0 . Prologue
ーーーーこの世は退屈である。
世界の全てを会得した大賢者エルク・パンデルヘイヴが悟った真理は、この一言であった。
この世に生を受けて三百と数余年、彼は勉学と探究の限りを尽くした。
もはや全ての物事は彼にとって既知であり、彼の興味の対象となり得る物は存在しない。
技術、知識、魔力。そのどれにおいても彼の足元を越える存在すら居ない事で、彼の興味は尚更失われていった。
「変蓋の魔法は失敗であったか……」
何百回読み直したであろう、一字一句違えずに暗記してしまった大魔導の書をめくりながら、彼はそう呟いた。
齢十にして神童と呼ばれ、二十にして探究を始めた。
四十にして史上最強と称され、五十には大賢者として人々から崇められた。
だがそんな彼とて、定命の者の運命は避けられない。
命が尽きるまでにこの世の全てを探究しきれないと考えた彼は、変蓋の魔法ーーーー古来より禁忌とされる不老不死の魔法を自らに掛けたのだ。
だが世界は予想に反して単純で狭いもので、それから百を過ぎる頃には全ての物事を知り尽くしてしまった。その後の百年は、探究の余地のない退屈な人生だったのだ。
古代樹より作られた椅子にゆっくりと腰掛けて、大魔導の書を適当に開く。
この大魔導の書は、数千年前に生きた伝説の魔導師レヴによって記されたとされる魔導書だ。
そこには彼の得た知識の全てが書かれたとされている。実際、エルクでさえも読破に三十年はかかった。
ーーーー今となっては、何の発見も無い退屈な代物となってしまったのだが。
「……転移魔法の項か。つまらん。所詮は古代魔法、俺の作った術式には遠く及ばん」
二つの陣を通して物体を移動させる転移魔法。
一般的な魔導師にとって高級魔法とされるこれさえも、エルクにとっては九九にも等しい基本魔法だ。
昔と変わらない文字と図解を眺め、次のページをめくる。そこには転移魔法の説明や注意事項が載っているだけの、何百回は見たであろう退屈なページ。
ーーーーであるはず、だった。
「ーーーーな、んだ、これ………は……」
思わず手を止め、目を見開いてしまうエルク。
数百と見たはずのページはそこには存在せず、彼の見たことのない新たな記載がそこにはあった。
「転移魔法の最上位魔法、時空魔法だと……!?何だこれは、俺の知らない魔法ではないか……!!」
知らない単語に知らない図解、それに知らない魔法術式。
実に百年ぶりとなる未知。
エルクは食い込むように両眼を見開いてページを凝視し、宙で音読できる程何百回も読み直した。
やがて日が暮れ、術式と効果の意味を完全に理解し我がものとした後、ようやく魔導書から目を離し椅子にもたれかかる。
「……時空、か……」
書かれていた内容は、至極単純なものであった。
この世には時空が存在し、幾つもの世界が存在する。エルクがいる世界も、その内の一つに過ぎない。
つまり彼は井の中の蛙であり、この世には未知なる事が膨大にあるということが書かれていたのだ。
大賢者でありながら、少年のような探究心を持つエルクにとって、これは人生の価値を覆す程の事実であった。
♦︎
一度決めたことに関して、エルクの行動は早い。
旅を行う為の用意を整え、神話級の魔導具を無限式道具袋に詰め込むと、早速術式を床に描く。
もはやこの世界に何の未練も無い。
新たな世界が、知識が、経験が、魔法が、生き物が、そして未知がーーー自身を待ち受けているのだ。
彼は百数年過ごしてきた部屋を見渡し感慨にふけると、魔法を詠唱した。
「ーーーー『時空魔法』ッッ!!!!」
新作スタートしました!
今作はシリアス寄りかもしれません……。
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