残るんだ』


 もしもファルミが最前線に行ったら、ハルトマン領は最終防衛術式を展開するよりも先に陥落しただろう。


 一騎当千という言葉はおこがましいとファルミは自覚する。


 しかしそれでも勇者がファルミを止めなかったら、既に最悪の事態に陥っていたに違いない。


 ファルミは思う。


 勇者サルースの言葉は、いつも正しかった。


「チッ!」


 キンと甲高い悲鳴が廊下を響き渡る。


 鋼鉄が交錯し、昼間と同じような明かりを一瞬取り戻す。


 反撃剣カウンターブレイド


 勇者候補モイラの秘技。


 相手の攻撃を利用し、自身以上のパワーで打ち返す。それが真髄。


 切断力を高めたファルミの攻撃を、男は左手で横に持った剣で撃つ。

 

 そう、撃ったのだ。


 それも剣身ではなく、鍔で。


 ファルミは最初こそ気に留めなかったが、男の剣には柄を護るための護拳ごけんが付いていた。


 一撃必殺の剣を前に、自ら間合いを削るような戦法は決して得策ではない。

 

 が、男の剣捌きはこのような不条理を合理に成した。


「っつ」


 剣の軌道を完全に逸らされたせいでファルミの体勢が一瞬崩れ、その一瞬を見逃さず、男の空いた右手が眼前まで迫ってくる。


 咄嗟の反応で膝を崩し、ファルミは慣性に従い転がり込んで男の背後に回る。


 ひどく不格好ではあるが、死闘において面子を気にするほど馬鹿ではない。


「やぁ~てっきりこれで目玉の一つでも取れるかもと思ったがな。残念残念」


 振り返って、男は卓を囲んだ時と同じちゃらんぽらんな口調で肩をすくめる。


 男の正体に対する疑念は、もはや跡形もなくファルミの頭から消え失せた。


 剣は嘘をつかない。


 噂に違わぬ反撃剣カウンターブレイドこそ男が勇者候補モイラであるなによりの証明だ。


「小僧、こっちはあとにまだ用があるんでね」


 身体をわざとらしく動かし、男は全身の骨を鳴らしてにんまり笑う。


「すまないが、さっさと終わらせてもらうぞ」


 すると、男が戦いが始まって以来はじめての構えを取った。


 カン!


 反応する隙を与えないと言わんばかりに、ファルミの脳天に斬撃が見舞われる。


 ――ファルミがその動きを見抜かなかった。


 低い体勢から剣を斜め上へ払い、しかし振るう力は虚しく、相手の武器を破壊しようとする一撃はまたしても鍔で叩き流された。


 実力の差。いや、そのうえに相性も最悪だったか。


 当てれば必殺の剣と、相手の反撃すら反撃する剣。


 ファルミは自分の戦法に柔軟さが欠けている自覚はあるが、ここまで裏目に出るのは予想もしなかった。


 再び目の前に迫ってくる掌打を、ファルミは紙一重で避ける。


 何か、策を考えなければ。

 

 かつて勇者サルースと稽古した時身につけた戦法に身を任せながら、ファルミはその日聞いた逸話を思い出す。


 ……


 反撃剣は本来、『吸収』の祝福を持つ英雄テイオ・レグゲートが創り上げた技。いわば相手の力を利用し、自分の攻撃を上乗せする剣術である。

 

 その基礎、まずはあらゆる攻撃を防ぐところから始まる。

 

 しかし、絶え間なく実戦を必要とする修練はとてつもなく困難で、『吸収』でダメージを無効化できる英雄と違い、生身の人間は練習すると常に廃人になる危険と隣り合わせだ。

 

 魔王討伐後、反撃剣を習得すべく、多くの才能ある若者が英雄の門下に集まったものの、思いのほかことはうまく進まなかった。

 

 真剣勝負で大怪我を負うことは日常茶飯事で、かといって決まった型で稽古しても意味を成さない。

 

 その結果、入門した弟子の殆どは厳しい修行を前に諦め、力に魅入られて取り掛かった者の大半もよい結末を迎えられなかった。


 そんな中、たった一人免許皆伝を受けた者が存在する。


 祝福に頼らずに、攻防一体の奥義を成し遂げ、大陸中央の魔族領へ潜り、生きて設置された印を全て回収できた。


 その者の名はモイラという。

 

 ……

 

 くそ、手加減されてもこのざまとは。


 ファルミは分かっている。


 男がもし腰に下げているもう一本の剣を手にすれば、自分の頭はとっくに串刺しだろう。


 未曾有の流派に魅入られて挑んだのはいいが、そこまでの差を見せつけられてしまうとは。


 悔しさを無理やり呑み込んで、今度こそファルミは意を決する。

 

 脚を引きずるようにわずかに距離を取り、剣を鞘に戻す。


「おや、やめるのかい?」


 若干嫌味混じりの問いに、ファルミは答えるつもりはない。


 男は相変わらず不真面目な顔をしているが、恐らく次の一手で勝敗が決まる。


 ――そのような気配が張り詰めた空気に漂っていた。


 左足を一歩下げ、ファルミは体勢を低くする。


 手は柄に添え、狙いは――喉笛。


 抜刀。


 この瞬間、男の左手が包帯に巻かれた剣に触れた。


 遅い!


 本来、戦いにおいてそんな悠長に剣を収納して放つ時間はないだろう。


 しかし、男の慢心がファルミの一撃を成した。


 ファルミの鞘は剣身よりも少し長くできている。それは、刃に付着する空気を鞘の底に収め、凝縮し、一気に吐き出すため。


 人間の反応速度を超える一手。


 ここで放たれる。

 

 もはや手で刃を御するのではない。捻った体勢を利用して衝撃を流し、いま絞り出せる最速の一斬りをファルミは男に見舞ってやる。


 間合いなど気にする必要はない。


 延びた風圧は鋼鉄であろうといともたやすく両断できる。


「ふ~んなかなかセンスのある使い方だね」


 なのに、ファルミの耳元で男の声がした。


 ぶすっと、肉を断ち切る音。


 身体のバランスが崩れ、ファルミは膝をつく。


 さっきまで男が立っていた場所に、ただ風圧に蹂躙された傷跡が残る。


 ばっさりとハサミで切り裂かれたような、滑らかな空洞。


 それは何を意味しているのか、ファルミはすでに身を持って体験した。


「さすが異形どもを相手に一人で何時間も立ち向かった野郎だ。反撃剣で認識はできても受け流すことはできなかったぜ。しっかし、こんだけ派手にやらかしちゃ、隠すのが面倒だな」


 恐らく、一撃で神経がやられただろう。


 耳で聞くことはできても、ファルミは身体を操ることができなかった。


 ただ見えないところから噴出する血が地面に降り注ぎ、身体がそこに溺れる。

 

 ああ、そうか。そういうことか。

 

 ファルミは理解した。

 

 ()()()()()()()()()()()()()、男はファルミの後頸部を切ったのだ。


 体温が急速に奪われていく。


 ただ、ファルミにとって死の恐怖よりも、なぜか安堵のほうが強かった。


 同時に、こんな自分が最期を遂げてほんとうによかったのか、名状しがたい罪悪感が心を蝕む。


「トリアさまは……たノむ」


「了解した。腸詰めの約束だもんな」


「かタ……じけない」


 徐々と力が身体中から抜けて、ファルミは靄のかかった疲労感に襲われ、瞼を閉じた。その表情は安らぎとは程遠く、また苦痛とも異なる哀切が満ちている。


「せめて誇りを持って散れよ、小僧、こういう汚れ仕事ってのはな。悪を正義と語るヤツがやるべきもんだよ」


 意識が途絶える寸前、ファルミは確かにそのような言葉が聞こえた気がした。


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