89.完敗。そして次へ
ココが死刑となった同時刻。
Gレイヤーのとある地下通路にボクら三人はいた。
一人はボク。
一人は筋肉ムキムキでよく焼けた肌の男。
一人はフードで顔を隠す男。
「チッ、通信が切れやがった」
ボクの脳内と一人の少年を繋いでいた通信が切れる。
まさかゼロに全て見破られていたとは思ってもいなかった。
正直、大掛かりな計画だっただけにそこそこ痛い。
「リーダー、失敗したんですか?」
「そうだが、何か文句でも?」
「いえいえ、文句なんてありませんよ」
とぼけた表情でそう答えるムキムキ男。
名をライチと言う。
筋肉バカで自分の筋肉を育てるのが趣味とか。
毎日、筋肉を痛めつけ、可愛がっている。
「そもそもライチが正確な情報を手に入れておかないからだろ」
「そんなこと言われましても、あの三人激しい波でも水着が脱げるだけで全く怪我しないんですもん!」
「はぁ……何だその言い訳は。ニヤニヤしやがって女の乳を見れて嬉しかったのか?」
「いやいや、Hレイヤーでもう見飽きましたよ」
ライチは後頭部をかきながら、苦笑いでそう言う。
その表情に少しイラッときたが、何とか耐えて口を開いた。
「まぁいい。終わったことだ。次のイベントで仕留めることにする」
「ある程度ラックのスキルも把握しましたしね!」
「ゼロ以外はな……って、見ているのかというぐらいの最悪なタイミングだな。悪いがちょっと席を外す。お前らはそこにいろ」
その言葉に親指を立て笑みを浮かべるライチ。
もう一人のフードの男は無言で頷く。
ボクはすぐに足を動かし、二人から離れた位置へ。
「で、何の用だ?」
『あなたの双子の姉――ジャックが珍しくゲームでボロ負けしていたので、もしかしたらあなたも完敗したかと思いましてね』
「双子とは怖いね。さっき完敗したところだよ……クイーン」
クイーンの奴が珍しく連絡してきたと思ったら、ただの煽りじゃないか。
既にイライラしているというのに、更にイライラさせないでほしい。
はっきり言って、声を聞くだけも不快だ。
それにしても、タイミングだけではなく内容まで当ててくるとは恐ろしい女である。
ジャックの奴もよりによって、このタイミングでボロ負けするなんてな。
双子とは本当に不思議であり厄介だ。
『そうなのですね。ゼロはやはり強いですか?』
「軽いジャブを打った時に見えないカウンターを入れられていてな。今さっき渾身のストレートを上手いことかわされたよ」
『言い訳とは相変わらずですね。後、ボクシングで例えないでください』
別に言い訳じゃねぇーよ。
てか、分かりやすくボクシングで例えてやったのに文句を言うな。
ジャブは個人イベント。
ストレートは毒殺。
個人イベントは良くも悪くも上手いこと使われた。
こちらに計画通りと思わせておいて、本当はあのような詮索をしていたなんて予測不能だ。
「それでそっちはどうなんだ? ジャックは元気か?」
『ええ、元気ですよ。連絡は取ってないのですか?』
「あっちが拒否していてな」
『ふふっ可哀想に。でも、離れ離れになって話すのが気まずいのでしょう』
「誰のせいだよ」
『あなたの実力不足ですよ。わたくしのせいにしないでくださいな』
前の世界ではクイーンとジャック――ボクの姉とは常に一緒だった。
理由はクイーンが側近にボクとジャックを選んだからだ。
と言っても、ボクは優秀ではなかった。
一族のランキングは78位と微妙。
悪くもなく良くもないという感じ。
なので、クイーンが何故ボクを選らんのかはその当時は分からなかった。
一方、姉のジャックはランキング3位と優秀。
だからと言って、クイーンがジャックを優遇することは『あの日』まではなかった。
そう、あの日までは。
で、あの日とは前の世界からこのBNWに来る時――約三年前のことである。
実力協力制度が三人制ということで、クイーンは二人の側近を選ぶことになった。
現状を見て分かる通りクイーンは当時側近だったボクとジャックではなく、優秀なジャックとランキング2位であったキングを選んだ。
最初はそのことに理解できず、クイーンに理由を求めた。
じゃあ、クイーンはこう言った「あなたを側近にしていたのは双子の未知な部分に興味があったから。それだけですよ」と。
つまり、最初からボクはクイーンの実験動物のようなものだったのだ。
それを聞いた時は流石に絶望したよ。
全身鳥肌が立ち、脳が悲鳴をあげたことを今でも鮮明に覚えている。
「はいはい、そうですよ。ボクはクイーンやジャックより弱く、実力はない」
『よく理解してるではないですか。感心しま―ー』
「でも!」
クイーンの言葉を遮り、強くそう言って言葉を続ける。
「ゼロを殺せばそうではなくなる」
『ゼロを殺せば、の話ですけどね、ふふっ』
相変わらずボクのことを下に見てやがる。
クイーンに逆らえるのは二人しかいないから仕方ないか。
ゼロと……。
まぁそれも数日後には三人目が現れることになる。
ボクという三人目が。
「クイーンの楽しみが一つ減るがそこは許してくれよ」
『ふふっ、別に構いませんよ。それより次の作戦はもう考えていまして?』
「当然。イベントで仕留めるつもりだ」
『あら、そうなのですね。Gレイヤーのイベントが面白い方だったら、その可能性も無きにしも非ずだと思いますよ』
「どちらだったとしても、結果は変わらないさ」
『確かにそうですね……ふふっ』
そう言い、面白おかしく笑うクイーン。
全く期待などしてないという感じだろう。
ゼロにそう簡単に勝てるなど思ってはいない。
そんなのは一族全員の共通概念だ。
でも、そんなことも言ってられない。
そんな概念を壊すのがボクらの使命だ。
確かにゼロは強い。
それは一度殺そうとしてみて再認識させられた。
同じ一族とは思えないレベルだと肌で感じた。
だけど、勝てないとは思わなかった。
なぜなら、ゼロは最後サラという女に毒殺されることまでは、把握していなかったのだから。
それはつまり、ゼロの想像を予測能力を超えられる余地があるということ。
希望はちゃんとある。
今回、収穫が何もなかったわけではない。
まだ戦いは始まったばかりだ。
『そう言えば――』
「ん?」
クイーンが急に笑いを止めて話かけてくる。
『あなた、随分と偉くなりましたね』
「前と変わらないと思うが」
『口の利き方や態度。もう少し見直した方がいいことをオススメしますよ』
「ボクを捨てたクイーンに対して、もう前のような口調も態度も出来る気がしないね」
『そう……ですか。わたくしと距離があって良かったですね。今あなた命拾いしましたよ、ふふっ』
うぅ~こわっ!
クイーンは相当お怒りのようだ。
次会ったら間違いなく、殺されるだろう。
でもいいさ、クイーンに逆らうぐらいの度胸がないとこの世界ではやっていけないからな。
「じゃあ、そろそろボクは戻るぞ」
『分かりました。また連絡しますね』
それだけ言い残し、クイーンとの連絡は切れた。
久しぶりに話したが、クイーンはクイーンのままだった。
ジャックとキングも終始一緒にいて気疲れすることだろう。
今のボクなら、こっちから一緒にいることを断るね。
ボクもリーダー=上の者になったからか、命令するのが好きになったからな。
ゆっくりと歩き、二人のもとへ。
「遅くなったな、悪い」
「大丈夫ですよ」
「ならいいが」
いつも通りの二人を見ながら、ボクは言葉を続ける。
「今更だが、昨日までいた場所からはおさらばだ。今日からは違う場所で過ごすことになる」
「もしかして、その場所ってかなり遠かったりして……」
「ここから真逆にあるボロプールのあたりかな」
「超遠いじゃないですか!」
「別に苦ではないだろ?」
「うっ……良いトレーニングです」
ライチの言葉にボクはニコッと満面の笑みを浮かべた。
そしてすぐに移動の準備を開始。
ここはラックがいる宿からそこそこ近いからな。
見つかるリスクは早めに無くしておきたい。
「ほら、行くぞ。ライチ、エリ」
「はいはーい」
「ああ」
二人の返事を背中で聞き、ボクは薄暗い地下通路を歩き出した。




