91.宿調査【2】
「リア、サラ。もう次の場所に行くからついてこい」
二人は小さく二度首を縦に振り、僕の背中を追う。
とその瞬間だった。
――ドンっ!?
「い、いてて……」
大きな音が耳に入り、振り返るとサラが派手に尻餅をついていた。
「一体何があったんだ?」
「サラったらバナナの皮を踏んで転んだのよ」
「は、はぁ?」
思わず変な反応をしてしまった。
バナナの皮を踏んで転ぶとか、数十年前の漫画の話でしか聞いたことがないぞ。
後は有名なカーレースゲームで、踏むと回転するぐらいで。
流石に漫画やゲームの中の話だと思っていたんだが、まさかバナナの皮を踏んで転ぶ奴が実在しているとはな。
しかし、その瞬間を見れなかったのは痛い。
非常に痛い。痛すぎる。
「サラ、もう大丈夫?」
「うん、ありがとう」
サラはリアの回復スキルにより肘の擦り傷が治癒したようで、リアに手を借りて立ち上がる。
「これからバナナの皮はちゃんとゴミ箱に捨てなさいよ」
「うん、そうする」
「ん? ゼロ、何で笑ってるの?」
「いや、逆に何でリアは笑っていないんだ? サラはバナナの皮で転んだんだぞ?」
「そうだけど? 笑う要素あったかな?」
何でリアはこんなに不思議そうにこちらを見ているのだろうか。
どこからどう見ても笑う要素しかなかったと思うんだが。
まるで、僕がおかしいみたいな雰囲気になってるけど、おかしいのはこの二人だよな?
よな?
「まぁいい。もう転ぶなよ」
サラにそれだけ言い、僕はその雰囲気に耐えきれず歩き出した。
で、次に到着したのは僕たちの部屋。
「この部屋に何か怪しいところでもあるの?」
「んー、それは分からない。けど、ココはリアに毒耐性があることを知っていた。つまり、それは僕たちの会話が盗み聞きされていたということになる。そうなると、何かしらこの部屋に仕掛けがあることは間違いないと思うんだ」
「確かにその可能性は高いわね。盗み聞きで仕掛けると言えば盗聴器とかかな?」
「いや、軽く見た感じそのようなものはなかった」
そう、なかった。
ここに来てから一週間、ベッドの周りやカーテン周り、天井、冷蔵庫、コンセント。
リアの前では軽くと言ったが、思い当たる場所は全て探した。
でも、盗聴器らしきものは一切見つからず。
だから、僕は公開グループ戦の説明などを普通にしていたのだが、残念なことに全て筒抜けだった。
あのタイミングの花火に加えて毒銃弾での毒殺。
僕たちの作戦を知っていなければ出来るはずがない。
そういうことで、この部屋には何かあると考えた。
だがしかし、公開グループ戦以降はGレイヤー中の娯楽スポットで遊んでいたので全く探していない。
まぁ今回はその正体を本格的に探るという感じだ。
「何かあるとするなら……」
僕は視線をもう一つの部屋に向ける。
「そこは何もない部屋でしょ?」
「だと思っていたんだが、どうも怪しくてな」
「この部屋が怪しい? どういうこと?」
「ココの奴、リアに毒耐性があるということは知っていたが、毒耐性の詳細までは知らなかっただろ。でも、僕たちは毒耐性の詳細についてまで会話をしていた。それっておかしくないか?」
「確かにそう言われてみれば不思議ね」
「ああ。で、僕はその不可解な点が生まれる可能性を考えた結果、ココは録音系の何かではなく、自分の耳で直接会話を聞いていたという結論に至った」
「ちょ、ちょっと意味が分からないんだけど」
そのままの意味で言ったので、恐らくリアはその手段が分からないという感じだろう。
まだ確定ではないが、予想の範囲で説明しておくか。
「簡単な話さ。この扉に耳をつけて聞いていた。それだけだ」
「ということはここにいたってこと?」
「そういうことになるが、ココがこの場所に来た方法が分からない」
と言いながら、僕はその部屋に入る。
続けて二人も中へ。
相変わらず何もない。
本当に窓だけだ。
「壁に扉みたいな跡もないわね」
そう言いながら、壁を叩くリア。
一方、サラはお尻をさすりながら、ずっとこちらを見ている。
動きもせず、ただ僕の方を瞬きすることなく、見続けている。
なんか怖い。ホラー系の映画を夜中に見ているぐらい怖い。
まぁそんな経験はないけど。
黙っているのも不自然なので、声を掛けてみることにした。
「さ、サラ。何でこっちを見ているんだ?」
「見てない」
いや、ガン見じゃん。
その否定は流石に苦しいだろ。
こちらとしても返答に困る。
「あ、そう言えば、バナナの皮は捨てたのか?」
「うん、捨てた」
「そうか。その……痛いならベッドに座っておいても良いぞ」
と、言った瞬間、急にサラが前のめりになり、指を差しながら口を開く。
「な、なんかある! あそこ!」
僕はパッと振り返り、そこ見るが何もない。
だが、僕の後ろにいるサラが「近付いて良く見て」と言うもんだから足を進める。
――グニュ……。
「えっ……」
右足で何かを踏み、急に視界が天井に向く。
時間の流れが急に遅くなり景色がスローに見え、そのまま僕はお尻から地面に転んだ。
――ドーンッ、バッシャーンッ!
「ゼロが転んだ! 転んだ!」
サラの嬉しそうな声と木の板が軋む音が耳に入る。
さてはこいつ、僕にさっき笑われたからやり返したな。
先ほどの変な行動は全てバナナの皮を踏ませるための演技。
何という本気度だ。
「おい、サラっ! 何しかけてんだよ!」
「引っかかる方が悪い」
詐欺師の言い訳みたいなこと言いやがって。
てか、こんなに腹を抱えて笑われると流石にムカつくな。
「ぜ、ゼロ、大丈夫?」
「ああ、怪我はない」
先ほどと同じように笑わず心配するリアにそう言い、僕は立ち上がろうとする。
が、何故か立ち上がれない。
普通に転んだはずなので、腰が抜けたわけでもない。
どうなってるんだ、って……
「床が抜けてる」
腰じゃなくて床が抜けていた。
そこに僕のお尻が綺麗にハマって立ち上がれなかったというわけだ。
「ぜ、ゼロが床に、ふっ、ふふっ……」
「おい、リア何笑ってるんだ」
「だ、だだだ、だって! これ見て笑わない方がおかしいよ」
リアの奴、自分が浮き輪にハマっていたことをもう忘れたのか。
それともその時にからかわれたからこうして笑っているのか。
クソっ、とにかくこの状況をどうにかしないと。
二人の笑え声が耳に脳に響いてムカムカする。
「リア、抜け出すのを手伝ってくれ」
「えぇ~? 頼み方がちーがーいーまーすーよ!」
「サラにあのこと言うぞ? いいんだな?」
「うっ……仕方ないわね」
僕の脅しにあっさりと手を貸すリア。
そのおかげで何とか床から抜け出すことが出来た。
「って、何だよこれ……」
僕がハマっていた床を見ると、そこには鉄のしっかりとした梯子があった。
「この床の木の板に小さなドアノブがついてるわよ」
「まさかこんな形で隠し通路が見つかるとは、な」
そう驚きながら言うと、サラはちょこちょこっとこちらに来て口を開く。
「あたしのおかげ!」
「いや、さっきのこと許してないからな?」
「えー、隠し梯子が見つかったのに?」
「それとこれとは話は別だ。後でお仕置きだからな」
その言葉を聞いたサラは頭を抱える。
どんなお仕置きを想像したのやら。
別に酷いお仕置きなんてする気はない。
軽く笑える程度のものを考えておくか。




